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こんにちは知らない世界
11. お礼と
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「私は、デイビーズ家の執事をしておりますバーチと申します。
助けて下さり有り難うございます。」
「バーチ、お前も治療師が来るまで安静にしろよ。」
主人が安らかな寝息を立てている事を確認して寝室の扉を閉めたバーチは、リビングで待つ千佳とヘイデンに名を名乗り深く頭を下げた。自身も少し足を引きずる彼はヘイデンにそう言われソファに腰を下ろす。
「しかし、伯爵様だけでなく私達まで助けて下さったのに、
お礼を申し上げない訳には」
「あの、まずはご自身の体を大事にすべきかと」
そう話す千佳を見たバーチは「ありがとうございます」と言いながら2人にも座るように促した。彼の向かい側にあるソファへ座った2人は、安堵したような表情を浮かべているバーチの方を見た。
「にしても、全員無事でよかったな」
「はい。
ターナー様とチカ様が案内してくださらなければ、
私たちは生きていませんでした。
本当にありがとうございます。」
「い、いえ。
あの、ターナー様とは・・・?」
躊躇いがちに尋ねた千佳は、ヘイデンをターナー様と呼ぶ事に疑問を感じていたようだ。そんな彼女をみたバーチは、チラッとヘイデンの方を見て千佳へ説明した。
「ターナー様は、ヘイデン・ターナーという名でございます。」
「そうなんですね。
ヘイデンさんの苗字は知らなかったので」
「ターナー様は少し変わった立ち位置の方でして、
帝国では苗字とそれなりの地位を持っています」
「・・・それなりの地位?」
千佳は首を傾げヘイデンを見た。ヘイデンは頭を掻きながら少し困った様な表情を浮かべてため息を吐く。
「も、もしかして、私すっごく失礼な事してましたっ!?」
「チカちゃん、気にしなくていいからね。
俺、キリタ村出身の平民だし。
色々あって帝国に行って 魔術学んで仕事してたらそーなっただけだし。」
めんどくさそうに話すヘイデンに、千佳は慌てて謝罪の言葉を口にする。2人を見ていたバーチは、彼の言葉を補足する様に話し始めた。
「帝国は、他国の人間であっても帝国で 魔術を学んだ者には地位を与えます。
祖国に戻っても、帝国に有利に動いてもらいたい思惑がありこの様な制度が設けられました。
ちなみに、私は一番下のプレナイト。
ターナー様は、確かポードレッタでしたよね?」
「・・・スフェーン」
「スフェーン?」
言葉の意味に疑問符を浮かべる千佳と、その言葉を聞いて引き攣った顔をするバーチはヘイデンを見ている。気まずくなった彼は話題を変えようと千佳へ話しかけた。
「それより、チカちゃ・・・」
「チカ様の為に補足しますと、 魔術持ちの階級は4つに分かれています。
上から、ベニトアイト、スフェーン、ポードレッタ、プレナイトです。
大抵の場合は、プレナイトで生涯を終わります。
ポードレッタを賜る人だって少ないのに・・・」
ヘイデンの言葉を遮る様に話すバーチは、そう言ってヘイデンをまじまじと見ている。
「・・・いつの間に出世したんです?
同じ時期に賜りましたよね。
何したらそんなに出世できるんです?
教えてください?」
「落ち着けバーチ。
ギタレス公が俺が加工した雷石で武器を作ったからで・・・」
身を乗り出すように話すバーチを制するようにヘイデンは片手で顔を覆い、ため息をついて弁解した。納得した様な、できていない様な顔で千佳が2人を見ていると、バーチはコホンと咳払いをして話題を変えるように2人へ話しかけた。
「それより、お二人はどうしてあの場所が分かったんですか?」
「あー。行商人が途中で土砂崩れがあったって言ってたんだよ。
それで、心配になって馬を走らせたってわけ」
「そうでしたか」
千佳が、何と答えるべきか迷っているとヘイデンが先にそう説明した。納得した様に頷くバーチは「後でお礼に伺いたいので、その行商人を教えてください」と言葉を続ける。
「それより、チカちゃん。疲れただろ。
部屋に戻って休んだほうがいい。」
会話を切り上げる様に話すヘイデンに、千佳は頷いて「そうですね。先に失礼します」と言いバーチに一礼して部屋を後にした。
「それで、本当はなぜ分かったんです?」
「なんか、分かったらしい」
彼女を見送ると、バーチは真剣な表情でヘイデンを見ながら同じ事を尋ねた。ヘイデンは頭を掻き目線を合わせずにそう答える。
「分かった?」
「俺も、ちゃんと聞いてないから詳しい事は知らない」
「・・・そうですか。
彼女がご連絡いただいた方ですよね?」
「あぁ」
彼の答えに怪訝そうな表情を浮かべたバーチは、先日伯爵の元に届いた手紙を思い出し、確認する様にヘイデンに尋ねる。
手紙には、親しい女性が知り合いを訪ねてイレーネ行きを希望している。帝国まで彼女を帯同させてくれないか。
そんな事が書いてあったはずだ。
「失礼ですが、彼女は・・・クラーク家と関係が?」
「さぁな。
本人は知らないって言ってるし、予言もできないって言ってる」
「それでも、分かったんですよね?」
何度も確認するバーチは、真剣な表情でヘイデンを見ている。そんな彼に一瞬目を合わせたヘイデンはスッと席を立った。
「彼女のこと、宜しく頼む。
俺も下がらせてもらうから、お前もゆっくり休めよ。」
「・・・私の方こそ引き止めてしまい申し訳ありません。」
強引に会話を切り上げ、部屋を後にするヘイデンを見送ったバーチは主人が眠る部屋へ目を向けた。
「・・・まずは、伯爵様にご報告ですね」
ソファに腰掛け直したバーチは、そのうち来るであろう治療師を目を閉じて待った。
—————-
「チカちゃん、ごめん。
俺らも、あと数日ここに滞在するわ。」
翌日、ヘイデンからそう聞いた千佳は部屋に戻り窓の外を眺めていた。昨日の豪雨が嘘のように晴れ、雲ひとつない青空が広がっている。
昨日、助けた伯爵は無事、目を覚まし大事をとって数日滞在するらしい。
その為なのか、ヘイデンはバーチと何か真剣に話をしている。
“・・・ひま”
時間を持て余しているのは自分だけ。
ほほ杖をついて行き交う人を眺めていた千佳は、昨日とは打って変わって賑わい始めた大通りを見て、今なら街歩きしても楽しめるかもしれない。そう思っていた。
「散歩しようかな」
念のため髪を後ろでまとめ、前髪もピンで止めた千佳は、ケープを深く被り部屋のドアを開けた。
ガチャッ
「! チカ様!外出ですか?」
「あ、こんにちは」
部屋の外にはあの後、エヴァンズと名乗った男性が何故か立っていた。
どこか緊張した面持ちで千佳に挨拶をするエヴァンズは千佳に用があったわけではないらしい。
「あ、あの・・・なぜ、立っているのですか?」
「ターナー様から警護を任されましたので」
「・・・警護?誰の?」
「チカ様です」
“護衛って、どっかの偉い人につくやつじゃない!?”
心の中で、驚きを感じながら千佳はエヴァンズをまじまじと見た。確かにガタイはいいし少し強面の彼は一緒にいたら人よけになるのかもしれない。
「・・・エヴァンズさんも、お疲れでしょうし休んだ方が」
「いえ!
私は疲れておりませんし、寧ろチカ様のお側にいた方が宜しいかと思います!」
何故、私に向かってそんなに礼儀正しいんだろう。
何だか、自分が重要人物の様に扱われている気がしてもどかしさを感じた千佳は、「散歩に行ってきます」と言いさっとエヴァンズの前を通り過ぎようとした。
「! そ、それは控えた方が良いかと・・・」
「ちょっと、通りを歩いて戻ってくるだけですから。」
少し申し訳なさそうに話す彼に、千佳は戸惑いを感じながらそう返した。けれど彼は、譲らずに考え直した方が良いと言って千佳を部屋へ戻そうとする。
「・・・どうして外出控えなきゃいけないんですか?」
納得できず尋ねるとエヴァンズは頬をかきながら、
「階段の踊り場の窓から宿の入り口を見てください。」
と言って階段へ案内した。
踊り場の窓から外を見た千佳は、エヴァンズの言葉の意味を理解してソッと窓から離れ無言で部屋へと戻りドアを閉る。
「・・・はぁーーーー」
深いため息をついた彼女は、バサッとケープを脱いでベッドに倒れ込む。
「もー、一体何なのよ!!!」
宿の入り口には人だかりができ、「プロフィティア様がこの宿に泊まっている」だとか「プロフィティア様は昨日、貴族を助けたらしい」「予言者様に見てもらいたい」と話す人達でごった返していた。
「昨日の事は良く分からないのに・・・。
そもそも、私、プロフィティアなんて名乗ってない」
“なぜ昨日、あんな事が分かったのか自分が知りたいのに。“
そう思いながら再びため息をついていればコンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。
「チカ様、大丈夫ですか?」
「すみません。
急に無言になって部屋にこもってしまって。」
遠慮がちにエヴァンズが声をかける。
ガバッと起き上がった千佳は、急いでドアを開け彼に謝罪をした。
「いえ。
あの、外出はオススメしませんが、よろしければお茶でもいかがですか?」
そう声をかけてくれたエヴァンズに、千佳はパァッと表情を明るくして「ぜひ!」と返事をする。
「それにしても、この階すごく静か」
「3階と4階の部屋はすべて伯爵家が借りましたので」
「・・・そ、そうですか」
“貴族ってすごい・・・“
廊下を歩く千佳は、やけに静かな事に疑問を感じ独り言のように呟いた。
フロア単位で貸し切った事に驚いていれば、この階で一番広い部屋に通される。
千佳は、リビングスペースにあるソファーへ案内され腰を下ろした。
「エヴァンズさんは、座らないんですか?」
千佳の側に立っている彼を不思議に思っていると、エヴァンズは「よろしいのですか?」と千佳に尋ねる。
「独りでお茶を飲むのは何だか寂しいので、エヴァンズさんがよければ。」
そう話す千佳を見たエヴァンズは「失礼します」と言って向かいの席に着席する。手際良くお茶を入れる使用人に礼を述べると、千佳はエヴァンズを見た。
「使用人の皆さんも伯爵家の方なんですか?」
「いえ。使用人は、この街で雇った者たちです。
口は硬いので安心してください」
エヴァンズが合図をするとスッと捌ける使用人に、千佳が感心していると彼は焼き菓子を勧めてきた。
千佳が焼き菓子を選んでいると、エヴァンズは興味深そうに尋ねた。
「ところで、チカ様はターナー様とご旅行ですか?」
「実はイレーネ帝国まで行こうと思ってまして、
ヘイデンさんにはウィルドまで案内してもらったんです。」
何気ない質問にそう答えた千佳に、エヴァンズは驚いた顔をして動きを止め千佳を見つめていた。
「やはり、チカ様はプロフィティア様の・・・」
「?」
小声で何かを呟くエヴァンズに千佳は首を傾げて彼を見る。
慌てて何でもないと言う彼を不思議に思っていれば、
「では、我々と同じ道のりを行くのですね」
と返された。
「エヴァンズさん達もイレーネ帝国へ?」
「はい。我々は、帝国へ帰るのです。」
「そうなんですね!じゃぁ、一緒ですね」
”まさか、こんな所で帝国行きの人と知り合うなんて。
顔見知りがいるって、心強いかも。”
思いもよらぬ話に、千佳は笑顔を向けてそう返した。
船で行くから、もしかしたら同じ船に乗るのかもしれない。
そう思えるだけで、この先の旅が少し安心できる気がしていた。
「あら、チカちゃんお茶してたの」
「あ、はい。」
ノックをして部屋をのぞいたヘイデンは、千佳に声をかける。
慌てて立ち上がるエヴァンズを制した彼は、千佳に伝言があると言ってこう伝えた。
「伯爵がチカちゃんと話したいって。
これから4階の部屋に来れるかしら?」
助けて下さり有り難うございます。」
「バーチ、お前も治療師が来るまで安静にしろよ。」
主人が安らかな寝息を立てている事を確認して寝室の扉を閉めたバーチは、リビングで待つ千佳とヘイデンに名を名乗り深く頭を下げた。自身も少し足を引きずる彼はヘイデンにそう言われソファに腰を下ろす。
「しかし、伯爵様だけでなく私達まで助けて下さったのに、
お礼を申し上げない訳には」
「あの、まずはご自身の体を大事にすべきかと」
そう話す千佳を見たバーチは「ありがとうございます」と言いながら2人にも座るように促した。彼の向かい側にあるソファへ座った2人は、安堵したような表情を浮かべているバーチの方を見た。
「にしても、全員無事でよかったな」
「はい。
ターナー様とチカ様が案内してくださらなければ、
私たちは生きていませんでした。
本当にありがとうございます。」
「い、いえ。
あの、ターナー様とは・・・?」
躊躇いがちに尋ねた千佳は、ヘイデンをターナー様と呼ぶ事に疑問を感じていたようだ。そんな彼女をみたバーチは、チラッとヘイデンの方を見て千佳へ説明した。
「ターナー様は、ヘイデン・ターナーという名でございます。」
「そうなんですね。
ヘイデンさんの苗字は知らなかったので」
「ターナー様は少し変わった立ち位置の方でして、
帝国では苗字とそれなりの地位を持っています」
「・・・それなりの地位?」
千佳は首を傾げヘイデンを見た。ヘイデンは頭を掻きながら少し困った様な表情を浮かべてため息を吐く。
「も、もしかして、私すっごく失礼な事してましたっ!?」
「チカちゃん、気にしなくていいからね。
俺、キリタ村出身の平民だし。
色々あって帝国に行って 魔術学んで仕事してたらそーなっただけだし。」
めんどくさそうに話すヘイデンに、千佳は慌てて謝罪の言葉を口にする。2人を見ていたバーチは、彼の言葉を補足する様に話し始めた。
「帝国は、他国の人間であっても帝国で 魔術を学んだ者には地位を与えます。
祖国に戻っても、帝国に有利に動いてもらいたい思惑がありこの様な制度が設けられました。
ちなみに、私は一番下のプレナイト。
ターナー様は、確かポードレッタでしたよね?」
「・・・スフェーン」
「スフェーン?」
言葉の意味に疑問符を浮かべる千佳と、その言葉を聞いて引き攣った顔をするバーチはヘイデンを見ている。気まずくなった彼は話題を変えようと千佳へ話しかけた。
「それより、チカちゃ・・・」
「チカ様の為に補足しますと、 魔術持ちの階級は4つに分かれています。
上から、ベニトアイト、スフェーン、ポードレッタ、プレナイトです。
大抵の場合は、プレナイトで生涯を終わります。
ポードレッタを賜る人だって少ないのに・・・」
ヘイデンの言葉を遮る様に話すバーチは、そう言ってヘイデンをまじまじと見ている。
「・・・いつの間に出世したんです?
同じ時期に賜りましたよね。
何したらそんなに出世できるんです?
教えてください?」
「落ち着けバーチ。
ギタレス公が俺が加工した雷石で武器を作ったからで・・・」
身を乗り出すように話すバーチを制するようにヘイデンは片手で顔を覆い、ため息をついて弁解した。納得した様な、できていない様な顔で千佳が2人を見ていると、バーチはコホンと咳払いをして話題を変えるように2人へ話しかけた。
「それより、お二人はどうしてあの場所が分かったんですか?」
「あー。行商人が途中で土砂崩れがあったって言ってたんだよ。
それで、心配になって馬を走らせたってわけ」
「そうでしたか」
千佳が、何と答えるべきか迷っているとヘイデンが先にそう説明した。納得した様に頷くバーチは「後でお礼に伺いたいので、その行商人を教えてください」と言葉を続ける。
「それより、チカちゃん。疲れただろ。
部屋に戻って休んだほうがいい。」
会話を切り上げる様に話すヘイデンに、千佳は頷いて「そうですね。先に失礼します」と言いバーチに一礼して部屋を後にした。
「それで、本当はなぜ分かったんです?」
「なんか、分かったらしい」
彼女を見送ると、バーチは真剣な表情でヘイデンを見ながら同じ事を尋ねた。ヘイデンは頭を掻き目線を合わせずにそう答える。
「分かった?」
「俺も、ちゃんと聞いてないから詳しい事は知らない」
「・・・そうですか。
彼女がご連絡いただいた方ですよね?」
「あぁ」
彼の答えに怪訝そうな表情を浮かべたバーチは、先日伯爵の元に届いた手紙を思い出し、確認する様にヘイデンに尋ねる。
手紙には、親しい女性が知り合いを訪ねてイレーネ行きを希望している。帝国まで彼女を帯同させてくれないか。
そんな事が書いてあったはずだ。
「失礼ですが、彼女は・・・クラーク家と関係が?」
「さぁな。
本人は知らないって言ってるし、予言もできないって言ってる」
「それでも、分かったんですよね?」
何度も確認するバーチは、真剣な表情でヘイデンを見ている。そんな彼に一瞬目を合わせたヘイデンはスッと席を立った。
「彼女のこと、宜しく頼む。
俺も下がらせてもらうから、お前もゆっくり休めよ。」
「・・・私の方こそ引き止めてしまい申し訳ありません。」
強引に会話を切り上げ、部屋を後にするヘイデンを見送ったバーチは主人が眠る部屋へ目を向けた。
「・・・まずは、伯爵様にご報告ですね」
ソファに腰掛け直したバーチは、そのうち来るであろう治療師を目を閉じて待った。
—————-
「チカちゃん、ごめん。
俺らも、あと数日ここに滞在するわ。」
翌日、ヘイデンからそう聞いた千佳は部屋に戻り窓の外を眺めていた。昨日の豪雨が嘘のように晴れ、雲ひとつない青空が広がっている。
昨日、助けた伯爵は無事、目を覚まし大事をとって数日滞在するらしい。
その為なのか、ヘイデンはバーチと何か真剣に話をしている。
“・・・ひま”
時間を持て余しているのは自分だけ。
ほほ杖をついて行き交う人を眺めていた千佳は、昨日とは打って変わって賑わい始めた大通りを見て、今なら街歩きしても楽しめるかもしれない。そう思っていた。
「散歩しようかな」
念のため髪を後ろでまとめ、前髪もピンで止めた千佳は、ケープを深く被り部屋のドアを開けた。
ガチャッ
「! チカ様!外出ですか?」
「あ、こんにちは」
部屋の外にはあの後、エヴァンズと名乗った男性が何故か立っていた。
どこか緊張した面持ちで千佳に挨拶をするエヴァンズは千佳に用があったわけではないらしい。
「あ、あの・・・なぜ、立っているのですか?」
「ターナー様から警護を任されましたので」
「・・・警護?誰の?」
「チカ様です」
“護衛って、どっかの偉い人につくやつじゃない!?”
心の中で、驚きを感じながら千佳はエヴァンズをまじまじと見た。確かにガタイはいいし少し強面の彼は一緒にいたら人よけになるのかもしれない。
「・・・エヴァンズさんも、お疲れでしょうし休んだ方が」
「いえ!
私は疲れておりませんし、寧ろチカ様のお側にいた方が宜しいかと思います!」
何故、私に向かってそんなに礼儀正しいんだろう。
何だか、自分が重要人物の様に扱われている気がしてもどかしさを感じた千佳は、「散歩に行ってきます」と言いさっとエヴァンズの前を通り過ぎようとした。
「! そ、それは控えた方が良いかと・・・」
「ちょっと、通りを歩いて戻ってくるだけですから。」
少し申し訳なさそうに話す彼に、千佳は戸惑いを感じながらそう返した。けれど彼は、譲らずに考え直した方が良いと言って千佳を部屋へ戻そうとする。
「・・・どうして外出控えなきゃいけないんですか?」
納得できず尋ねるとエヴァンズは頬をかきながら、
「階段の踊り場の窓から宿の入り口を見てください。」
と言って階段へ案内した。
踊り場の窓から外を見た千佳は、エヴァンズの言葉の意味を理解してソッと窓から離れ無言で部屋へと戻りドアを閉る。
「・・・はぁーーーー」
深いため息をついた彼女は、バサッとケープを脱いでベッドに倒れ込む。
「もー、一体何なのよ!!!」
宿の入り口には人だかりができ、「プロフィティア様がこの宿に泊まっている」だとか「プロフィティア様は昨日、貴族を助けたらしい」「予言者様に見てもらいたい」と話す人達でごった返していた。
「昨日の事は良く分からないのに・・・。
そもそも、私、プロフィティアなんて名乗ってない」
“なぜ昨日、あんな事が分かったのか自分が知りたいのに。“
そう思いながら再びため息をついていればコンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。
「チカ様、大丈夫ですか?」
「すみません。
急に無言になって部屋にこもってしまって。」
遠慮がちにエヴァンズが声をかける。
ガバッと起き上がった千佳は、急いでドアを開け彼に謝罪をした。
「いえ。
あの、外出はオススメしませんが、よろしければお茶でもいかがですか?」
そう声をかけてくれたエヴァンズに、千佳はパァッと表情を明るくして「ぜひ!」と返事をする。
「それにしても、この階すごく静か」
「3階と4階の部屋はすべて伯爵家が借りましたので」
「・・・そ、そうですか」
“貴族ってすごい・・・“
廊下を歩く千佳は、やけに静かな事に疑問を感じ独り言のように呟いた。
フロア単位で貸し切った事に驚いていれば、この階で一番広い部屋に通される。
千佳は、リビングスペースにあるソファーへ案内され腰を下ろした。
「エヴァンズさんは、座らないんですか?」
千佳の側に立っている彼を不思議に思っていると、エヴァンズは「よろしいのですか?」と千佳に尋ねる。
「独りでお茶を飲むのは何だか寂しいので、エヴァンズさんがよければ。」
そう話す千佳を見たエヴァンズは「失礼します」と言って向かいの席に着席する。手際良くお茶を入れる使用人に礼を述べると、千佳はエヴァンズを見た。
「使用人の皆さんも伯爵家の方なんですか?」
「いえ。使用人は、この街で雇った者たちです。
口は硬いので安心してください」
エヴァンズが合図をするとスッと捌ける使用人に、千佳が感心していると彼は焼き菓子を勧めてきた。
千佳が焼き菓子を選んでいると、エヴァンズは興味深そうに尋ねた。
「ところで、チカ様はターナー様とご旅行ですか?」
「実はイレーネ帝国まで行こうと思ってまして、
ヘイデンさんにはウィルドまで案内してもらったんです。」
何気ない質問にそう答えた千佳に、エヴァンズは驚いた顔をして動きを止め千佳を見つめていた。
「やはり、チカ様はプロフィティア様の・・・」
「?」
小声で何かを呟くエヴァンズに千佳は首を傾げて彼を見る。
慌てて何でもないと言う彼を不思議に思っていれば、
「では、我々と同じ道のりを行くのですね」
と返された。
「エヴァンズさん達もイレーネ帝国へ?」
「はい。我々は、帝国へ帰るのです。」
「そうなんですね!じゃぁ、一緒ですね」
”まさか、こんな所で帝国行きの人と知り合うなんて。
顔見知りがいるって、心強いかも。”
思いもよらぬ話に、千佳は笑顔を向けてそう返した。
船で行くから、もしかしたら同じ船に乗るのかもしれない。
そう思えるだけで、この先の旅が少し安心できる気がしていた。
「あら、チカちゃんお茶してたの」
「あ、はい。」
ノックをして部屋をのぞいたヘイデンは、千佳に声をかける。
慌てて立ち上がるエヴァンズを制した彼は、千佳に伝言があると言ってこう伝えた。
「伯爵がチカちゃんと話したいって。
これから4階の部屋に来れるかしら?」
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