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ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~
39.ワードサラダワールド
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右を見る。
宙に浮いた口に語りかけられる。
「言葉の話題の口先三寸。のらりくらりと詭弁に濡れて塗れて囁く愛の九割でまかせ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ無駄話は終わらない。あぁ、楽しいね楽しいよ井戸端会議。実のない談笑なんのその。不用意に吹いて回る嘘八百の八百長疑惑。偽りと欺瞞こそ口腔の悦び。唾液腺を咀嚼する永久歯の並びよ味蕾を騙せ。しょせん声も空気の震えに過ぎないってのに」
左を見る。
落ち続ける鼻に語りかけられる。
「臭い匂う香ばしい。青臭い恋の匂いさヤになっちゃう。咽せかえる若い春の嗅覚は退行と鼻呼吸。鼻腔に吸い込む彼の吐息と彼女の汗。痺れるねぇ、痺れちゃうねぇ。お日様に干した布団の香りさ花畑の香りさ、だって私と同じ匂いがするんだもん。いつしか混ざる私とあなたの体臭。それはきっときっと団地の階段と廊下に舞い散る埃とおんなじかもね。鉄錆より苦いんだもん」
周囲を、目に囲まれていた。
語りかけられる。
「私は見た。あなたは見た。誰かが見た。瞳と脳に刻み込め。心にだって鏡のようには映らない。網膜通した鏡像が結んだ可視光のRGB。四十九色七種類は境界の色違い。あなたの想い想われる真実、他者の目にした事実、残酷な本質。現実なんてどこにもない。目が泳ぐぞスーイスイ。クロール! 平泳ぎ! バタフライ! 視神経の眼球運動が奏でる水晶体の心象風景。眼窩に嵌め込まれたガラス玉に映る三文芝居の似非ドキュメンタリー」
言葉のサラダの文字が、形を持って僕を包囲し、地面に吸い込まれて消えていく。
螺旋状の無意味な言語の羅列が頭痛を強める。
口と目と鼻が僕を中心にぐるぐる回りながら、浮いたり沈んだりを実像の濃薄を明滅させつつ繰り返す。
まるで僕を嘲笑するように。
離れた場所で壊れた人形たちを相手に演説する、スーツ姿の男。
頭が注射器だ。
「我々の望んだ道が人を助けるとは限らず、主義思想が織り成す三半規管はいずれ普遍に認められるべきだ。心の中に突っかかりはないかい? 感じる痛みは指先より鋭敏なバイアスの女王に支配されている。我々……我々? 我々の隷属している自己認識世界はシナプスとレセプターの呪縛から解き放たれたまえ。はい、そこ静かに! 黙りなさい」
彼は両腕をオーケストラの指揮者のように芝居がかって振り回す。
袖から覗く肌は緑色だった。
人形たちが拍手を送る。
彼らは一様に全身から黒い液体が漏れだし続けていたが、いずれも笑顔である。
「立ち上がれ我ワれ! 自分という精神の牢獄から抜け出し! 遠く遠く知らぬ土地へ移住するのだ。アストラル体とエーテル体が包み込む体性感覚の浄土へとアセンション! アセンション! さすればイドラの理想郷が超自我の内より悪しき原罪から人を救いだし浄化せしめん。我ら神の子! 人の子! 罪の子なり! 愛を罰するのだ!」
恍惚として上方を仰ぐ注射器頭。
感極まった人形たちが彼へ群がる。
あっという間に覆いつくされ、そこには壊れたおもちゃの山が出来上がる。
ここは秩序が崩壊している。
常識が欠落していた。
何もかもがデタラメなのだ。
この世界の存在物と意思疎通は出来ない。
話も意味不明で文法や意味も破綻してばかりいた。
仮に一見会話の体裁を整えたとしても、正しい返答が返ってくる保証はなく、悪意だけをぶつけられることさえある。
何より僕は殆ど声が出ない。
狂気の渦の中で翻弄されるしかない。
慣れ、というものはあり得なかった。
ここは居るだけで情緒を不安定にさせた。
おぞましい光景や怪物に対して見慣れるなんてことはなく、新鮮な恐怖が丹田から沸き上がり、全身に広がっていく。
僕はこの世界では怯えるしかない。
中空を、首から上がないぬいぐるみの団体が列をなして歩いていく。
無数。
一挙手一投足乱れぬ行進。
曲がりくねって蛇行した列が、遥か彼方まで続いている。
「やれ行け、それ行け、さぁ進め♪ 能無し首無しろくでなし♪ 僕らは愉快な思考断片♪ 輪廻の順番を待つ孤独な魂だい♪ 帰ろう世界へ♪ 還ろう現世へ♪ 息吹と生命の鼓動が僕らを待ってるぞ♪」
低音と高音が二重に重なった唄声。
口も頭も喉もないのに、いったいどこから出ているのか。
ぬいぐるみの1匹が僕の傍で立ち止まる。
クビックビーと笑い声を上げる……笑ったのだろうか……どうだろう。
「おやおや表層のお友達ちゃん? どうしていかにこんな場所へ? ……あぁあぁいやいや、君は素面でないね。なるほどなるほど。恋心が観た想いのカケラから紡がれた残滓なんだクビね~。器の中身まで空っぽで、ツギハギだらけのそのプシュケー。こんな不安定見たことなぁ~い。幕の下りたまま続く群像劇。主役不在の恋愛戯曲。カーテンコールに握手はないだろうね~」
ぬいぐるみはピョンピョン飛び跳ね、バタバタ手足を振り回す。
その度に縫い合わせの悪いツギハギから、中綿がボロボロ零れる。
「リアルがリアリズムを放棄して超現実の午睡が広がってるんだねぇ~。脳とシグナル、そのゼプトの間隙に巣食う我らが同胞と在りしこの楽園。自分の内側の内側。あれ? それって外側? 無意識に排斥する非正気の憧憬よ。直視したらば自分の形を保てるのかなぁ~」
帰るにはどうしたらいい?
そう問いかけようとして、どろっとした重い空気が喉に流れ込む。
声が出ない。
「帰る? 帰るってどこに? 君の歩く道は誰かに舗装された人工道路の底なし沼。踏みしめ進むほどに沈んでいく。もっとも、その苦しみさえきっと君のものではないクビね~。だって、後ろを振り返ればそこに元型があるんだもの~」
後ろ?
血だまりの地面に足を取られながら、後ろを振り返る。
宙に浮いた口に語りかけられる。
「言葉の話題の口先三寸。のらりくらりと詭弁に濡れて塗れて囁く愛の九割でまかせ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ無駄話は終わらない。あぁ、楽しいね楽しいよ井戸端会議。実のない談笑なんのその。不用意に吹いて回る嘘八百の八百長疑惑。偽りと欺瞞こそ口腔の悦び。唾液腺を咀嚼する永久歯の並びよ味蕾を騙せ。しょせん声も空気の震えに過ぎないってのに」
左を見る。
落ち続ける鼻に語りかけられる。
「臭い匂う香ばしい。青臭い恋の匂いさヤになっちゃう。咽せかえる若い春の嗅覚は退行と鼻呼吸。鼻腔に吸い込む彼の吐息と彼女の汗。痺れるねぇ、痺れちゃうねぇ。お日様に干した布団の香りさ花畑の香りさ、だって私と同じ匂いがするんだもん。いつしか混ざる私とあなたの体臭。それはきっときっと団地の階段と廊下に舞い散る埃とおんなじかもね。鉄錆より苦いんだもん」
周囲を、目に囲まれていた。
語りかけられる。
「私は見た。あなたは見た。誰かが見た。瞳と脳に刻み込め。心にだって鏡のようには映らない。網膜通した鏡像が結んだ可視光のRGB。四十九色七種類は境界の色違い。あなたの想い想われる真実、他者の目にした事実、残酷な本質。現実なんてどこにもない。目が泳ぐぞスーイスイ。クロール! 平泳ぎ! バタフライ! 視神経の眼球運動が奏でる水晶体の心象風景。眼窩に嵌め込まれたガラス玉に映る三文芝居の似非ドキュメンタリー」
言葉のサラダの文字が、形を持って僕を包囲し、地面に吸い込まれて消えていく。
螺旋状の無意味な言語の羅列が頭痛を強める。
口と目と鼻が僕を中心にぐるぐる回りながら、浮いたり沈んだりを実像の濃薄を明滅させつつ繰り返す。
まるで僕を嘲笑するように。
離れた場所で壊れた人形たちを相手に演説する、スーツ姿の男。
頭が注射器だ。
「我々の望んだ道が人を助けるとは限らず、主義思想が織り成す三半規管はいずれ普遍に認められるべきだ。心の中に突っかかりはないかい? 感じる痛みは指先より鋭敏なバイアスの女王に支配されている。我々……我々? 我々の隷属している自己認識世界はシナプスとレセプターの呪縛から解き放たれたまえ。はい、そこ静かに! 黙りなさい」
彼は両腕をオーケストラの指揮者のように芝居がかって振り回す。
袖から覗く肌は緑色だった。
人形たちが拍手を送る。
彼らは一様に全身から黒い液体が漏れだし続けていたが、いずれも笑顔である。
「立ち上がれ我ワれ! 自分という精神の牢獄から抜け出し! 遠く遠く知らぬ土地へ移住するのだ。アストラル体とエーテル体が包み込む体性感覚の浄土へとアセンション! アセンション! さすればイドラの理想郷が超自我の内より悪しき原罪から人を救いだし浄化せしめん。我ら神の子! 人の子! 罪の子なり! 愛を罰するのだ!」
恍惚として上方を仰ぐ注射器頭。
感極まった人形たちが彼へ群がる。
あっという間に覆いつくされ、そこには壊れたおもちゃの山が出来上がる。
ここは秩序が崩壊している。
常識が欠落していた。
何もかもがデタラメなのだ。
この世界の存在物と意思疎通は出来ない。
話も意味不明で文法や意味も破綻してばかりいた。
仮に一見会話の体裁を整えたとしても、正しい返答が返ってくる保証はなく、悪意だけをぶつけられることさえある。
何より僕は殆ど声が出ない。
狂気の渦の中で翻弄されるしかない。
慣れ、というものはあり得なかった。
ここは居るだけで情緒を不安定にさせた。
おぞましい光景や怪物に対して見慣れるなんてことはなく、新鮮な恐怖が丹田から沸き上がり、全身に広がっていく。
僕はこの世界では怯えるしかない。
中空を、首から上がないぬいぐるみの団体が列をなして歩いていく。
無数。
一挙手一投足乱れぬ行進。
曲がりくねって蛇行した列が、遥か彼方まで続いている。
「やれ行け、それ行け、さぁ進め♪ 能無し首無しろくでなし♪ 僕らは愉快な思考断片♪ 輪廻の順番を待つ孤独な魂だい♪ 帰ろう世界へ♪ 還ろう現世へ♪ 息吹と生命の鼓動が僕らを待ってるぞ♪」
低音と高音が二重に重なった唄声。
口も頭も喉もないのに、いったいどこから出ているのか。
ぬいぐるみの1匹が僕の傍で立ち止まる。
クビックビーと笑い声を上げる……笑ったのだろうか……どうだろう。
「おやおや表層のお友達ちゃん? どうしていかにこんな場所へ? ……あぁあぁいやいや、君は素面でないね。なるほどなるほど。恋心が観た想いのカケラから紡がれた残滓なんだクビね~。器の中身まで空っぽで、ツギハギだらけのそのプシュケー。こんな不安定見たことなぁ~い。幕の下りたまま続く群像劇。主役不在の恋愛戯曲。カーテンコールに握手はないだろうね~」
ぬいぐるみはピョンピョン飛び跳ね、バタバタ手足を振り回す。
その度に縫い合わせの悪いツギハギから、中綿がボロボロ零れる。
「リアルがリアリズムを放棄して超現実の午睡が広がってるんだねぇ~。脳とシグナル、そのゼプトの間隙に巣食う我らが同胞と在りしこの楽園。自分の内側の内側。あれ? それって外側? 無意識に排斥する非正気の憧憬よ。直視したらば自分の形を保てるのかなぁ~」
帰るにはどうしたらいい?
そう問いかけようとして、どろっとした重い空気が喉に流れ込む。
声が出ない。
「帰る? 帰るってどこに? 君の歩く道は誰かに舗装された人工道路の底なし沼。踏みしめ進むほどに沈んでいく。もっとも、その苦しみさえきっと君のものではないクビね~。だって、後ろを振り返ればそこに元型があるんだもの~」
後ろ?
血だまりの地面に足を取られながら、後ろを振り返る。
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