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『5月17日。晴れ。
異世界に転生。
なんていうのは最近のラノベではよくあるお馴染みの展開。死んだら異世界ファンタジーに来ていた。交通事故にあって気づいたら乙女ゲームの世界。
こういうのはよくある…………らしい。
正直僕はよく知らないし、まず根本的に乙女ゲームってなに? 美味しいの? レベルで知らない。
ただ少し前に階段から落ちた愚姉が目覚めたかと思ったら怒涛の勢いで何回も何回もそんな事を語り始めたから嫌でも覚えてしまった。
ほんと無駄な知識を増やしちゃって、可哀想な僕。
ちなみに、姉というのはルナ・フォーレという伯爵家の長女。18歳。そして、僕はそんな愚姉の2つ下の哀れな弟アーロ・フォーレ。
まぁ、弟といっても義理の弟なのだが。
そんな僕と姉は犬猿の仲と言われるほど仲が悪い。はずだった。
この間までは。
いつもの姉なら僕と話すことはまず無いし、傲慢で、タラシで、誰からも嫌われるような姉なのだが階段に落ちた日から何かがおかしい。
まず、性格が丸くなった。学校でたまたま会った時人の手助けとかしている所を見てしまった。
普段の姉なら有り得ない。
それに、王子や公爵家のご子息と話をする時も色目を使うような事もなく純粋に話す程度になった。
普段の姉なら絶対に有り得ない。
それよりも、1番の驚きはこの僕に挨拶をしたり、声をかけたりしてくるようになった。
執拗以上に学校での出来事や、よくわからないゲームの話やら、とにかく話してくるし、こっちの様子も聞いてくる。
これはもう、神の剣が降るんじゃないかってくらい有り得えないこと。それに気持ち悪くて仕方がない。
なにか、変な薬にでも手を出してしまったのだろうか。それか、記憶喪失か……それとも、異世界から来た人が姉に乗り移った……?』
「ーーアーロ? 何してるの?」
姉の気持ち悪さをノートに殴り書きしていると扉が開き当の本人であるその人が入ってきて思わずそっちを見てしまった。
磨いた金貨のように輝いている金髪が真っ直ぐに腰まで伸び、陶器のような白い肌。栗のような茶色い瞳に制服のワンピースから覗かせる手足は無駄な肉がなく細長い。
姉が嫌いな僕から見ても美しいと言わざるを得ない容姿だが、この美しさを利用していろんな男をタラシいれる姉が僕は大嫌いだ。
平常心を保ちつつもノートを静かに素早く閉じ隅の本棚に差し込んだ。
「部屋に入る時はノックをしてくださいと何回言えばおわかりになるのですか」
「ごめんごめんっ」
僕は机の隅にある課題の冊子を取り、広げて適当に書き始めると、ずずっずずっと何かを引きずる音が聞こえてくる。
と思ったら、姉は僕の隣に椅子を持ってきてちょこんと座った。
「勉強ちゃんとやるなんて偉いね! さすが我が弟!」
姉が机の上で頬杖をつき僕のやっている課題を覗き込む。
僕はとくに気にせずペンを動かしながら口を開いた。
「当然です。僕がいずれフォーレ家を背負っていかないといけませんので」
「ほえー……高校生と同じ歳なのにすごいなぁ……」
感心したような声を聞き、僕は少しだけ表情が緩んだが、すぐに口角にキュッと下げた。
感心されて表情が緩むのは仕方ないことだ。だって、褒められて気分が悪くなる人はいないだろう。無論。僕だって人間だ。褒められれば気分はいい。
それが例え嫌いな相手であっても。
しばらく無言が続き僕がひたすらペンを動かしていると隣から心地良さそうな寝息が聞こえてきた。
横目で見ると机の上で腕を枕にして間抜け面の姉が寝ている。
はぁ……人が一生懸命勉強してるのに、こういう所本当に嫌い……
叩き起こしてやろうかなんて脳裏に過ぎるが暴力を振るう度胸は僕にはない。
揺さぶって起こすか。
「姉さん。起きてください」
両手で少し強めにゆさゆさと揺さぶるが姉は「んー……」と唸るくらいで起きそうにない。
そこにいられると、邪魔なんだよ……集中出来ないし……
途方に暮れていると、姉が辛そうに眉間にシワをよせてモゾモゾと動く。
……怖い夢でも見てるのか?
「……経理……が、追いかけてくる~……助けて~……」
何言ってんの? この人は?
姉の意味のわからない寝言に目をぱちぱちさせるとまたモゾモゾと動き今度はにへっと笑った。
「アーロ……ヒーローだ~……経理倒した~」
理解に苦しむ。出来ることならこの人の頭の中を見てみたい。
僕が額に手を当てため息を吐いて姉の方を見るとニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべながら寝ている。
夢の中で僕が経理を倒したのがそんなに喜ばしいことだったのだろうか。
そういえば、この人経理の科目を毛嫌いしてたっけ。というか、全教科嫌いだよね。今も前も。テストも赤点だらけだし。
「……アーロ~……」
……ま、でも……嫌いな人の脳内に僕が巣食ってるって考えるとそれはそれでありかもしれない。
嫌いな人のヒーローっていうのは腑に落ちないけど。
僕は起こすのを諦め、ベッドの上に畳んである清潔な白いローブを姉の背に掛けて、また勉強を再開させた。
× × ×
愚姉が変になってから大体1ヶ月が経った。
その間前までの汚名が返上されるように姉の評判がうなぎのぼりになっていった。
そのおかげで今までの嫌われようが嘘かのように多くの男女から好かれるようになっていった。
僕は自分勝手で嫌われている姉の事が嫌いだと思っていたのだが、みんなから好かれてる姉も嫌いなため、根本的にルナ・フォーレが大っ嫌いなのだと最近気づいた。
ここは僕と姉が通う学園。
教室の階は違えども、1日過ごしていると何度か目にする事もある。
「ーールナ、また痩せたな?」
「ーーんー、そうかなぁ? ボランティア活動してたからかなぁ」
「ーーボランティア活動か。街を綺麗にしてくれるの庶民からも好評だぜ?」
「ーーほんとに!? よかったぁ……」
仲睦まじい様子で僕の前を横切ったのは、姉とその婚約者であるリアム・アンドレ。彼は姉と同い年でこの国の第1王子だ。
闇のような黒髪に宝石のような綺麗な銀色の瞳。程よい筋肉のついた体つきのその王子は容姿や性格や人望はみんなから一目置かれるような人物。
王子は初めは姉の事をよく思っていなく、そこまで仲良くはなかったが、今では相思相愛らしくよく一緒にいる。
……成績だけで勝負するとあの王子様より僕の方が遥かに上なのに…………て、なに対抗心燃やしてんだよ。
両手で抱えていたノートの表紙を強く握っていたらしく、ぐしゃっとなって背表紙と表紙の境目が半分くらいまで裂けている。
授業用のノートじゃなくてよかったぁ。
ノートのシワを真っ直ぐ伸ばそうと手で圧をかけながら表紙を撫でていると胸糞の悪い声が後ろから聞こえてきた。
「ーーほんと、ルナって調子に乗ってるよね」
「ーーあのバカっぽいキャラムカつく。無理してる感あって笑えるんだけど」
「ーーちょっと王子から好かれてるからってさ! たいして可愛くもないくせに」
姉は完全にみんなから好かれている訳では無い。
前科があるせいで姉を嫌ってる人からはとことん嫌われてる。
それに、容姿が良く性格もまあまあ良くなった姉はモテるようになったからそのせいで妬み僻みで疎まれることもある。
僕からしたら自業自得だと思ってる。
嫌われるような事をしてた姉が悪い。
でも。
気づいたら僕は後ろを向き、悪口を言っている女性達の前に立ちはだかっていた。
「なにあんた?」
「僕はルナ・フォーレの弟、アーロ・フォーレです。以後お見知りおきを」
丁寧にお辞儀をすると女性達は「へぇ」と呟きジロジロと舐め回すように見てくる。
まだ入学して数ヶ月しか経ってない。上級生から僕の存在を知られてないのは仕方がない。
僕自身友達は多くないし、交友関係が広いとは言えないからね。
「で、なんのようなの?」
「先程のお言葉を撤回させて頂きたいです。姉の悪口を聞いてしまい気分が悪いので」
淡々と単語を並べるように告げると女性達は目を丸くして大声で笑いだした。
僕はそんな相手を黙って冷たい目で見ていた。
「あんなの悪口じゃないわ! 本当の事よ!」
「姉弟揃って面白い人達ね!」
廊下を通り行く人達が「なんだなんだ」とざわつき、注目を集め始めている。が、女性達はそんな事を気にせず笑っている。
あー……胸糞悪い。なんで、僕があの愚姉のために体張ってんだろ……自分の行動が理解できない……
だけど、ここまで来たら後に引けない、か。
意を決していつまでも笑ってる女性達に向かって声をかけた。
「貴方達が撤回しないようなので、僕が代わりに聞こえた範囲のお言葉のみ撤回をさせて頂きます」
僕が笑みを見せ告げると、1人が「どうぞ」と余裕そうな笑みを見せた。
僕は女性達を順に見て小さく息を吸う。
「まず、調子に乗るというお言葉は最近のあの人には不釣り合いです。
調子に乗るという意味は、いい気になって軽率な行動をするという意味なのですが、最近ボランティア活動という庶民を手助けする活動を地道にやっているあの人が調子に乗ってると言われるのはどうかと思います」
マシンガンのように一呼吸も置かずに論破すると、その言葉を吐いたであろう1人が表情を歪める。
いつの間にか増えていた野次馬達は「おぉ」と密かに感嘆の声を上げていた。
「それと、バカっぽいキャラと仰いましたがキャラではありません。本物のバカです。
この間も赤点をとって僕に泣きついてきました。あの人をバカじゃないと仰るのなら一度ご一緒に勉強してみてはどうですか? 地獄ですので」
周りにちょっとした笑いの渦が起こり、その言葉を吐いたであろう人は焦った面持ちで周りをキョロキョロしだした。
「最後に……」
僕は残った最後の1人の前に歩みでるとその人は「ひっ」と小さな悲鳴を漏らした。
僕よりも少し背の高いその女性を見上げながらニッコリと微笑む。
「貴方はたいして可愛くないと仰いましたが……」
僕は言いながら1歩ずつジリジリと近づくとその人は磁石の同じ極同士のように下がっていく。が、いる位置と下がり方が悪く、すぐ後ろの壁に女性は追い詰められた。
僕はバンッとわざとらしく大きな音を立て女性の肩の位置の壁に片手をつき、軽く背伸びをしてその女性の耳元に顔をちかづける。
「ーーそういうの、自分の顔面鏡で見てから言えよ」
それだけ言い離れると女性は力が抜けたように地面にへタレこみ他の2人が駆け寄って踵を返して逃げていった。
その後、見ていた人達から拍手喝采や歓声が巻き起こった。注目を浴びることがあまりない僕は顔に熱を集めながら逃げるように教室へと戻っていった。
なにやってんだろ……愚姉庇うとか……僕らしくない。
× × ×
あれから、何事もなく1日が過ぎ家に帰ってきた僕はいつものように課題をやるフリをして愚姉の奇行をノートにまとめていた。
『6月15日。曇り。
今日はあの愚姉はクソ天然人間たらし平和ボケ王子と仲良くしていてとてもムカついた。
それに、愚姉は愚姉で守ってくれる王子がいるのに、なんで僕まであの人を守るような事をしてしまったのか理解ができない。
だけどーー』
「ねぇねぇ! 聞いたよ! アーロ、私の事守ってくれたんだってね!」
またノックをしないで愚姉が入ってきたようだ。
ほんと、この人は……
僕はノートを閉じ隅に置いた。
「守ったつもりはありません。フォーレ家の名を汚すような事を言われたのがムカついたからです」
姉は恒例のように椅子を引きずってきて、僕の隣に並べると腰をかけた。
そして、申し訳なさそうな表情で覗き込むように見てくる。
「不甲斐ない姉でごめんね……これからはもっと気をつけるから……!」
いつもヘラヘラしてる姉がそんな顔をするのはずるいと思う。
なんだか、僕が悪いことしてるみたいだ。
短いため息を吐きぎこちなく姉の頭に手を乗せてあやす様に撫でた。
「アーロ?」
「僕からしたら姉さんは今のままが1番輝いているので、変に気を遣わなくていいです」
少しの間沈黙が流れる。
その間に僕の優秀な頭がフル回転して、今更ながらとんでもなくクサイセリフを言ってることに気がついた。
そのため、顔が引火したかのように熱くなり恥ずかしさから動きが硬直し、姉の頭に手を置いたまま動けない。
……な、何言ってんの!? 僕!? キモ! 自分キモ! バカ! アホ!
なんて、頭の中は混沌(カオス)状態。
姉は小動物のようなくりくりとした目を大きく見開くと口元に手を当てて「ぷっ」と吹き出した。
それから、声を押し殺したような笑い声を上げ相当面白かったのか目に涙をためている。
あの愚姉に笑われるとか……屈辱……死にたい……よし、死のう……
僕が自殺を心に決めていると姉は頭にある僕の手を取り胸元にもっていくと両手でぎゅっと握った。
「ーーやっぱり、アーロは私のヒーローだね」
「姉……さん……」
太陽にも負けないさその明るい笑顔に思わず目を細めると視界の端に姉さんの奇行を書いていたノートが窓から入った風によって今日書いていたページが開かれた。
『なんで僕まであの人を守るような事をしてしまったのか理解ができない。
だけど。
姉さんの笑顔を守れるならまた守ってやってもいいかもね』
異世界に転生。
なんていうのは最近のラノベではよくあるお馴染みの展開。死んだら異世界ファンタジーに来ていた。交通事故にあって気づいたら乙女ゲームの世界。
こういうのはよくある…………らしい。
正直僕はよく知らないし、まず根本的に乙女ゲームってなに? 美味しいの? レベルで知らない。
ただ少し前に階段から落ちた愚姉が目覚めたかと思ったら怒涛の勢いで何回も何回もそんな事を語り始めたから嫌でも覚えてしまった。
ほんと無駄な知識を増やしちゃって、可哀想な僕。
ちなみに、姉というのはルナ・フォーレという伯爵家の長女。18歳。そして、僕はそんな愚姉の2つ下の哀れな弟アーロ・フォーレ。
まぁ、弟といっても義理の弟なのだが。
そんな僕と姉は犬猿の仲と言われるほど仲が悪い。はずだった。
この間までは。
いつもの姉なら僕と話すことはまず無いし、傲慢で、タラシで、誰からも嫌われるような姉なのだが階段に落ちた日から何かがおかしい。
まず、性格が丸くなった。学校でたまたま会った時人の手助けとかしている所を見てしまった。
普段の姉なら有り得ない。
それに、王子や公爵家のご子息と話をする時も色目を使うような事もなく純粋に話す程度になった。
普段の姉なら絶対に有り得ない。
それよりも、1番の驚きはこの僕に挨拶をしたり、声をかけたりしてくるようになった。
執拗以上に学校での出来事や、よくわからないゲームの話やら、とにかく話してくるし、こっちの様子も聞いてくる。
これはもう、神の剣が降るんじゃないかってくらい有り得えないこと。それに気持ち悪くて仕方がない。
なにか、変な薬にでも手を出してしまったのだろうか。それか、記憶喪失か……それとも、異世界から来た人が姉に乗り移った……?』
「ーーアーロ? 何してるの?」
姉の気持ち悪さをノートに殴り書きしていると扉が開き当の本人であるその人が入ってきて思わずそっちを見てしまった。
磨いた金貨のように輝いている金髪が真っ直ぐに腰まで伸び、陶器のような白い肌。栗のような茶色い瞳に制服のワンピースから覗かせる手足は無駄な肉がなく細長い。
姉が嫌いな僕から見ても美しいと言わざるを得ない容姿だが、この美しさを利用していろんな男をタラシいれる姉が僕は大嫌いだ。
平常心を保ちつつもノートを静かに素早く閉じ隅の本棚に差し込んだ。
「部屋に入る時はノックをしてくださいと何回言えばおわかりになるのですか」
「ごめんごめんっ」
僕は机の隅にある課題の冊子を取り、広げて適当に書き始めると、ずずっずずっと何かを引きずる音が聞こえてくる。
と思ったら、姉は僕の隣に椅子を持ってきてちょこんと座った。
「勉強ちゃんとやるなんて偉いね! さすが我が弟!」
姉が机の上で頬杖をつき僕のやっている課題を覗き込む。
僕はとくに気にせずペンを動かしながら口を開いた。
「当然です。僕がいずれフォーレ家を背負っていかないといけませんので」
「ほえー……高校生と同じ歳なのにすごいなぁ……」
感心したような声を聞き、僕は少しだけ表情が緩んだが、すぐに口角にキュッと下げた。
感心されて表情が緩むのは仕方ないことだ。だって、褒められて気分が悪くなる人はいないだろう。無論。僕だって人間だ。褒められれば気分はいい。
それが例え嫌いな相手であっても。
しばらく無言が続き僕がひたすらペンを動かしていると隣から心地良さそうな寝息が聞こえてきた。
横目で見ると机の上で腕を枕にして間抜け面の姉が寝ている。
はぁ……人が一生懸命勉強してるのに、こういう所本当に嫌い……
叩き起こしてやろうかなんて脳裏に過ぎるが暴力を振るう度胸は僕にはない。
揺さぶって起こすか。
「姉さん。起きてください」
両手で少し強めにゆさゆさと揺さぶるが姉は「んー……」と唸るくらいで起きそうにない。
そこにいられると、邪魔なんだよ……集中出来ないし……
途方に暮れていると、姉が辛そうに眉間にシワをよせてモゾモゾと動く。
……怖い夢でも見てるのか?
「……経理……が、追いかけてくる~……助けて~……」
何言ってんの? この人は?
姉の意味のわからない寝言に目をぱちぱちさせるとまたモゾモゾと動き今度はにへっと笑った。
「アーロ……ヒーローだ~……経理倒した~」
理解に苦しむ。出来ることならこの人の頭の中を見てみたい。
僕が額に手を当てため息を吐いて姉の方を見るとニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべながら寝ている。
夢の中で僕が経理を倒したのがそんなに喜ばしいことだったのだろうか。
そういえば、この人経理の科目を毛嫌いしてたっけ。というか、全教科嫌いだよね。今も前も。テストも赤点だらけだし。
「……アーロ~……」
……ま、でも……嫌いな人の脳内に僕が巣食ってるって考えるとそれはそれでありかもしれない。
嫌いな人のヒーローっていうのは腑に落ちないけど。
僕は起こすのを諦め、ベッドの上に畳んである清潔な白いローブを姉の背に掛けて、また勉強を再開させた。
× × ×
愚姉が変になってから大体1ヶ月が経った。
その間前までの汚名が返上されるように姉の評判がうなぎのぼりになっていった。
そのおかげで今までの嫌われようが嘘かのように多くの男女から好かれるようになっていった。
僕は自分勝手で嫌われている姉の事が嫌いだと思っていたのだが、みんなから好かれてる姉も嫌いなため、根本的にルナ・フォーレが大っ嫌いなのだと最近気づいた。
ここは僕と姉が通う学園。
教室の階は違えども、1日過ごしていると何度か目にする事もある。
「ーールナ、また痩せたな?」
「ーーんー、そうかなぁ? ボランティア活動してたからかなぁ」
「ーーボランティア活動か。街を綺麗にしてくれるの庶民からも好評だぜ?」
「ーーほんとに!? よかったぁ……」
仲睦まじい様子で僕の前を横切ったのは、姉とその婚約者であるリアム・アンドレ。彼は姉と同い年でこの国の第1王子だ。
闇のような黒髪に宝石のような綺麗な銀色の瞳。程よい筋肉のついた体つきのその王子は容姿や性格や人望はみんなから一目置かれるような人物。
王子は初めは姉の事をよく思っていなく、そこまで仲良くはなかったが、今では相思相愛らしくよく一緒にいる。
……成績だけで勝負するとあの王子様より僕の方が遥かに上なのに…………て、なに対抗心燃やしてんだよ。
両手で抱えていたノートの表紙を強く握っていたらしく、ぐしゃっとなって背表紙と表紙の境目が半分くらいまで裂けている。
授業用のノートじゃなくてよかったぁ。
ノートのシワを真っ直ぐ伸ばそうと手で圧をかけながら表紙を撫でていると胸糞の悪い声が後ろから聞こえてきた。
「ーーほんと、ルナって調子に乗ってるよね」
「ーーあのバカっぽいキャラムカつく。無理してる感あって笑えるんだけど」
「ーーちょっと王子から好かれてるからってさ! たいして可愛くもないくせに」
姉は完全にみんなから好かれている訳では無い。
前科があるせいで姉を嫌ってる人からはとことん嫌われてる。
それに、容姿が良く性格もまあまあ良くなった姉はモテるようになったからそのせいで妬み僻みで疎まれることもある。
僕からしたら自業自得だと思ってる。
嫌われるような事をしてた姉が悪い。
でも。
気づいたら僕は後ろを向き、悪口を言っている女性達の前に立ちはだかっていた。
「なにあんた?」
「僕はルナ・フォーレの弟、アーロ・フォーレです。以後お見知りおきを」
丁寧にお辞儀をすると女性達は「へぇ」と呟きジロジロと舐め回すように見てくる。
まだ入学して数ヶ月しか経ってない。上級生から僕の存在を知られてないのは仕方がない。
僕自身友達は多くないし、交友関係が広いとは言えないからね。
「で、なんのようなの?」
「先程のお言葉を撤回させて頂きたいです。姉の悪口を聞いてしまい気分が悪いので」
淡々と単語を並べるように告げると女性達は目を丸くして大声で笑いだした。
僕はそんな相手を黙って冷たい目で見ていた。
「あんなの悪口じゃないわ! 本当の事よ!」
「姉弟揃って面白い人達ね!」
廊下を通り行く人達が「なんだなんだ」とざわつき、注目を集め始めている。が、女性達はそんな事を気にせず笑っている。
あー……胸糞悪い。なんで、僕があの愚姉のために体張ってんだろ……自分の行動が理解できない……
だけど、ここまで来たら後に引けない、か。
意を決していつまでも笑ってる女性達に向かって声をかけた。
「貴方達が撤回しないようなので、僕が代わりに聞こえた範囲のお言葉のみ撤回をさせて頂きます」
僕が笑みを見せ告げると、1人が「どうぞ」と余裕そうな笑みを見せた。
僕は女性達を順に見て小さく息を吸う。
「まず、調子に乗るというお言葉は最近のあの人には不釣り合いです。
調子に乗るという意味は、いい気になって軽率な行動をするという意味なのですが、最近ボランティア活動という庶民を手助けする活動を地道にやっているあの人が調子に乗ってると言われるのはどうかと思います」
マシンガンのように一呼吸も置かずに論破すると、その言葉を吐いたであろう1人が表情を歪める。
いつの間にか増えていた野次馬達は「おぉ」と密かに感嘆の声を上げていた。
「それと、バカっぽいキャラと仰いましたがキャラではありません。本物のバカです。
この間も赤点をとって僕に泣きついてきました。あの人をバカじゃないと仰るのなら一度ご一緒に勉強してみてはどうですか? 地獄ですので」
周りにちょっとした笑いの渦が起こり、その言葉を吐いたであろう人は焦った面持ちで周りをキョロキョロしだした。
「最後に……」
僕は残った最後の1人の前に歩みでるとその人は「ひっ」と小さな悲鳴を漏らした。
僕よりも少し背の高いその女性を見上げながらニッコリと微笑む。
「貴方はたいして可愛くないと仰いましたが……」
僕は言いながら1歩ずつジリジリと近づくとその人は磁石の同じ極同士のように下がっていく。が、いる位置と下がり方が悪く、すぐ後ろの壁に女性は追い詰められた。
僕はバンッとわざとらしく大きな音を立て女性の肩の位置の壁に片手をつき、軽く背伸びをしてその女性の耳元に顔をちかづける。
「ーーそういうの、自分の顔面鏡で見てから言えよ」
それだけ言い離れると女性は力が抜けたように地面にへタレこみ他の2人が駆け寄って踵を返して逃げていった。
その後、見ていた人達から拍手喝采や歓声が巻き起こった。注目を浴びることがあまりない僕は顔に熱を集めながら逃げるように教室へと戻っていった。
なにやってんだろ……愚姉庇うとか……僕らしくない。
× × ×
あれから、何事もなく1日が過ぎ家に帰ってきた僕はいつものように課題をやるフリをして愚姉の奇行をノートにまとめていた。
『6月15日。曇り。
今日はあの愚姉はクソ天然人間たらし平和ボケ王子と仲良くしていてとてもムカついた。
それに、愚姉は愚姉で守ってくれる王子がいるのに、なんで僕まであの人を守るような事をしてしまったのか理解ができない。
だけどーー』
「ねぇねぇ! 聞いたよ! アーロ、私の事守ってくれたんだってね!」
またノックをしないで愚姉が入ってきたようだ。
ほんと、この人は……
僕はノートを閉じ隅に置いた。
「守ったつもりはありません。フォーレ家の名を汚すような事を言われたのがムカついたからです」
姉は恒例のように椅子を引きずってきて、僕の隣に並べると腰をかけた。
そして、申し訳なさそうな表情で覗き込むように見てくる。
「不甲斐ない姉でごめんね……これからはもっと気をつけるから……!」
いつもヘラヘラしてる姉がそんな顔をするのはずるいと思う。
なんだか、僕が悪いことしてるみたいだ。
短いため息を吐きぎこちなく姉の頭に手を乗せてあやす様に撫でた。
「アーロ?」
「僕からしたら姉さんは今のままが1番輝いているので、変に気を遣わなくていいです」
少しの間沈黙が流れる。
その間に僕の優秀な頭がフル回転して、今更ながらとんでもなくクサイセリフを言ってることに気がついた。
そのため、顔が引火したかのように熱くなり恥ずかしさから動きが硬直し、姉の頭に手を置いたまま動けない。
……な、何言ってんの!? 僕!? キモ! 自分キモ! バカ! アホ!
なんて、頭の中は混沌(カオス)状態。
姉は小動物のようなくりくりとした目を大きく見開くと口元に手を当てて「ぷっ」と吹き出した。
それから、声を押し殺したような笑い声を上げ相当面白かったのか目に涙をためている。
あの愚姉に笑われるとか……屈辱……死にたい……よし、死のう……
僕が自殺を心に決めていると姉は頭にある僕の手を取り胸元にもっていくと両手でぎゅっと握った。
「ーーやっぱり、アーロは私のヒーローだね」
「姉……さん……」
太陽にも負けないさその明るい笑顔に思わず目を細めると視界の端に姉さんの奇行を書いていたノートが窓から入った風によって今日書いていたページが開かれた。
『なんで僕まであの人を守るような事をしてしまったのか理解ができない。
だけど。
姉さんの笑顔を守れるならまた守ってやってもいいかもね』
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