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ヤンデレ男の娘の取り扱い方1

3.朝食

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 1階に下りる。
 結城がキッチンの方へ歩いていく。おそらくご飯をよそいに行ってくれたのだろう。
 リビングのテーブルに、サランラップのかけられた朝食が用意されていた。どれもまだ温かい。その証拠に湯気でラップの内表面が曇っている。

 結城の席の椅子にエプロンが無造作に掛けられている。ピンク地にフリルの付いた派手なデザインである。制服以外の私服も、彼は女性用を好む。

 僕は自分の席について、小音で垂れ流されるテレビをボーッと眺める。画面にニュースキャスターが映っている。二つ隣の町で殺人事件が起きたという。

『……の昨日未明、見捨市で会社員の男性(31)が遺体となって見つかった事件。同居する、服飾会社勤務の片倉 志保さん(24)が包丁で刺殺したとして、殺人の疑いで同県警察により逮捕されました。片倉容疑者は「結婚の話を進めているうちにトラブルになった」と供述しており……』

「あーちゃん、おかずのラップ取っておいてくれる?」

 結城が茶碗を持って戻ってくる。彼がそれを置いている間に、僕もおかずの皿に埃よけとして使われていたラップを外す。ふわっと香ばしい匂いが開放される。

 白米を盛り付けた茶碗がテーブルに置かれる。夕焼け模様が描かれているのが僕の愛用品で、朱色の朝顔が描かれているのが彼のお気に入りだ。

 食事の準備が整ったところで、軽く手を合わせて食べ始める。

「いただきます」

「召し上がれ。ご飯いっぱい炊いたから、たくさん食べてね」

「朝からそんなに食べられないよ」

 まずは味噌汁を一口啜る。口から喉にかけて温かみが広がる。やや甘口のほどよいしょっぱさ。
 ただ、普段と味が少し違う。舌の表面でコロコロ転がし、それが何か検討をつける。

「白味噌?」

「あ、わかる? 普段うちでは赤味噌でしょ。前のを使い切っちゃったから、たまにはと思って買っちゃった。美味しい?」

 食べ慣れた風味と違うが、違和感や不快はない。むしろ目新しささえある。

「うん、美味しいよ。あと、なんだろう。匂いもちょっと違うね」

 味以外に匂いにも僅かな違いを感じた。形容しがたいが、新鮮、といったところだろうか。
 結城が僕の椀を指差す。

「そう、それ。この前、ご近所さんから昆布貰ったから昆布出汁にしてみたの。いつもは出来合いのお出汁入れちゃってるんだけど、今日は早起きして出汁から取ってみたんだ。どう? 変な味しない?」

 もう一口啜る。確かに常日頃使っているらしき、出汁入り味噌やパックの出汁とどこか違う。評論できるほど舌が肥えていないので、具体的にどうと言葉にはし難い。
 ただ、美味しいかそうでないかの二択なら、美味しい。それだけわかる。

「美味しいよ。結城は相変わらず料理が上手いね」

 彼が嬉しそうにはにかむ。顔が少し赤い。

「ホント? 嬉しいな」

 珍しい。いつもは褒めても、ニッコリ笑ってさらっと流す程度だった。恋人云々を意識しているのだろうか。
 調子が狂う。こちらまで気恥ずかしくなってくる。口の中が甘酸っぱくなる錯覚を起こす。

 話題を変えようと、普段の食卓に見慣れない物を手に取る。直径30cmほど。中央が膨らんだ米粒型の藁束。両端を細い麻縄で縛っている。

「こっちはなに?」

 結城が自慢げに、自分の手元にある藁束を手に取る。中心を指でこじ開けて見せる。

「エヘヘ、珍しいでしょ。これ納豆だよ。昔懐かしい藁の入れ物。野菜市で売ってたんだ」

「へぇ……これが」

 知識として知っていたが、現物を見るのは初めてだ。確かに中心の腹を開くと、中に納豆粒が入っている。

「これって醤油で食べるのかな」

 空いている器に中身を全て出す。見た目は大粒なだけで、使い切りパックの納豆と変わらない。

「うーん、どうなんだろう。昔は醤油だけで食べてたみたい。あーちゃん、醤油だけで辛かったら、冷蔵庫に取り置きしておいたのを持ってこようか? 余った納豆のタレ」

「いや、このままでいいよ」

 少し胸が踊る。物珍しさと好奇心。藁納豆なんて滅多に食べる機会はない。
 醤油を付けて、グリグリ掻き混ぜる。ほどよく粘り気が出たところで、少量ご飯にかける。

 食べる。咀嚼する。
 美味しい……美味しいが、その食感は期待に沿えるものではなかった。味も歯ごたえも普通の納豆である。スーパーのパック納豆に、醤油を付けて食べる味を大きく超えない。

「あはは……見た目ほどのインパクトはないねぇ」

 ガッカリする反面、こんなものだろうなとも思う。あまりに突拍子もない味わいでも、それはそれで食べにくい。
 納豆は納豆として美味しい、それで充分であり高みなのだろう。
 目で楽しんで良し、食べて良し、食卓に寄り添う一品。縁の下の力持ち。藁納豆は過不足なく、見栄えとしても本来の納豆としての役割も果たしている。

 僕が気落ちしたと勘違いしたのか。結城が自分の鮭を一口大に箸で摘んで、こちらに差し出してくる。

「はい、あーちゃん。あ~んして」

 僕は咄嗟に顎を引く。嫌悪感は浮かんでいなかっただろうか。

「え、何でそんなことしなくちゃいけないんだよ」

 口走ってから後悔した。言葉に棘があったかもしれない。

「…………」


 一瞬、結城の表情が消える。彼の周囲に不穏当な空気が纏わりついて見えた。背筋が凍るような冷たい怖気。言い知れぬ赤黒い感情が、別のおぞましい何かに変貌させる。
 ゾッとする。何かとてつもなく暗くて深い淀みが、彼の瞳の中で燃えて消えた。


 だがすぐに結城が破顔した。猫なで声で、

「えぇ~、恋人なんだからイイじゃないこれくらい。子供の頃は、こうして食べさせ合いっこしたじゃないの。ほら、あ~ん……」

 ほっとする。
 気のせいだったのだろうか。
 昨日、遅くまでテレビゲームで遊んで夜更かししすぎたせいかもしれない。

 結城は今日、どこかはしゃいでいるように見えた。日頃から女子然とした明るい朗らかな性格をしているものの、今日は一段と浮ついている。
 それが僕との関係によるものなのか。距離感の変化で、ソワソワした期待と高揚感がある。だが心の隅で、彼との間に亀裂が入らないかという不安も小さく膨らみ始めていた。
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