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こんにちは知らない世界

9. 隣町へ

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「それじゃぁ、村長、留守は頼むわ。
 ミーをよろしくね。」

「あぁ。気をつけてな。」

旅の準備を始めてから4日後の早朝、千佳とヘイデンは隣街へ向かうため帆馬車へと乗り込んだ。


「そうだ、これ羽織なさい」

荷台に乗り込む千佳に、ヘイデンは真っ青な布地に淡い水色の糸で刺繍が施されたフード付きのケープを渡す。


「この国の伝統模様が縫ってあるの。
 確か、魔除けの意味があったはずよ。
 水に強い布だから、雨よけにもなるわ。」

「ありがとうございます!」

“これ、肌触りがすごくいい。
 刺繍素敵だし、高そうなんだけど・・・”
ケープを広げ、確かめる様に触っている千佳を見ていたヘイデンは、御者台に座り出発の準備を進める。


「じゃぁ、出発するわねー」

そう千佳に声をかけ、手綱を持つ。
静かに動き始めた馬車から身を乗り出した千佳は「行ってきます!」と村長に手を振った。


「お気をつけて。
 また、会える事を願っておりますぞ。
 チカ様」

ミーを抱き抱え手を振り返す村長は、小さな声でそう言い千佳達が見えなくなるまで見送った。




「チカちゃん。
 ここから、隣街まで1日半くらいかかるわ。」

「はいっ」

ゆっくりと進む馬車から顔を覗かせた千佳は、そう力強く返事を返す。
林の中の小道を進むと、やがて視界が開け目の前には大きな川が広がっていく。


「川、渡るんですね。」

「ええ。この川を越えたあの山の麓に街があるわ。」

上流にある橋まで川に沿う様に馬車が走る。ヘイデンが“あの山の麓”と指差す先には、遠くに大きな山が連なっていた。


“遠そう・・・車あれば近いんだろうなー”

遠くにある山に目を向け1日半かかる意味を実感した千佳は、この世界に来て初めての旅に少しの期待と一抹の不安を感じ始めていた。


「今日は途中の集落に泊まって、明日の夕方には着くと思うわ。」

「分かりました。」

移動予定を聞いた千佳はうなずいて、帆馬車の後ろを開け紐で固定する。ゆっくり流れる景色を目に焼き付け、隣町へと向かった。




・・・・・




翌日の午後


「ここが、隣街のウィルドよ」

「・・・遠かったですねー」

予定よりも少し早くウィルドに着いた2人は、うまやに帆馬車を停めていた。

“ちょっと、体が痛いかも・・・”
慣れない移動で凝り固まった身体を伸ばしていると、ヘイデンはバサッとケープのフードを深く被せた。


「!?
 あ、あの・・・・」

「この街でもプロフィティア様を慕っている方は大勢いるの。
 あなたはそんなつもりなくても、勘違いする人は多いかもしれないわ。
 だから念の為。」

「ありがとうございます。」

視界が急に狭くなった事に戸惑っている千佳に、ヘイデンはそう説明する。言葉の意味を理解した千佳は深く頷き、ぎゅっとフードの端を握る。


「この街で明日、村長の知り合いと合流する予定よ。
 今日は宿でゆっくり休みましょ。」

「わかりました。」

宿の手続きをしに受付へ行くと、旅人で混雑していた。
手続きをするヘイデンを少し離れた場所で待つ千佳は、フードをしっかり被り辺りを見渡した。

“それにしても、不思議な作りの建物が沢山・・・”
窓越しに外を眺めと、アジアとヨーロッパが混ざった様な不思議な建築様式の建物が連なる街並みが見えた。


ドンッ

「すまない」

「・・・っ!すみません」

ぼーっと外を眺めていると、宿に入って来た人と肩がぶつかった。
とっさに謝り、右肩に手を当てる。

”結構痛かったかも・・・”
そう思いながら俯いていると、周りがざわめいている気がした。千佳が顔をあげ周囲を見ると、宿泊客は彼女の方を見ながら何かを話している。


「あ・・・」

フードがズレている事に気づき慌てて深く被り直す。それでも、周囲の人は千佳の方へ視線を向けたり、何かを話している。周りの視線から逃れるように、背を向けているとヘイデンが戻ってきた。


「部屋、行くよ・・・って、どうした?」

「何でもないですっ!お部屋、いきましょう!」

慌てる千佳に違和感を感じたヘイデンは、少し怪訝そうな顔をしながら彼女を見つめる。そして、さっと手を掴み歩き出した。


「ヘ、ヘイデンさんっ!?」

「部屋、取れたから行くよ」

手を取られた事か、いつもと違う雰囲気の彼に驚いたのか、2人は荷物を持ち3階の部屋へと向かった。


「私は、隣だから何かあったらノックしてね。
 あと、夕食の頃に部屋に迎えに行くから。」

「はい。ありがとうございます。」

ヘイデンに案内され部屋に向かうと3階の一番端にある1人部屋に通された。1人で使うには広く、上品な調度品が備え付けられている。

手にしていた荷物を適当な場所に置いて、千佳はベッドに腰掛け倒れ込む。
先程の視線を思い出し、少し嫌な気分になった彼女は深いため息をついて目を閉じた。


“・・・私、プロフィティアなんかじゃないのに”

そう思った千佳の中で、苛立ちのような感情が湧き上がっていた。
そもそもなんで、こんなに注目されなきゃならないんだろうか。
私は私で、プロフィティアなんて名乗った覚えはないのに・・・。

考えても仕方ない。
違う事を考えようと天井を見つめていると、ふと照明が凝った作りをしていることに気づいた。ベッド周りの調度品もどことなく、物が良さそうな感じがしている。


「私、お金無い・・・・・」

室内を一通り見渡し、千佳はそもそも自分が無一文だった事に気く。今更、自分が置かれている状況に気づいた彼女は、頭を抱えて丸くなりヘイデンが呼びにくるまで独り悶々と考え込んでいた。



「まさか、そんな事で悩んでたの?」

「・・・気になってしまって」

食堂で席に着くなり千佳は、宿代はいくらで、ここまでいくらかかったのか細かく尋ねた。そして、「いつか、必ず返します」と言った彼女の真剣な顔に、彼は苦笑いしながら話を聞いている。


「“いつか、必ず返します”なんて、借金の常習犯が言うセリフみたいよ」

「うっ・・・」

頬杖をつきながらそう言って笑うヘイデンに、千佳は言葉を詰まらせる。グラスに入った酒を飲みながら、ヘイデンはニヤッと笑って千佳を見た。


「旅費は気にしないで。私がしたくてしてるだけだし。
 それに、お金にはさほど困ってないのよ私。」

「でも・・・」

さらっとそう言ったヘイデンは、身なりこそ庶民だがそれなりに稼ぎがあるらしい。納得行かなそうな千佳に、彼は少し考えてから笑みをさらに深くして千佳を見つめる。


「じゃぁ、お願い聞いてくれない?」

「お願いですか?」

「うん。お願い」

「な・・・なんでしょう。」

やたらニコニコと話す彼に良い予感を感じない千佳は、おずおずと聞き返した。テーブルに肘をつき、両手を組んだヘイデンは口元に笑みを浮かべたまま口を開いた。


「イリーニ帝国から戻ったら、俺と暮らさない?」

「・・・え?」

ジュースを飲もうとグラスを持っていた千佳は、言葉の意味を思案して固まっている。返答に詰まっていると、少し身を乗り出したヘイデンが補足するように続けた。


「チカちゃんの料理美味いし、掃除もめちゃくちゃ上手いし。
 俺としては、教会修復には欠かせない人材な訳よ。
 だから、戻ったらまた協力してほしいなーって。」

「あぁ!
 そう言う意味ですねっ」

“違い意味に思った自分が恥ずかしい・・・”
心の中で反省しながら、ヘイデンの言葉の意味を理解した千佳は「じゃぁ、その時は居候させてください」と言って笑った。


“これ、本当の意味を理解してねぇんだろーなー”
運ばれてきた夕食を「美味しそー」と言いながら眺める彼女を見て、心の中でそんな事を呟く。


「・・・ホント、もったいない事したわー」

「?」

普段食べない料理に感激したのか目を輝かせていた彼女は、独り言のように呟いたヘイデンに首を傾げる。はぐらかす様に笑い食事を進める彼に、千佳はよく分からず「美味しいですねっ」と笑顔で語りかけていた。





「さて、出発前にも言ったけどおさらいね。」

食後、紅茶を飲みながらテーブルに地図を広げるヘイデンは現在地を指差している。


「今は、ここ。
 村長の知り合いと合流したら、海沿いの街コスタに向かうの。
 馬車でだいたい7日くらいかかるわ。」

「分かりました。」

ウィルドと書かれた場所に置いた指をすっと動かして、海沿いの街コスタを指差す。トントンと地図を指先で叩きながらイレーネ帝国までの移動方法を話してくれた。

千佳は、しっかりと頭に入れようとヘイデンの言った事を地図をみながら復唱している。真剣に話を聞く彼女を見て、ヘイデンは話を続けた。


「コスタからは、交易拠点の島 ヴァッリーナまで船で向かうの。」

「直行ではないんですか?」

「残念ながら、船はヴァッリーナまでしか行けないのよー。
 イレーネ帝国の輸送船だったらできるだろうけど。」

「コスタからヴァッリーナまでは、船で約4日。
 ヴァッリーナからイレーネ帝国までは船で約7日よ」

「・・・と、遠いですね。」

距離感がわからない地図を眺めながら、移動日数を考えた千佳はそんな事を思っていた。行ったことがあるのかヘイデンはため息をついている。


「遠いのよ。船の上は暇だし。
 ヴァッリーナからイレーネ帝国までは週に1回しか出てないの。
 タイミングと天候によってはヴァッリーナに長期滞在しなきゃいけないわ。」

「・・・時間がかかりますね」

想像以上に移動に時間がかかることに、少し不安を感じ小さくため息を吐き出した。
そんな彼女を見たヘイデンは、申し訳なさそうに口を開いた。


「そして、申し訳ないけど私は一緒に行けないの。ごめんね。」

「・・・いえ。
 ありがとうございます。」

ヘイデンは自身の仕事の都合上、これ以上は一緒に動く事ができないらしい。よく知っている人が隣にいないことに、少し寂しさを感じながら千佳は「むしろ、ここまでお世話になりっぱなしで申し訳ないです」と返した。


「村長の知り合いが一緒に行くから心配はいらないと思うけど、大丈夫そ?」

「はい。大丈夫だと思います。」

「明日、待ち合わせまで時間があるはずだから、少し散策して街を楽しみましょ。」

「はいっ!」

明日の予定を聞いた千佳は、散策という言葉に胸を躍らせながら部屋へと戻って行った。





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