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 日付が変わり、一睡も出来なかった僕はベッドの上に仰向けで寝転んだまま充血した目を見開いて天井を見ている。
 実は僕、あるひとつの感情のため一睡も出来ないでいるのだ。
 今後の不安? 未知の世界への恐怖?
 ノンノンノン。
 そんな感情は日付が変わると同時に消え去った。
 僕の今の感情、それは……

 ーー後悔!!

 なんで転生する前にBONHEUR AMOURの最後のルートエンドを回収しなかったのかという後悔が一気に押し寄せている。
 はぁ……まじ萎える。なんで徹夜してまで回収しなかったんだよ。楽しみに取っておこう! とか、アホかっつーの。やっと最後のリアム様ルートで主人公が結ばれそうだったのによ。
 ぶん殴りてぇ……転生前の僕をぶん殴りてぇ……

 後悔のせいでホストキャラから、ただのオタクモードに入っている。
 普段の自分はいい顔した人間だと思ってるけど、ゲームになるといつもこんな感じになってしまう。
 しょうがないじゃん。人が変わるくらい好きなんだもん。3人に2人はわかってくれるでしょ? ね?

 トントン。

「はぁーい……」
 ノック音が聞こえ、死人のような声で返事をするとアレンが「失礼します」と言って入ってきた。
 上半身だけ起こしてみると、どうやら朝食を持ってきてくれたようだ。
「お疲れのようですね」
 アレンは心配そうな表情で朝食を机の上に置いた。
「ううん。大丈夫~。ただ死にそうなだけ……」
「大丈夫の基準がわかりません!?」
 過保護のアレンさんは昨日のようにワタワタしだしている。
 こりゃ、めんどくさいぞぉー。
「なんてのは冗談で、本当に大丈夫だから」
 これ以上心配かけまいと無理矢理の笑みを浮かべて断言すると、アレンも安心したように胸をなで下ろした。
「ならいいですけど……それと、クレア様がいらっしゃるのですが……どう致しましょうか?」
 クレア様が? こんな朝早くにどうしたんだろ?
 僕は不思議に思いつつも、「いいよ。通して」と言うと、しばらくしてから1人の少年が部屋に入ってきた。
 青みがかったボブ髪に濃い青色の瞳。身長は僕より少し高いくらいのかっこいいというよりと、可愛い系の少年。
 彼の名前はクレア・エバンス。エバンス公爵のご子息だ。ちなみに僕、ドロシーはリベラ伯爵の息子である。
 クレア様は入ってくるなりベッドの脇にあるソファにちょこんと腰をかけた。
「ドロシーっ! 遊びたくて来ちゃった」
「わざわざ、来てくださってありがとうございます」
 丁寧にお礼を言うと、クレア様は愛嬌のある笑顔で「いいのいいの~」と言う。
 その愛らしい笑顔に思わずドキッとしてしまう。
 
「あれ? 髪を切られましたか? この間よりも少しだけ短くなられてる」
「そうだよっ! ほんのちょっとだけ切ってもらったんだっ! よくわかったね!」
 僕の指摘に、クレア様は前世の僕のプリンセス達と同じように驚きつつも嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
 ふっ……このNo.1ホスト、それくらい余裕で気づけるさ。
 だけど、調子に乗りやすさもNo.1でつい、テンションが上がりホストモードになった。
「ほんの少しでも、わかりますよ。貴方の髪が1本減ったとしても貴方をずっと見てる僕にはわかります」
 そう言って、僕はベッドから降りクレア様の髪に触れた。

 それから、クレア様はポカンと口を開いたまま少しの時が流れ、何度か瞬きしてから言った。
「いや、それはさすがに気づかないと思うけど……」
 冷静に返され、顔が一気に紅潮するのが分かる。
 やばい! 外した! ていうか、このすぐ調子に乗るクセ治さないと!
 恥ずかしさでクレア様の髪に触れたまま硬直していると、クレア様が僕の額に手を当て、心配そうな面持ちを見せてきた。
「熱でもあるんじゃないのーっ? 大丈夫?」
「クレア様……っ。大丈夫です……!」
 優しい声色に感嘆の声を上げ、クレア様に促され、取り敢えずベッドに寝た。
 そうだね。寝てないから外したんだ。そうだ。きっとそうだ。
 でも、よくよく考えたらクレア様も前世で見たことがあるような……ないような……
 クレア様……クレア・エバンス……

「ーーあぁ!!!」

 突然の大声にソファに座っていたクレア様が大きく飛び跳ねて驚いた。
 元の世界でもなかなか見られないベタな反応に少しだけ感動。
「ど、どうしたのっ?」
 恐ろしいものでも見るかのような目でソファの後ろに隠れて僕を見ている。
「い、いや、なんでもないです……すみません」
 謝罪をすると、クレア様は不思議そうな顔をしてもう一度ソファに腰をかけた。

 クレア・エバンス。
 僕の前世でやってたBLゲームの悪役側だ。間違いない。何度も何度もクレア様のおかげで前に進めなかった手強いキャラクターだ。
 そして、僕はクレア様のそばにいたモブでクレア様の友達。ゲームの中だとクレア様並の面倒臭いキャラだった。
 となると……僕はやり途中だったBONHEUR AMOURに転生したってことか!?

 まじで!? 最高じゃん!!
 推しを目の前で見れるってことでしょ!? 見れなかったルートエンドがもしかしたら見れるかもでしょ!? 最高! チョベリグ! ファンタスティック!

「いやっほーい!!」
 つい興奮して感情を表に出すと、クレア様はまた飛び跳ねて驚き、ソファの後ろに隠れた。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ドロシーこそ大丈夫なの……?」
 この大丈夫というのは頭が大丈夫? という意味だろうか。あえて何がとはハッキリ言わないあたりお優しいお方だ。
 訝しげな目で見られているため、興奮を抑えて、もう一度考察タイムに入る。

 でも、クレア様ってあんないい人なのにゲームの中ではめちゃくちゃ酷い人なんだよな。
 まぁ、最終的にはクレア様もドロシーも国外追放、もしくは処刑でハッピーエンドだけど……

 ……って、あれ?

 それってやばくね!? 
 主人公側はいいけど、僕とクレア様やばくね!?

「lie(らい)、Lüge(リューゲ)、Ложь(ロージ)、كذب(カズィブ)、 谎言 (フアンイエン)!! 嘘だ!」
「何語!? よくわからないけど最後の一言だけでいいよね!?」
 クレア様の華麗なるツッコミが聞こえるが、僕はそれどころではなく、頭を抱えて悶絶した。
 遠くでクレア様が「ま、またくるねっ」と言って帰っていくのが見えた。

 ここに居座ってると早死するかもしれない。
 ……ま、いっか。
 正直推しさえ拝めれば我が人生に悔いはないし。
 クレア様の事はいざと言う時には僕が守ればいいし。解決解決。

 No.1ホストは考えの甘さもNo.1なのであった。
 よし、朝ご飯たーべよ!
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