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不思議な出来事

2. 2度目の会隅と日常

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「ーーーーやーーーっと終わったよー!!
 今週、きつかったー。」

昨日とは打って変わって軽い足取りで自宅へ戻った千佳は、
盛大に脱力しながらソファに座り込む。


「あー、ご飯もお風呂もめんどくさいなー。
 でも、食べて入らなきゃなー」

そう嘆いたものの、ソファに体をあずけて目を瞑る。
起きあがろうにも体が動かない彼女は、全身の力が抜けて行くのを感じていた。


「・・・やばー・・・このまま寝そう」

下がるまぶたにさからえず、そのまま深い眠りに落ちて行く。





「ーーーぉいっ。おいっ!」

「やー。まだ寝るーー」

誰かが一生懸命、体を揺すり起こそうとしている気がした千佳は、
そう返事をして体勢を変えて眠ろうとする。




ーーゴンッ!!!


「いっーーーーーーったーいい!」

突如、頭に強い衝撃を受けた千佳は頭を抑えながら目を開ける。
目の前には、仁王立ちになり剣の柄頭を千佳に向けた少年が立っていた。



「・・・な・・・なに!?」

「それはこっちのセリフだ。」

「え・・・・」

痛みで涙目になりながら声のする方に目をやれば、
昨日夢で見た少年が剣を腰に装着し直している。


「・・・やぁ。昨日ぶり?だね美少年。」

片手をあげて挨拶をすれば、
不審者を見るような目でこちらを見つめていた。



「なぜ、ここに居る」

「なぜ・・・と言われても。
 寝てただけなんだけどなー。」

少年の眉間がさらに険しくなっていく。

“ずいぶん、思い通りに進まない夢だな”
と心の中で思った千佳は、どうしたものかと思案し始めた。



「なぜ、この屋敷の庭で寝ているんだ?」

「やしき?」

千佳が何かを言うよりも先に少年が尋ねる。
“屋敷”と言われ、辺りを見回す千佳は自分が立派な庭園の中に居ることに気づいた。



”私の夢、かなりリアル・・・”

「えぇと、自宅で寝ていたはずなんだけど。
 私、夢を見ているのかな?」

「・・・・・・夢ではないんだが」

困惑したような顔で千佳を見つめる少年の視線にばつが悪くなった千佳は、
視線を彷徨わせて再度、庭園を見渡す。


千佳の周りには、色とりどりの花が咲き誇り、
大きな噴水まである。

”中世ヨーロッパの庭園はこんな感じなんだろうか”
そう思いながら更に周りを見渡せば、
少し離れた所にお屋敷と言えるような立派な洋館が建っている。



「・・・・・ぼくは、このお屋敷の子かな?」

「だったらなんだ」

「・・・えぇと。私、不審者ではありませんよ?」

「では、なぜ突然現れた。」

「へっ?」

”なぜ突然現れた?”

そう言って怪しむ少年を見た千佳は、
”目の前の出来事は全て現実なのかもしれない”と思い始めていた。



“ー叩かれた痛みも、座っている感覚も本物みたい・・・”

「とつぜん・・・現れたつもりはないんだけどなー」

ハハッと乾いた笑を浮かべながら答える彼女に、少年は軽くため息をつく。
そして、腰の剣に手を置いたまま、真剣な眼差しを千佳に向けた。


「お前は昨日、突然現れ、そして消えた。
 そして、今日も突然現れた。何が目的だ。」

少年は、千佳と少し距離をとりながらそう尋ねた。
答え様によっては、何かすると言わんばかりの空気を纏っている少年に、
千佳はサーっと血の気が引いて行くのを感じていた。



“ーーーもしかしなくても、私やばい状況なの・・・!?
   これで人を呼ばれたりしたら、本当にやばいかも・・・”


「も・・・目的なんてなにもないですっ!!
 私、仕事で疲れて部屋で寝たはずなのに・・・
 なぜか、ここにいたんですっ!!!」

「・・・」

混乱しながらも、自分の状況を説明する千佳に少年は怪訝そうな顔をする。
納得できていないといった表情をする彼に、千佳は一生懸命説明した。

「むしろ、なぜここにいるのか私が知りたいんですっ!」

「不法侵入してごめんなさいっ!!!!」
と言葉をつづけた時、
千佳は自室でソファから立ち上がって叫んでいた。



「・・・え、ど・・・どういうこと?」

カーテンの隙間から朝焼けの光が差し込み千佳を照らしている。
彼女は自分の状況に混乱していた。



「すっごいリアルな夢?というか、
 現実?みたいな・・・ってか、痛ったー・・・」

思い出したように痛みを感じた頭に手をやれば、
少年に叩かれた場所にコブができている。



「・・・夢の中で別空間にお邪魔したの・・・?
 んなまさか。
 むしろ、私の頭がおかしくなった?
 あ、お風呂入ってないしご飯食べてない・・・」

ありえない仮説を呟きながら、思考は急に現実へと引戻される。
千佳は、軽く食事をしシャワーを浴びて改めて眠り直すことにした。





「結局・・・夢も見ずに熟睡するなんて」

太陽が真上に上がる手前で目を覚ました千佳は、ベッドの中でそう呟く。
夢の続きを期待していたのに、夢らしき物を見ることなく眠っていたらしい。


「んーーー。
 なんか、久しぶりにぐっすり寝たかも。」

熟睡できて身体が楽になったのか、
すっきりした感覚を覚えながら起き上がり身体を伸ばす。


「あの少年はなんだったんだろう。
 ・・・また、会ったら聞いてみればいっか。」

頭に残る感触や夢の内容も気になる千佳だったが、
それよりも今日は仕事が休み。

「それより、今日は何しよ。
 久しぶりに、ひさくんとご飯行こうかな。
 それとも、お買い物に行こうかなー。」

夢のことなどすっかり頭の片隅へと追いやり、
千佳は今日の予定に考えを巡らせていた。





・・・・・





「やっぱり、買い物はストレス発散になるねー」

「千佳は買いすぎだよ」

たくさんの買い物袋を下げた千佳は、彼氏のひさしと帰り道を歩いていた。


「だって。久しぶりにひさくんに会えたし、楽しかったから。
 それに、私が買うより買ってくれた物の方が多いし。」

永へ笑顔を向けながら千佳は「ありがとう」と言葉を続ける。


「どーいたしまして。
 俺も最近忙しかったから、たまにはサービスしないとなっ。
 あ、今回限定だからな。」

「毎回は勘弁な」と言いながら、永も千佳へ笑みをむける。


“もう付き合って3年だし、結婚とかするのかな・・・”
ふとそんな事が千佳の頭によぎった。


“そうだったらいいな”

「お前、何、ニヤついてんだよ。」

「べっつにー」

自然と笑みが溢れながらそう思っていると、永は少し冷ややかな目を向ける。
そんな視線すらも嬉しかったのか、千佳は笑みを浮かべて返事をした。


「幸せだなーと思っただけですよー」

「そーかい」

手にしている買い物袋の重みを実感しながら、千佳はそう思っていた。



「そういえば、今日は泊まってく?」

自宅があるマンションへ到着すると、永にこの後の予定を尋ねる。



「・・・んー。明日、仕事だから帰るわ。」

「そんなんだ。残念。」

少し考え込んだ後、永はそう答えて荷物を千佳に渡す。
「仕事なら仕方ないね」と付け足す千佳はどこか物悲しげだ。



「ごめんな。
 あ、そうだ。次回は家に来いよ!」

「いいの!じゃぁ、遊びにいく!
 楽しみにしてるね!」

「ああ。じゃぁ、またな。」

嬉しそうに「楽しみにしている」と伝える千佳の頭を撫でて、永はその場を後にした。


「・・・ちょっと、残念だったなー」

永を見送りながら、そう呟いた千佳はエレベーターへと足を進める。


「仕方ないよね。仕事だし。」

エレベーターの中で少し多めに購入してしまった夕食用の食材を見つめ、
納得するように嘆いた千佳はたくさんの荷物を持ち部屋へと戻っていった。




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