上 下
86 / 223
ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~

83.ピリピリ空気鍔迫り合い

しおりを挟む
 家の敷地を出てすぐに、結城と三郎の待つ姿があった。
 彼らは家内の時とうって変わり、特に喧嘩もせずに暇を潰していたようだ。

 しかし、その待機が温和でもないことも明らかである。むしろ3人揃っていた自室内の時の方が空気が緩い。
 静かに待っているのではなく、一言も発していないらしかった。
 
 門扉を挟んで、右に結城が左に三郎がやや離れた位置にいる。三郎は後頭部の後ろで腕を組み、壁に寄りかかって浅く瞼と口を閉じている。結城は化粧コンパクトの鏡を覗き込みながら、顔肌の具合を確かめている。

 お互い2人でいても、配慮をした世間話すらしていないようだ。相手へあえて関心を向けないようにしているあたりが、口喧嘩をするより不仲を思わせる。
 好きの反対は嫌いではなく無関心であるというように。馴れ合う気はないという暗黙の意思表示。

 この険悪な空気の起因が自分であるとしたら、罪悪感を持たずにはいられない。

 静かでありながらピリピリした空気の中で、僕は努めて明るく声をかける。
 ひきつった笑顔のまま。

「……遅くなってごめん。行こうか」

 2人が同時に左右からさっと近づいてくる。
 どちらも笑顔の猫なで声で。

「もぉ、遅いよ、あーちゃん。日に焼けてシミが出来ちゃう」

「全然待ってないよぉ。さーや、あーくん待つのだぁい好き」

 不機嫌なほどの無表情はなりを潜めた破顔。
 瞬時の豹変に女性の負の変わり様を感じ、背筋に冷たいものが走る。

 しかも2人は一声返した後、お互いを冷たい視線で牽制し合った。
 そこに僕に対する情の10分の1も込められてなさそうだ。

 なんだか腹の下の奥のあたりがチクチク痛む。

 三郎が挑戦的な横目で結城を見やる。
 刺のあるねっとりした口調で、

「あーららぁ、ちょっと遅れたくらいでそんなに責めるんだぁ。あーくんカワイソ」

 結城は小さく鼻を鳴らして応戦する。
 ひらと振った片手も嫌味たっぷりに。指先の当たった二つ結びの髪先が揺れる。

「べーつにぃ。ボクたちは気の置けない関係だから、これくらい普通じゃないかなぁ。相手を気遣いすぎて距離感が生まれる時期は、とっくに過ぎてるんだよねぇ」

 対抗心を燃やすというよりは、自らの格を大きく見せるような態度。あなたと同じ土俵には立たない、と。
 それがより陰険さを醸し出している。

 しかし珍しい。
 結城は元来、あからさまに目に見える形で相手を牽制や威嚇したりしない。
 気分を害しても、表面上は取り繕い、ニュアンスで嫌味をぶつけるタイプだ。

 それだけ三郎を危険視しているのかもしれない。

「あぁ? …………ふん」

 一瞬、地が出そうになった三郎だが、顔を背けただけだった。
 そこで突っかかる方が、度量が低く見積もられると推算したのだろう。
 維持の張り合いだった。

 場の温度が下がらなくてホッとした。

「さ、行こ。あーちゃん。デート楽しみだね」

 結城の一言に促され、歩き出す。

 いつ破裂するとも知れない爆弾2つとのデートが始まった。核爆弾より扱いが繊細で複雑で、危険性はTNT換算不能な世界を愛の焦土にしかねない威力の、少女の形をした少年たち。

 複数を相手取り、八面六臂の大立ち回りで場を取り持つ、自信はない。彼らを傷つけず……なるべくなら僕も傷つかず、誰かを選んで答えを出したり、穏便な関係に着陸したり。

 そんな落としどころは、いまだ見つからない。




 自宅を出て、なんとなく商店街方向へと歩いていく。
 その間、結城も三郎もしきりに僕へ話しかけてくる。

 最初は、投げられた言葉をもう1人へと繋げ、上手く2人が良好な関係を築けないかと試みていたのだが、瞬く間に精神が衰弱していってしまった。
 なにしろ、2人共僕を挟んで僕へ話しかけても、お互いに会話をやり取りする気は微塵もないらしい。

 とにかく僕にばかり言葉が集中砲火する。
 結城が今朝のニュースの話をしている最中に、三郎は自身の近況について語り続ける始末。
 同時に全く違う話題で会話が続くので、脳の処理が追いつかずにしんどい。
 徐々に受け答えが煩雑になり、ついに口から相槌しか出なくなる。

 途中、結城が異変を感じたらしく、気を遣って三郎へも自発的に会話を投げたのだが、彼はそれを完全無視した。
 「あんた今どこに住んでんの? 帰省先じゃなくて現住所」「ねぇ、あーくん。このポシェット可愛いでしょう?」といった具合に。
 それが3度ほど続いた後、結城もまた呆れたらしく独演へと戻ってしまった。

 別々に2人相手をしていると、胃に穴が空きそうだ。
しおりを挟む

処理中です...