内務省総務部庶務4課

柑橘 橙

文字の大きさ
上 下
6 / 8

学園での聖女案件④

しおりを挟む
 聖女は、足音荒く廊下を進んでいく。
 本当に、淑女教育どこ行った?
「どう言うことよ!確実に攻略してたのに!あたしに好意があったんじゃないの?」
 廊下の端の出入口から中庭に出ると、奥に設置してあるテーブルに近付き、椅子にどかりと座った。
「お茶をお持ちしますか?」
 お付きの女生徒が尋ねると、聖女は無言で頷いた。
 朝の早い時間は他に利用者がいないせいか、いつもいる給仕が見えない。お付きは食堂のある方へ向かった。
「ほんっと、なんなのよ!難易度最低レベルの脳筋ワンコの分際で!」
 脳筋ワンコ……。
 やばっ、吹き出しそうになった。聖女、命名センスある。
「高飛車で優等生な婚約者が好きじゃないはずなのに!もっと甘えてくれる子が好きだったはずでしょ……!なんであんなことになってるのよ!手作りお菓子で、好感度あがるでしょ、普通!」
 ドコ情報だ、それ。
「ヤバい……。あの二人をおとして、ヌーレンシア様に隣国に連れていって貰うことにならないと……」
 あの二人って、フランツ様とスタージュン様?
 おとすって、地獄?……いや、恋か!
「あの三人をクリアしないと」
 消すの?
カドミアム・マクレガンマクレガン辺境伯嫡男のルート、開かないじゃない!」
 ーーえ?うちの、兄?
「最推しなのに!なんのための攻略よ!めくるめく甘い、救出劇の末の溺愛ラブロマなのにっ!ああ、カドミアムの笑顔に隠された腹黒さとか、愛する聖女に向けるデロ甘の蕩ける顔も声も、……ふふふ」
 やばい、言ってる意味がわからん……。
 うっとりと目を閉じてしまった聖女。顔がにやけて美少女感が台無しである。
 あの兄が、聖女を好ましく思うとか、ないなぁー。腹黒いんじゃなくて性格歪んでるだけだし。シスコン・ブラコンの猫可愛がり単なる変態だし。見た目と実力は最強だけど。
 カラカラとワゴンの音がして、聖女が正気に返ってしまった。
 うちの兄のルートってなんだろ?聖女の今までの行動を考えると、多分出会いの方法とかなんだろうけど……。
「そろそろ授業の時間ですが、どうされますか?」
「マナー講座よね。休んでスタージュン様のとこいくわ」
 マナーは休まない方がいいのでは?
 私だけじゃなく、お付きの生徒もそう思ったらしく、流石に止めていた。
「その講座はお休みされない方がよろしいかと。次の基本座学はもう合格をお持ちですから、その時間に生徒会室に向かえばいいのでは?スタージュン様も生徒会の仕事を一区切りするのに、丁度良い頃合いでしょう」
「それもそうね」
 聖女は立ち上がって、教室へ向かう。お付きはワゴンを給仕の控えの位置へ置き、あとを追った。
 報告書へ載せる内容が、濃いな。
 


 聖女が講義を受けるのを見守りつつ報告書を書いたらちょっと多くなったので、王家の影にそっと押し付けた。
 予想ではまだこれから色々あるから、日付の横にでかでかとその①って書いておいた。
 地味少年はちょっと引きつった顔をした後、報告書を持ってどこかへ向かっていく。あとは任せた!
 私は聖女サマから離れられないから、宜しくー。
「スタージュンさまぁ」
 朝のどたどたした走り方じゃなく、ぼてぽてっとかわいらしい感じに見える走り方で王女殿下の婚約者サマに駆け寄る聖女。
 スタージュン・ラドルク公爵子息は、黙っ……普通に立っていれば、かなりの美少年だ。
「ああ、聖女様、おはようございます」
 にっこり笑って振り返ったスタージュン様に、聖女がぴったりとくっついた。
「授業は終わりましたか?」
 さりげなく距離をとるスタージュン様。
「終わったのでぇ、スタージュンさまに会いに来たのー」
 にっこり。
「そうですか、光栄です」
 社交的な微笑み。
 ーーあれ?
「ですが、恐れ多くも聖女様とこのように近しいと、要らぬ憶測を呼びますので」
 常識的まともだ。
「もー、スタージュンさまってば、いっつもそればっかり~」
 ばしっと突っ込みを入れた聖女はお菓子を差し出した。
「これ、スタージュンさまへのプレゼント。手作りなんだけどぉ、食べてね」
 上目遣いでにっこり笑って差し出すのは、厨房の御姐様による手作りのお菓子。
「いえ、せっかくですが、いただくわけには」
 そっと差し戻されたお菓子を呆然と見つめる聖女。
「申し訳ありません、生徒会に戻らないといけませんので」
 踵を返して生徒会室に戻るスタージュン様。
「あたしのプレゼントいらないっての?」
 ぐしゃり、とお菓子が握り潰された。そのつり上がった目に怒りと殺気が宿っている。怒鳴り散らさないだけの理性があってよかった。
 スタージュン様、王女殿下がいる時は聖女をエスコートしたりして侍らせてたのに、変だな。
 王女殿下の側からしか見てなかったけど、二人だけならこんな感じだったのか?
「聖女様」
 お付きが潰されたお菓子を取り上げ、聖女の汚れた手を拭いた。
「聖女様の醜聞にならないため、二人きりにならないように気を使われたのでは?いつもは王女殿下や伯爵令嬢がお側にいらして、二人きりではありませんでしたし」
 いつもより早口だった。
 聖女の怒りを恐れてか、動揺したのか、口を滑らせた?
「あたしだけじゃ、相手にもされないってこと?!」
「そ、そういうわけでは……あ、聖女様!」
 頭から湯気をだしそうな聖女は、足音荒くお付きを置いていった。
 教室に戻らず、中庭に向かっているようだけど。
 ーーん?
 あれって……。
 遠くに見えるのはプライセル様をしっかり抱き込んでベンチに座っているフランツ様。
 うわぁ、あんな目立つとこで……。プライセル様、気の毒に……。
 一生懸命逃れようとしているみたいだけど、フランツ様の膝の上でがっちり捕獲されている彼女の耳は真っ赤だ。いや、首から上ーー下手すると全身真っ赤だな。
 あの後、なにがあってあんなとこで公開羞恥プレイなことになってるんだろ?
 フランツ様はご機嫌な満面の笑みで爽やかオーラを放ちつつも、周りに向ける目だけは威嚇のため鋭かった。
 時折プライセル様の耳に何かを囁いては、婚約者が身悶えする様を蕩けた顔で見つめ、手や頬に口づけを落とす。
 その度に真っ赤になっては、逃れようとして身動ぎするプライセル様は、ここぞとばかりになで回されてるのに気づいてないらしい。
 積極的だな、オイ。
 でも、元々プライセル様のために聖女に親切にしてアレだったなら、大好きなプライセル様が相手なら、コレが普通なのか……も?
 ミドーチェ家って、愛妻家の多い家系だっけ?王家もだけど、伝統的な家は愛の重いところばかりの国だしな。
 うわ、聖女から歯を食いしばる音が……!
「……馬鹿にしやがって……!」
 キレてる。めっちゃキレてる。
 ものすごい目で二人を睨み付けた聖女はまたどこかへ向かった。
 肩を怒らせてのしのし歩く様は、周りの生徒に道を譲らせるのに充分なようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

公爵令嬢のRe.START

鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。 自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。 捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。 契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。 ※ファンタジーがメインの作品です

処理中です...