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屋敷の執務室で仕事をしていたら、席を外していた専属執事が表情を曇らせて戻って来た。
……ちょっと憂いを帯びた渋い中年の眼差しって、目の保養になる~。
「お嬢様、招待状です」
そう言って差し出されたのは、嫁ぎ先の公爵家と関わりの有る夜会の招待状。
確実に婚約者のところにも届いているだろうもの。だから、執事がちょっと心配げな顔をしているのか。
お茶会や夜会に参加する年齢が来た後、最初のご招待は王家からだったので、婚約者のエスコートで参加した。ドキドキしてあまり覚えてないけど、緊張以外では、達成感を感じていた気がする。
今思い返すと、婚約者とはほぼ会話してなかったな。
参加しはじめの頃は、王家主催以外の会へ殿下にどうやってご一緒していただくかを悩みながら、お伺いの連絡をして会いに行き、ばっさり断られてた。参加した会で強いられた忍耐で、胃を壊したこともあったっけ。ロボスがエスコートしてくれてなければ、惨めさに泣いてたかも。
ーー初々しかったなぁ、私。
諦めてからは、どーせ断られるとわかっていて、わざわざ惨めな目にあいに行くのが嫌で嫌でしょうがないのに、お伺いの連絡して会いに行って、ずばっと断られてた。参加した会でぶちキレそうになったことも多々ある。殿下を蹴り飛ばして、頭踏んづけたら、気持ちいいかも……とまで思った。なんなら、お前が一人で参加しやがれ、と思ったけど、男性は一人でも大してダメージ無いんだった……。
「……うん」
けれども先日「断って貰う」と決めたからか、よーしさっさと断られて来ようかなー、って気分だ。
「殿下にお伺いの許可をお願い。明日でも大丈夫よ」
「よろしいのですか?」
執事が聞いてきたのは、スケジュール的なものではなく、私の心情。
「勿論よ。さっさと断られてくるわ。ーーロボス、悪いけどまた宜しく」
辺境伯家ゆかりの伯爵家三男だし、ロボスだし、護衛だし、頼れるし。
考えてみたら、殿下よりよっぽど良い。
今回の夜会なら、珍しい料理が供されるかもしれない。
「お伺いする前ですけど、承知しましたー。あそこ、料理が絶品ですよ」
私が挨拶廻りや嫌み攻撃を受けてる間に、料理を堪能してたのは知ってた。辺境メンタルというか、鈍感力を保てて羨ましい。
さすがにダンスは殿下以外と踊るのも申し訳ないから、と遠慮してた私にあわせて、ロボスも踊りはしなかった。
今回から、やってみようかな。
「お嬢様……?」
執事の戸惑った声。ふふ、ごめん、口元がにやけるのは、許して。
心の持ちようって、すごい。
妃教育が終わった私が王宮に来るのは、殿下とのお茶会かご招待のお伺いがほとんどだ。だから、いつもならちょっと鬱々としたものを背負って、ため息を堪えながら登城するんだけど。
「これはこれは、セッター辺境伯令嬢。殿下をお訪ねでございますか?」
来た。嫌味な大臣一号。こいつも娘を殿下にって狙ってたからなのか、毎回声を掛けてくる。小馬鹿にした話し方にイライラさせられてた。
気まずいから言い返すこともせず、ただ微笑んで聞き流してたけど。
「ええ、ごきげんよう」
挨拶もできないのか。
と嫌味をこめて社交用の冷たい笑顔で挨拶をしてやった。名前は呼ばない。慇懃無礼でお返しだ。
「……え、と……」
あ、ちょっと動揺したっぽい。
後ろに続く補佐官らも、驚いた顔をしている。もちろん、ラミアやロボスからは笑顔で殺気が放たれているから、廊下に点々と立つ衛兵が微妙に引き吊った顔で緊張しているのも見えた。
「これから殿下をお訪ねいたしますので」
冷たーい笑顔で通り過ぎた私を、ぽかんとした間抜け面が見送ってくれた。
王宮で、セッター辺境伯令嬢がいつもと違う、と噂されるのは直ぐだろう。
「いやぁ、気分良いですね、お嬢様」
「立場を考えたら、あの様な物言いはお嬢様に対して許されないとわかるでしょうが……ふふふふ」
ロボスとラミアもイイ笑顔だ。今までごめんよ。色々我慢させてたんだなぁ。
「これからは、もっと自由にやるわよ!」
殿下の執務室の前には護衛の騎士が二人控えている。毎回訪れては力なく微笑む私を見ていたからか、彼らからの気の毒そうな哀れみの眼差しを受ける。
何時もなら困ったように微笑むが、今日は違う。さっさと断られて来ようか~とにこやかに入室の許可をとった。
「セレイン・セッターです」
「はっ!お待ちいただけますでしょうか」
やや戸惑った騎士が一礼して中の侍従に連絡を入れると、扉が開かれた。
さ、断ってもらわなくちゃね~。
うきうきしているせいか、足取り軽く中へ進み、周りを驚かせてしまった。ロボスとラミアもにこにこと続く。
取り次ぎの間にいる護衛騎士もちょっと動揺していたが、気にせずもう一枚の扉をくぐり抜け、執務室の奥で机につく婚約者の前に立つ。
周りにはいつも通り侍従や補佐官、文官とそれなりの人数が控えていた。
殿下以外が私に向かって頭を下げる。
これが正しい作法だ。先ほどの大臣が調子にのりすぎだ。いまだ婚約者とはいえ、王家に連なる私に礼すらしないとか。
頭足りてないんじゃない?
……おっと、さっさと王子の相手しなきゃ。
「セレイン・セッターが第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
礼をとり、口上を述べた。
…………………。
……?
おかしいな、いつもなら
「ああ」とか「なんだ」とか言うのに。
「殿下っ……」
侍従が小さく呼び掛けた。
「……っ、あ、ああ、その……どうした?」
戸惑ったような婚約者の声に姿勢を戻し、まっすぐに見つめる。
……あれ?なんか、不思議そうな表情をしてない?私が来た意味がわからないとか?
もしかして、まだ招待状に目を通してない?
「再来週の夜会の招待についてですが」
「ああ、あれか」
ほっとしたように殿下は頷いた。知ってたんだな。じゃあ何が原因であんな顔してたんだろ。
「あの夜会には、参加できーー」
「かしこまりました。では、何時ものように私一人で参ります」
あ、しまった。台詞がちょいとかぶってしまった……。
ま、いいか。
「では、お忙しいところ、お時間をお取りいただきありがとうございました」
やったー終わったー。
「ーーあ、あ……」
殿下は鉛を飲み込んだような顔で答えた。
やっぱり婚約者との会話は無理だな。
周りに控える者たちも、うわぁ、と顔を青くして殿下を見ていた。
そんなに気にしなくても、お断りはいつものことじゃん。青くなるくらいなら、殿下を説得しろよな。
ま、今となってはされても面倒だけど。
さっと礼をして、いそいそと扉へむかう。
ん?なーんだ、殿下、休憩しようとしてたのか。お茶とお菓子が執務室の端にあるソファーセットに用意されていた。
休憩に入ろうとしたところに来てしまったのなら気まずいわなー。いつも、忙しい・時間がない・もっと励め、としか言わない相手に見られたら。
ま、いっか~。
さー、帰ろ帰ろ。
廊下に出てーー護衛の騎士達が目を見開いていたーーかなりの距離を短時間で進み、馬車に優雅に乗り込んだ。
競歩の大会で優勝できるかもしれないスピードだったけど、ドレスのおかげで床を滑るように進んでいるみたいに見えるはず。ちょっとホラーな感じかもしれないが、気にしたら負けだ。
扉を閉め、馬車が走り出したとたん、ロボスとラミアの肩が大きく揺れ始めた。
「そんなに笑わなくったって良いじゃない!」
声が出せないほどの大爆笑。
ちょっと、笑いすぎよ!
ロボスなんて、座席からずり落ちて床に踞っている。ラミアは呼吸するのが辛そうだ。
「もー。そんなに笑える?」
ちょっと落ち着いてきたのか、もっと激しくなったのか、ひーひー言うロボスの太ももを爪先で軽く蹴ってやった。
「いやっ、ーーぶっ……だってお嬢……ぶふっ……様、めっちゃ、笑顔で……ぷっ、くくくくく………『一人で参ります』……とか、ぶっ……」
座席にしがみつき、床から離れられないロボス。
「あの仏頂面…………くっ!」
ラミアは言いかけて、慌てて口を塞ぐが、全身揺れまくっている。顔も首も真っ赤だ。
「ちょっと、息しなさいよ」
酸欠になったんじゃないかってくらい真っ赤な二人が揺れるせいで、馬車まで揺れてるような気がする。
……ちょっと憂いを帯びた渋い中年の眼差しって、目の保養になる~。
「お嬢様、招待状です」
そう言って差し出されたのは、嫁ぎ先の公爵家と関わりの有る夜会の招待状。
確実に婚約者のところにも届いているだろうもの。だから、執事がちょっと心配げな顔をしているのか。
お茶会や夜会に参加する年齢が来た後、最初のご招待は王家からだったので、婚約者のエスコートで参加した。ドキドキしてあまり覚えてないけど、緊張以外では、達成感を感じていた気がする。
今思い返すと、婚約者とはほぼ会話してなかったな。
参加しはじめの頃は、王家主催以外の会へ殿下にどうやってご一緒していただくかを悩みながら、お伺いの連絡をして会いに行き、ばっさり断られてた。参加した会で強いられた忍耐で、胃を壊したこともあったっけ。ロボスがエスコートしてくれてなければ、惨めさに泣いてたかも。
ーー初々しかったなぁ、私。
諦めてからは、どーせ断られるとわかっていて、わざわざ惨めな目にあいに行くのが嫌で嫌でしょうがないのに、お伺いの連絡して会いに行って、ずばっと断られてた。参加した会でぶちキレそうになったことも多々ある。殿下を蹴り飛ばして、頭踏んづけたら、気持ちいいかも……とまで思った。なんなら、お前が一人で参加しやがれ、と思ったけど、男性は一人でも大してダメージ無いんだった……。
「……うん」
けれども先日「断って貰う」と決めたからか、よーしさっさと断られて来ようかなー、って気分だ。
「殿下にお伺いの許可をお願い。明日でも大丈夫よ」
「よろしいのですか?」
執事が聞いてきたのは、スケジュール的なものではなく、私の心情。
「勿論よ。さっさと断られてくるわ。ーーロボス、悪いけどまた宜しく」
辺境伯家ゆかりの伯爵家三男だし、ロボスだし、護衛だし、頼れるし。
考えてみたら、殿下よりよっぽど良い。
今回の夜会なら、珍しい料理が供されるかもしれない。
「お伺いする前ですけど、承知しましたー。あそこ、料理が絶品ですよ」
私が挨拶廻りや嫌み攻撃を受けてる間に、料理を堪能してたのは知ってた。辺境メンタルというか、鈍感力を保てて羨ましい。
さすがにダンスは殿下以外と踊るのも申し訳ないから、と遠慮してた私にあわせて、ロボスも踊りはしなかった。
今回から、やってみようかな。
「お嬢様……?」
執事の戸惑った声。ふふ、ごめん、口元がにやけるのは、許して。
心の持ちようって、すごい。
妃教育が終わった私が王宮に来るのは、殿下とのお茶会かご招待のお伺いがほとんどだ。だから、いつもならちょっと鬱々としたものを背負って、ため息を堪えながら登城するんだけど。
「これはこれは、セッター辺境伯令嬢。殿下をお訪ねでございますか?」
来た。嫌味な大臣一号。こいつも娘を殿下にって狙ってたからなのか、毎回声を掛けてくる。小馬鹿にした話し方にイライラさせられてた。
気まずいから言い返すこともせず、ただ微笑んで聞き流してたけど。
「ええ、ごきげんよう」
挨拶もできないのか。
と嫌味をこめて社交用の冷たい笑顔で挨拶をしてやった。名前は呼ばない。慇懃無礼でお返しだ。
「……え、と……」
あ、ちょっと動揺したっぽい。
後ろに続く補佐官らも、驚いた顔をしている。もちろん、ラミアやロボスからは笑顔で殺気が放たれているから、廊下に点々と立つ衛兵が微妙に引き吊った顔で緊張しているのも見えた。
「これから殿下をお訪ねいたしますので」
冷たーい笑顔で通り過ぎた私を、ぽかんとした間抜け面が見送ってくれた。
王宮で、セッター辺境伯令嬢がいつもと違う、と噂されるのは直ぐだろう。
「いやぁ、気分良いですね、お嬢様」
「立場を考えたら、あの様な物言いはお嬢様に対して許されないとわかるでしょうが……ふふふふ」
ロボスとラミアもイイ笑顔だ。今までごめんよ。色々我慢させてたんだなぁ。
「これからは、もっと自由にやるわよ!」
殿下の執務室の前には護衛の騎士が二人控えている。毎回訪れては力なく微笑む私を見ていたからか、彼らからの気の毒そうな哀れみの眼差しを受ける。
何時もなら困ったように微笑むが、今日は違う。さっさと断られて来ようか~とにこやかに入室の許可をとった。
「セレイン・セッターです」
「はっ!お待ちいただけますでしょうか」
やや戸惑った騎士が一礼して中の侍従に連絡を入れると、扉が開かれた。
さ、断ってもらわなくちゃね~。
うきうきしているせいか、足取り軽く中へ進み、周りを驚かせてしまった。ロボスとラミアもにこにこと続く。
取り次ぎの間にいる護衛騎士もちょっと動揺していたが、気にせずもう一枚の扉をくぐり抜け、執務室の奥で机につく婚約者の前に立つ。
周りにはいつも通り侍従や補佐官、文官とそれなりの人数が控えていた。
殿下以外が私に向かって頭を下げる。
これが正しい作法だ。先ほどの大臣が調子にのりすぎだ。いまだ婚約者とはいえ、王家に連なる私に礼すらしないとか。
頭足りてないんじゃない?
……おっと、さっさと王子の相手しなきゃ。
「セレイン・セッターが第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
礼をとり、口上を述べた。
…………………。
……?
おかしいな、いつもなら
「ああ」とか「なんだ」とか言うのに。
「殿下っ……」
侍従が小さく呼び掛けた。
「……っ、あ、ああ、その……どうした?」
戸惑ったような婚約者の声に姿勢を戻し、まっすぐに見つめる。
……あれ?なんか、不思議そうな表情をしてない?私が来た意味がわからないとか?
もしかして、まだ招待状に目を通してない?
「再来週の夜会の招待についてですが」
「ああ、あれか」
ほっとしたように殿下は頷いた。知ってたんだな。じゃあ何が原因であんな顔してたんだろ。
「あの夜会には、参加できーー」
「かしこまりました。では、何時ものように私一人で参ります」
あ、しまった。台詞がちょいとかぶってしまった……。
ま、いいか。
「では、お忙しいところ、お時間をお取りいただきありがとうございました」
やったー終わったー。
「ーーあ、あ……」
殿下は鉛を飲み込んだような顔で答えた。
やっぱり婚約者との会話は無理だな。
周りに控える者たちも、うわぁ、と顔を青くして殿下を見ていた。
そんなに気にしなくても、お断りはいつものことじゃん。青くなるくらいなら、殿下を説得しろよな。
ま、今となってはされても面倒だけど。
さっと礼をして、いそいそと扉へむかう。
ん?なーんだ、殿下、休憩しようとしてたのか。お茶とお菓子が執務室の端にあるソファーセットに用意されていた。
休憩に入ろうとしたところに来てしまったのなら気まずいわなー。いつも、忙しい・時間がない・もっと励め、としか言わない相手に見られたら。
ま、いっか~。
さー、帰ろ帰ろ。
廊下に出てーー護衛の騎士達が目を見開いていたーーかなりの距離を短時間で進み、馬車に優雅に乗り込んだ。
競歩の大会で優勝できるかもしれないスピードだったけど、ドレスのおかげで床を滑るように進んでいるみたいに見えるはず。ちょっとホラーな感じかもしれないが、気にしたら負けだ。
扉を閉め、馬車が走り出したとたん、ロボスとラミアの肩が大きく揺れ始めた。
「そんなに笑わなくったって良いじゃない!」
声が出せないほどの大爆笑。
ちょっと、笑いすぎよ!
ロボスなんて、座席からずり落ちて床に踞っている。ラミアは呼吸するのが辛そうだ。
「もー。そんなに笑える?」
ちょっと落ち着いてきたのか、もっと激しくなったのか、ひーひー言うロボスの太ももを爪先で軽く蹴ってやった。
「いやっ、ーーぶっ……だってお嬢……ぶふっ……様、めっちゃ、笑顔で……ぷっ、くくくくく………『一人で参ります』……とか、ぶっ……」
座席にしがみつき、床から離れられないロボス。
「あの仏頂面…………くっ!」
ラミアは言いかけて、慌てて口を塞ぐが、全身揺れまくっている。顔も首も真っ赤だ。
「ちょっと、息しなさいよ」
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