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ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~
77.心の成長痛
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「幻覚……ってことですか?」
「幻覚、とは少し違うかもしれませんね」
「幻覚じゃない?」
どういうことだろう。
今さっき彼女は自分で、目に見えないものが見えているのではないかと言ったばかりだ。
「恋の病は、病気ではありません。発達における通過儀礼のようなものです。幻覚という病的な錯覚ではなく、夕暮さんから見た朝顔さんの投影像だったのでしょう」
「……すみません、よく、理解できません」
「私たちの見ている世界は、必ずしも均一ではありません。物が見えるというのは、物体が光を受けて反射した色や輝度の違いから、境界線を識別して認知しているにすぎないのです。例えばこういう風に……」
アビゲイル氏が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、電灯のスイッチも押してないのに、部屋が一瞬にして真っ暗になった。
部屋中から光という光が失われ、まったくの暗闇になった。
暗闇?
今は日中で、この部屋には窓があり、そこから日光が差していたはずだ。
何故、真っ暗になったのだ……。
「戻しますよ」
パチン、とまた指を鳴らす音がした。
すると再び部屋に光が戻った。
全てがまた元通り見えるようになった。
窓は……やはりそこにあった。
遮蔽する物は何もなく、外から光は入ってきている。
なんだ、今のは? 手品?
「しかし光があり境界線があれば、私たちが見ている物全てがまったく同じかと言うと、そうでもありません。人は同じ眼球・同じ心理状態を持った人間は、1人として存在しないからです。心のフィルターを通せば同じ物も違って捉えられる。全ての人が、ごく僅かでも差異がある光景を見ているのです」
「まだ、ちょっと……わかりません」
「夕暮さんが見た朝顔さんの異常。それ自体は他の人の持つ世界観に存在しないものかもしれません。しかし夕暮さんの認識する世界の形……夕暮さんの内側に、元々持っている朝顔さんという存在性のイメージがあります。それが変質したかもしれない、ということです」
「…………」
話半分しか理解できない。
僕の持つ結城のイメージが、彼の内在する凶悪性を垣間見てしまったことで、実体としての朝顔 結城の姿を違えて見えてしまったということだろうか。
だがそれなら、やはり幻覚なのではなかろうか。
僕のフィルターが故障しているから起こる錯視では……。
「私たち人間は、社会コミュニティを形成する上で、他人との認知のズレを自分の脳で矯正して共感しています。それぞれの認知は、その人自身の中にしか存在しません。仮に誰かの認知が著しくズレてしまったとしても、それはその人の中で絶対的に在り続ける世界の変化です。しかし自己の持つ世界観そのものは、厳然として存在します」
「…………」
「幻覚は外的刺激によって、意図せず発生してしまった物ですが、夕暮さんのこれはあなた自身が必要としたから発生させた自分の世界の変化でしょう。幻覚という非存在ではなく、夕暮さん自身の確立された世界で起きたリアルな変化です。恋愛を経て成長しようとしている夕暮さんの心理下での、副次的な変容」
これは、トンデモ理論なのではなかろうか。
何となく説得力のある理屈に聞こえないでもないが、まるで確証のない話だ。
自己の持つ世界観とは何のことだ。
それは偏見や先入観ではなく、もっと根深い場所にある外的認知のことなのだろうか。
その一方で、このアビゲイル氏の言葉・表情・振る舞いは、その小さな説得力を何倍にも増幅させている。
彼女から受ける安心が暴力的なまでに強制力を持っている。
彼女の説を胡散臭いと思う自分と、彼女を信用しろと強制してくる五感がぶつかり合っている。
その時、彼女がふっと息を吐いて笑顔を作る。
「と、私は思いますよ。夕暮さんの中で起きている変化が悪いものだとは思いません。身長が伸びる時の成長痛。大人になる為の試練、そんなところかもしれないですね」
「成長痛……」
成長期に情緒不安定になるという話は保健の教科書にも載っている。
だが、だからと言って、あのような幼馴染が異形に見えたりおぞましい世界の白昼夢を繰り返すことなどあるのか。
この女医さんは診断を間違ってはいないだろうか……。
と、疑うものの、「そうかもしれない」と納得する自分もいる。
全ては気にしすぎ。不必要に怯えるから、余計に恐ろしいものまで目に映ってしまう。
自分が本当に冷静かと問われたら、迷いなくイエスと答えられない。
彼女も言っていた、人間の五感なんていい加減なもの。実際そうだ。
病気になれば死神が、子供の頃は幽霊が、宵闇に居もしない化物の陰に怯えるように。
今の僕は一時的に混乱している。
いずれ加齢によって状態は落ち着くはずだ。
そう結論付けるのが、合理的で簡単で、都合が良い。
「どうですか? 私も化物に見えますか?」
「…………いえ、どうやら僕の気のせいだったみたいです」
「幻覚、とは少し違うかもしれませんね」
「幻覚じゃない?」
どういうことだろう。
今さっき彼女は自分で、目に見えないものが見えているのではないかと言ったばかりだ。
「恋の病は、病気ではありません。発達における通過儀礼のようなものです。幻覚という病的な錯覚ではなく、夕暮さんから見た朝顔さんの投影像だったのでしょう」
「……すみません、よく、理解できません」
「私たちの見ている世界は、必ずしも均一ではありません。物が見えるというのは、物体が光を受けて反射した色や輝度の違いから、境界線を識別して認知しているにすぎないのです。例えばこういう風に……」
アビゲイル氏が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、電灯のスイッチも押してないのに、部屋が一瞬にして真っ暗になった。
部屋中から光という光が失われ、まったくの暗闇になった。
暗闇?
今は日中で、この部屋には窓があり、そこから日光が差していたはずだ。
何故、真っ暗になったのだ……。
「戻しますよ」
パチン、とまた指を鳴らす音がした。
すると再び部屋に光が戻った。
全てがまた元通り見えるようになった。
窓は……やはりそこにあった。
遮蔽する物は何もなく、外から光は入ってきている。
なんだ、今のは? 手品?
「しかし光があり境界線があれば、私たちが見ている物全てがまったく同じかと言うと、そうでもありません。人は同じ眼球・同じ心理状態を持った人間は、1人として存在しないからです。心のフィルターを通せば同じ物も違って捉えられる。全ての人が、ごく僅かでも差異がある光景を見ているのです」
「まだ、ちょっと……わかりません」
「夕暮さんが見た朝顔さんの異常。それ自体は他の人の持つ世界観に存在しないものかもしれません。しかし夕暮さんの認識する世界の形……夕暮さんの内側に、元々持っている朝顔さんという存在性のイメージがあります。それが変質したかもしれない、ということです」
「…………」
話半分しか理解できない。
僕の持つ結城のイメージが、彼の内在する凶悪性を垣間見てしまったことで、実体としての朝顔 結城の姿を違えて見えてしまったということだろうか。
だがそれなら、やはり幻覚なのではなかろうか。
僕のフィルターが故障しているから起こる錯視では……。
「私たち人間は、社会コミュニティを形成する上で、他人との認知のズレを自分の脳で矯正して共感しています。それぞれの認知は、その人自身の中にしか存在しません。仮に誰かの認知が著しくズレてしまったとしても、それはその人の中で絶対的に在り続ける世界の変化です。しかし自己の持つ世界観そのものは、厳然として存在します」
「…………」
「幻覚は外的刺激によって、意図せず発生してしまった物ですが、夕暮さんのこれはあなた自身が必要としたから発生させた自分の世界の変化でしょう。幻覚という非存在ではなく、夕暮さん自身の確立された世界で起きたリアルな変化です。恋愛を経て成長しようとしている夕暮さんの心理下での、副次的な変容」
これは、トンデモ理論なのではなかろうか。
何となく説得力のある理屈に聞こえないでもないが、まるで確証のない話だ。
自己の持つ世界観とは何のことだ。
それは偏見や先入観ではなく、もっと根深い場所にある外的認知のことなのだろうか。
その一方で、このアビゲイル氏の言葉・表情・振る舞いは、その小さな説得力を何倍にも増幅させている。
彼女から受ける安心が暴力的なまでに強制力を持っている。
彼女の説を胡散臭いと思う自分と、彼女を信用しろと強制してくる五感がぶつかり合っている。
その時、彼女がふっと息を吐いて笑顔を作る。
「と、私は思いますよ。夕暮さんの中で起きている変化が悪いものだとは思いません。身長が伸びる時の成長痛。大人になる為の試練、そんなところかもしれないですね」
「成長痛……」
成長期に情緒不安定になるという話は保健の教科書にも載っている。
だが、だからと言って、あのような幼馴染が異形に見えたりおぞましい世界の白昼夢を繰り返すことなどあるのか。
この女医さんは診断を間違ってはいないだろうか……。
と、疑うものの、「そうかもしれない」と納得する自分もいる。
全ては気にしすぎ。不必要に怯えるから、余計に恐ろしいものまで目に映ってしまう。
自分が本当に冷静かと問われたら、迷いなくイエスと答えられない。
彼女も言っていた、人間の五感なんていい加減なもの。実際そうだ。
病気になれば死神が、子供の頃は幽霊が、宵闇に居もしない化物の陰に怯えるように。
今の僕は一時的に混乱している。
いずれ加齢によって状態は落ち着くはずだ。
そう結論付けるのが、合理的で簡単で、都合が良い。
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「…………いえ、どうやら僕の気のせいだったみたいです」
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