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つきまとい案件 下
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「貴様が内務を勧めたから命じてやったのに、ちっとも進展しないではないか!」
声を荒げているのは第五王子殿下。
それにため息で応えたのは
「殿下」
婚約者の侯爵令嬢。
「王妃殿下の側仕えがつきまとわれて困っているから、どうにかならないか。----そうおっしゃったので、内務省総務部にご相談をおすすめいたしましたが、そもそ---」
「そうだ、貴様がそう言うから、解決を命じたが、未だつきまとい犯を捕まえられない。わざわざ、貴様の言葉に従ってやったというのに!」
令嬢の言葉を遮って、第五王子殿下は彼女を責め立てる。
「これでは、彼女のために颯爽と問題を解決できないだろう!」
アホだ。
アホがいる!
その場にいた第五王子殿下の側仕えと護衛騎士、侯爵令嬢の侍女と護衛騎士、通りすがりの文官達のすべての心の声がそろった気がする。
だいたいがこんなところでする話では無い。
人通りの多い廊下だぞ、ここ。
私が通りかかった時、たまたま侯爵家のご令嬢が外務省にある父親の執務室を訪ねた帰りだったらしく、楽しげに侍女と話をしながら歩いていた。
そこへ通りかかった第五王子殿下がいきなりわめきだしたのだ。『役立たず』と。
「そうですか」
侯爵令嬢は静かに答えた。
冷静になるようにしっかりと耐えている姿に感動する。
「可憐な乙女が不安な日々を過ごしているというのに、貴様は非情過ぎる!」
何言ってんの、こいつ。
お前さえいなけりゃ、すべて解決だろうが。
と、この場の全員が思って居るはずだ。
見えない場所からもちょいちょい殺気が漏れている。うん、そろそろ物理的に止めないと醜聞どころの騒ぎじゃなくなったあげく、4課に仕事が振ってきそう。
よし、止めよう。
「きさっ……ぐっ」
ぐらり、と第五王子殿下の体が傾き苦痛に歪んだ顔から床に崩れ落ちる。
しまった、あれだと顔中擦り傷まみれかも。まいっか。王族だし。治癒してもらえるだろ。
わざと倒れるまでほおっておいただろう護衛騎士が、荷物のように担ぎ上げたのを見てその場を離れた。
あ、なんかすごい怒りのオーラを纏った侯爵様らしき人物が人外レベルのスピードでこっちに歩いてきてる。人間、あんな速さで歩けるのか。走るより早くない?娘のことがよっぽど心配だったんだな。
…………そういや、だれも、王子の心配してなかったような。
「----と、言うことがありました」
報告と同時に、課長が机につっぷした。
エマさんがそっとハーブティーを机の端に置いた。良い匂い。
「もう、秘密裏に誤魔化すのは不可能だな」
任務から帰っていたガイ様が右後ろから声をかけてきた。この人、中立派の重鎮である侯爵家の次男でかなりの美丈夫だ。婚約者がいないのは、任務で女性と接することがあるため、不誠実にならないようにしているからだとか。本当かな。一部の巷では、もう一人の美少年アラン様とのなさぬ仲を疑われているけど。
夢見る乙女の妄想とも言い難いくらい一緒に行動してるからなぁ。
ちなみにアラン様は正体不明だったりする。王族に連なる家系なのは容姿からなんとなく想像がつく。先々代のお盛んだった頃の落とし胤って可能性が高い。
「秘密裏にできるものでは無いでしょうね。王子殿下が出没してたのは、結構侍女やメイドの間では有名だったようですし」
エマさんが答える。
「今回の件で、確証を与えたようなものか」
ガイ様があきれたように肩をすくめる。
「このまま、侯爵令嬢との婚約を取りやめて、伯爵令嬢とくっつけちゃうとまずいんでしたっけ?」
その方が平和だと思うんだけど。
「伯爵令嬢には、婚約者がいらっしゃるのよねぇ。相思相愛の」
あ、そりゃだめだわ。
王子殿下と伯爵令嬢の不幸な結末しか見えない。
「嫌なことを言うようだけれど」
エマさんが言い難そうに続けた。
「明日、王妃殿下が主催される夜会があったわよね」
ああ、確か陛下とのご結婚記念の……。
王室の皆様方は出席されるし、婚約者のご令嬢も勿論出席。そして側仕えの伯爵令嬢が出ないわけないし。
エスコートは婚約者。
婚約者………。
「まさかとは思うんですけど、そこで告白やらかしたりとか」
あり得なくはないな、と思ったせいか言葉が勝手に口からこぼれた。
「今流行の物語のように、婚約破棄って可能性もあるぞ」
うわっ、も、ガイ様、それしゃれにならない。
「い、いくらあの第五王子殿下であっても、伯爵令嬢に婚約者がいることくらいっ」
「ご存じないでしょうねぇ」
えまさぁぁぁん。微かな希望を潰さないでくれません?
王妃殿下主催の夜会でそんなんやらかしたら、王籍抹消待ったなしじゃない?下手すると幽閉後、秘密裏に始末されることもありえる。
だって、外国からの客も招かれるはずだし。外交の場としても利用される夜会だよ。醜聞は命取りだ。
いくらあの第五王子殿下であっても、……あっても……あれ?誰も困らなくない?
「お前、脳内で勝手に第五王子殿下を切り捨てる方向で納得するなよ」
何故バレた。
勝手にガイ様に心を読まれたけど、それってありじゃない?と課長の方を期待した眼差しで見つめてみた。
「いや、我々が王族の方を切り捨てるのは、流石にねぇ」
胃を抑えながら答えてくれた課長。申し訳ないので諦めるか。
「とりあえず、明日の夜会の対策を考えて、王妃殿下へご相談しようか。ガイとシャリィで対策を頼むよ」
「「解りました」」
夜会では高位の方々が後から入場するため、専用の控え室を用意してある。王族は勿論貴族とは別の専用の控え室で、王族専用の扉近くにあった。
そして現在、その室内の空気は冷えっ冷えである。
「貴様は、本当に人を思いやることができないのだな!」
第五王子殿下せいで。
いや、まさか本当に国王陛下ご夫妻の前でそんな愚かな台詞を叫ぶとは思わ……なくもないか。うん。
「可憐で健気な乙女が苦しんでいるのを慰めることを邪魔するなど、非道にも程がある!」
あ、王妃殿下がお持ちの扇があり得ない方向に曲がってる。
侯爵令嬢は挨拶をなさろうとした瞬間に怒鳴られたため、未だ頭を下げたまま。無表情なはずのそれが逆に雄弁に語っているようで怖い。
「止めよ、愚弟が。……ご令嬢、どうか頭を上げてくれ」
最早、汚物を見るような眼差しで第五王子殿下を止めたのは王太子殿下。申し訳なさそうに侯爵令嬢の手を取り、頭を上げさせる。
「兄上?」
第五王子殿下は衝撃を受けたかのような顔をしている。
なんでや。
「自分の大切な婚約者を冷遇したあげく、相思相愛の婚約者をもつ伯爵家の令嬢につきまとうなど、正気の沙汰では無い。王家の恥さらしが」
冷たーい王太子のお言葉に、第五王子殿下の目がさらに大きくなった。恥さらしって言われて少しは正気にかえっ----
「相思相愛の婚約者!?」
----てなかった!
気になるとこは、そこか?
天井裏でガイ様が笑っている気配がする。
「そうだ。同格の伯爵家の嫡男と年明けに婚姻を結ぶことになっている。幼い頃から仲が良く、想い合っているらしい。伯爵令嬢も心待ちにしているそうだ」
うーわ、王太子殿下、容赦ないなぁ。
「……あ……ない」
第五王子殿下の口が動いた。
「あり得ない!どうせ政略で無理や----」
バキッ
「がっ……!」
無表情の王妃殿下が少し見開いた眼差しで第五王子殿下を睨みつけながら、扇を振りかぶったと思ったら、躊躇無く息子の後頭部へ振り下ろした。
「このバ……第五王子は体調を崩したため、本日の夜会を欠席するわ」
淡々とした口調で告げる王妃殿下に、国王陛下も頷いた。
「そうだな、愚息がエスコートできない分、代わりを用意しよう」
国王陛下の後ろに控えていた近衛騎士が、「では、私が」と前に出て、侯爵令嬢の手を取り優雅に一礼した。たしか、どっかの侯爵家の四男だったっけ。
洗練されてて、こっちの方が王子様って感じ。
その横で、王妃殿下の足が床に倒れて気を失った息子の頭をぐりぐり踏みつけているのは、気のせいでは無い。
しかし、誰も異を唱えないってことは、ある程度予想された流れなんだろう。
こないだ廊下で見た護衛騎士が、慣れた動きで第五王子殿下を担ぎ上げた。いつも担いでるんだな、あれ。土嚢みたいな扱いになってるけど。
(それにしても、政略で無理矢理、か……)
国の為に、本来なら政略を何より大切にして婚約者を尊重すべき立場の王子が口にするべきじゃ無いな。
王族の方々が会場入りされたので、ガイ様の元へそっと移動したら、王族の影の護衛の一人が微妙な顔をして見つめる中、蹲って声無く爆笑しているガイ様がいた。この狭い空間で何しとるんだか。
「あー笑った」
涙をにじませながら中腰になったガイ様がこちらを向いた。天井裏は立ち上がれるほど高くは無い。
「笑いすぎですよ」
影の護衛のことばに私も頷いた。
「それにしてもマクレガン嬢は本当に気配を消すのがお上手ですね。どこに居たのか、我々では掴めませんでした」
若干の悔しさの滲んだ口調が壮年に差し掛かった渋さを感じさせる。
「特技なもので」
胸を張って答えたら、ガイ様からあきれた眼差しを向けられた。えー、良いじゃん。滅多に無い褒められる長所だよ。
「ま、それにしても第五王子殿下の進退は決まったろうから、我々4課の仕事も終了----」
「だと、思います?」
ガイ様、甘いよ。
「まだ、何か起こるとお思いですか?」
影の護衛さんはちょっと嫌そうだ。彼がここに居るのは、第五王子殿下が控え室の奥にある仮眠用ベッドに寝かされているからだ。この位置はちょうど控え室と仮眠室の両方が見られる。
ま、頭殴られてるから遠くに移動させるわけにも行かないし、気絶したのを運んでいる姿なんて迂闊にさらすと恥に----手遅れか。
「いやぁ、目を覚ましたら、会場に乗り込んで伯爵令嬢を救い出すため、とか言い出して、公開プロポーズ?」
ありえそう。
ガイ様と護衛さんの表情が固まった。
「何かあったら、物理的に止めるための許可をいただかないといけないな。一応仮にも王族に、もしかしてと手を出すわけにはいかん」
一応仮にも、て。
「ですね。すぐに陛下に確認をいたします」
結果的に、第五王子殿下は起きた途端しばらく何かを考え込んだ後、おもむろに立ち上がって夜会会場へ向かおうとしたので、影の護衛が事前に喚んでおいた侍従が足止めし、その間に戻ってきた王妃殿下に再び沈められた。
「しばらく自室へ謹慎とします。……いえ、それでは生緩い。自室へ監禁とします。一切の要望は無視して、一歩たりとも部屋から出すとこは許しません。外部との連絡はすべて絶つように。勿論、食事は1日二食と軽食程度で十分よ。何もしないのだから」
怖っ。王妃殿下がかなりのお怒りだ。
まあ、名ばかりの離宮だの何だのに幽閉よりはましか。
これで4課の手は離れて任務完了ってことかなー。
運ばれていく第五王子殿下に向かって一応は手を合わせておく。南無。
「本当にお疲れ様。夜会では何も無くて良かったよ」
翌日、出勤してすぐに課長がねぎらってくれた。もっとも私とガイ様は午後から出勤にして貰ってたけど。
「で、報告書にこれ付け加えといてね」
課長が渡してくれたのは経緯書。なんか、紙一枚にさらっと書かれてるけど、結構な大事では?
「第五王子殿下は突然の病が発症し、人前に出られなくなったため、辺境の離宮で無期限の静養----って、ココの離宮、まだ人が住める状態なんですか?」
ちょっと前に取り壊しの候補に挙がってなかったっけ?
「急遽、簡単な手入れだけして、通いのメイドと護衛をつけるらしいわよ。勿論、処置済みの王子殿下だから、少々のことが起こっても大丈夫ってことでしょうねぇ」
良かったわぁ、と安心したようにエマさんが呟いた。
や、その、処置済みってことは子作りできないってことで、護衛も通いってことはいつ襲われようが殺されようが攫われようが構いませんってことですよね?一晩でえらい凋落したもんだ。
身内にも容赦ないなんて、王家って怖い。
「侯爵家の婿には、夜会でエスコートを務めた近衛騎士が立候補したそうだ」
ガイ様が教えてくれた。
なんでも夜会の間、傍に居た近衛騎士がだんだん侯爵令嬢との距離を詰め、甘い言葉を吐きまくり、とうとう最後の別れ際の馬車の外で愛を請うたらしい。
健気さと気高さと愛らしさに惚れたとか。
----なにその、恋愛小説みたいな流れ。めっちゃ生で見たかった!
「あーご令嬢の護衛になっときゃ良かった。特等席で見られたのに」
思わず口にしてしまったら、ガイ様にめっちゃあきれられた。
「まあ、想定した流れの中で最悪の一歩手前で良かったよ。これで侯爵家と王家の間にはっきりとした溝が刻まれでもしたら、大惨事だからねぇ。……ああ、お茶がおいしい」
課長の胃が今日は痛まないようで何より。
声を荒げているのは第五王子殿下。
それにため息で応えたのは
「殿下」
婚約者の侯爵令嬢。
「王妃殿下の側仕えがつきまとわれて困っているから、どうにかならないか。----そうおっしゃったので、内務省総務部にご相談をおすすめいたしましたが、そもそ---」
「そうだ、貴様がそう言うから、解決を命じたが、未だつきまとい犯を捕まえられない。わざわざ、貴様の言葉に従ってやったというのに!」
令嬢の言葉を遮って、第五王子殿下は彼女を責め立てる。
「これでは、彼女のために颯爽と問題を解決できないだろう!」
アホだ。
アホがいる!
その場にいた第五王子殿下の側仕えと護衛騎士、侯爵令嬢の侍女と護衛騎士、通りすがりの文官達のすべての心の声がそろった気がする。
だいたいがこんなところでする話では無い。
人通りの多い廊下だぞ、ここ。
私が通りかかった時、たまたま侯爵家のご令嬢が外務省にある父親の執務室を訪ねた帰りだったらしく、楽しげに侍女と話をしながら歩いていた。
そこへ通りかかった第五王子殿下がいきなりわめきだしたのだ。『役立たず』と。
「そうですか」
侯爵令嬢は静かに答えた。
冷静になるようにしっかりと耐えている姿に感動する。
「可憐な乙女が不安な日々を過ごしているというのに、貴様は非情過ぎる!」
何言ってんの、こいつ。
お前さえいなけりゃ、すべて解決だろうが。
と、この場の全員が思って居るはずだ。
見えない場所からもちょいちょい殺気が漏れている。うん、そろそろ物理的に止めないと醜聞どころの騒ぎじゃなくなったあげく、4課に仕事が振ってきそう。
よし、止めよう。
「きさっ……ぐっ」
ぐらり、と第五王子殿下の体が傾き苦痛に歪んだ顔から床に崩れ落ちる。
しまった、あれだと顔中擦り傷まみれかも。まいっか。王族だし。治癒してもらえるだろ。
わざと倒れるまでほおっておいただろう護衛騎士が、荷物のように担ぎ上げたのを見てその場を離れた。
あ、なんかすごい怒りのオーラを纏った侯爵様らしき人物が人外レベルのスピードでこっちに歩いてきてる。人間、あんな速さで歩けるのか。走るより早くない?娘のことがよっぽど心配だったんだな。
…………そういや、だれも、王子の心配してなかったような。
「----と、言うことがありました」
報告と同時に、課長が机につっぷした。
エマさんがそっとハーブティーを机の端に置いた。良い匂い。
「もう、秘密裏に誤魔化すのは不可能だな」
任務から帰っていたガイ様が右後ろから声をかけてきた。この人、中立派の重鎮である侯爵家の次男でかなりの美丈夫だ。婚約者がいないのは、任務で女性と接することがあるため、不誠実にならないようにしているからだとか。本当かな。一部の巷では、もう一人の美少年アラン様とのなさぬ仲を疑われているけど。
夢見る乙女の妄想とも言い難いくらい一緒に行動してるからなぁ。
ちなみにアラン様は正体不明だったりする。王族に連なる家系なのは容姿からなんとなく想像がつく。先々代のお盛んだった頃の落とし胤って可能性が高い。
「秘密裏にできるものでは無いでしょうね。王子殿下が出没してたのは、結構侍女やメイドの間では有名だったようですし」
エマさんが答える。
「今回の件で、確証を与えたようなものか」
ガイ様があきれたように肩をすくめる。
「このまま、侯爵令嬢との婚約を取りやめて、伯爵令嬢とくっつけちゃうとまずいんでしたっけ?」
その方が平和だと思うんだけど。
「伯爵令嬢には、婚約者がいらっしゃるのよねぇ。相思相愛の」
あ、そりゃだめだわ。
王子殿下と伯爵令嬢の不幸な結末しか見えない。
「嫌なことを言うようだけれど」
エマさんが言い難そうに続けた。
「明日、王妃殿下が主催される夜会があったわよね」
ああ、確か陛下とのご結婚記念の……。
王室の皆様方は出席されるし、婚約者のご令嬢も勿論出席。そして側仕えの伯爵令嬢が出ないわけないし。
エスコートは婚約者。
婚約者………。
「まさかとは思うんですけど、そこで告白やらかしたりとか」
あり得なくはないな、と思ったせいか言葉が勝手に口からこぼれた。
「今流行の物語のように、婚約破棄って可能性もあるぞ」
うわっ、も、ガイ様、それしゃれにならない。
「い、いくらあの第五王子殿下であっても、伯爵令嬢に婚約者がいることくらいっ」
「ご存じないでしょうねぇ」
えまさぁぁぁん。微かな希望を潰さないでくれません?
王妃殿下主催の夜会でそんなんやらかしたら、王籍抹消待ったなしじゃない?下手すると幽閉後、秘密裏に始末されることもありえる。
だって、外国からの客も招かれるはずだし。外交の場としても利用される夜会だよ。醜聞は命取りだ。
いくらあの第五王子殿下であっても、……あっても……あれ?誰も困らなくない?
「お前、脳内で勝手に第五王子殿下を切り捨てる方向で納得するなよ」
何故バレた。
勝手にガイ様に心を読まれたけど、それってありじゃない?と課長の方を期待した眼差しで見つめてみた。
「いや、我々が王族の方を切り捨てるのは、流石にねぇ」
胃を抑えながら答えてくれた課長。申し訳ないので諦めるか。
「とりあえず、明日の夜会の対策を考えて、王妃殿下へご相談しようか。ガイとシャリィで対策を頼むよ」
「「解りました」」
夜会では高位の方々が後から入場するため、専用の控え室を用意してある。王族は勿論貴族とは別の専用の控え室で、王族専用の扉近くにあった。
そして現在、その室内の空気は冷えっ冷えである。
「貴様は、本当に人を思いやることができないのだな!」
第五王子殿下せいで。
いや、まさか本当に国王陛下ご夫妻の前でそんな愚かな台詞を叫ぶとは思わ……なくもないか。うん。
「可憐で健気な乙女が苦しんでいるのを慰めることを邪魔するなど、非道にも程がある!」
あ、王妃殿下がお持ちの扇があり得ない方向に曲がってる。
侯爵令嬢は挨拶をなさろうとした瞬間に怒鳴られたため、未だ頭を下げたまま。無表情なはずのそれが逆に雄弁に語っているようで怖い。
「止めよ、愚弟が。……ご令嬢、どうか頭を上げてくれ」
最早、汚物を見るような眼差しで第五王子殿下を止めたのは王太子殿下。申し訳なさそうに侯爵令嬢の手を取り、頭を上げさせる。
「兄上?」
第五王子殿下は衝撃を受けたかのような顔をしている。
なんでや。
「自分の大切な婚約者を冷遇したあげく、相思相愛の婚約者をもつ伯爵家の令嬢につきまとうなど、正気の沙汰では無い。王家の恥さらしが」
冷たーい王太子のお言葉に、第五王子殿下の目がさらに大きくなった。恥さらしって言われて少しは正気にかえっ----
「相思相愛の婚約者!?」
----てなかった!
気になるとこは、そこか?
天井裏でガイ様が笑っている気配がする。
「そうだ。同格の伯爵家の嫡男と年明けに婚姻を結ぶことになっている。幼い頃から仲が良く、想い合っているらしい。伯爵令嬢も心待ちにしているそうだ」
うーわ、王太子殿下、容赦ないなぁ。
「……あ……ない」
第五王子殿下の口が動いた。
「あり得ない!どうせ政略で無理や----」
バキッ
「がっ……!」
無表情の王妃殿下が少し見開いた眼差しで第五王子殿下を睨みつけながら、扇を振りかぶったと思ったら、躊躇無く息子の後頭部へ振り下ろした。
「このバ……第五王子は体調を崩したため、本日の夜会を欠席するわ」
淡々とした口調で告げる王妃殿下に、国王陛下も頷いた。
「そうだな、愚息がエスコートできない分、代わりを用意しよう」
国王陛下の後ろに控えていた近衛騎士が、「では、私が」と前に出て、侯爵令嬢の手を取り優雅に一礼した。たしか、どっかの侯爵家の四男だったっけ。
洗練されてて、こっちの方が王子様って感じ。
その横で、王妃殿下の足が床に倒れて気を失った息子の頭をぐりぐり踏みつけているのは、気のせいでは無い。
しかし、誰も異を唱えないってことは、ある程度予想された流れなんだろう。
こないだ廊下で見た護衛騎士が、慣れた動きで第五王子殿下を担ぎ上げた。いつも担いでるんだな、あれ。土嚢みたいな扱いになってるけど。
(それにしても、政略で無理矢理、か……)
国の為に、本来なら政略を何より大切にして婚約者を尊重すべき立場の王子が口にするべきじゃ無いな。
王族の方々が会場入りされたので、ガイ様の元へそっと移動したら、王族の影の護衛の一人が微妙な顔をして見つめる中、蹲って声無く爆笑しているガイ様がいた。この狭い空間で何しとるんだか。
「あー笑った」
涙をにじませながら中腰になったガイ様がこちらを向いた。天井裏は立ち上がれるほど高くは無い。
「笑いすぎですよ」
影の護衛のことばに私も頷いた。
「それにしてもマクレガン嬢は本当に気配を消すのがお上手ですね。どこに居たのか、我々では掴めませんでした」
若干の悔しさの滲んだ口調が壮年に差し掛かった渋さを感じさせる。
「特技なもので」
胸を張って答えたら、ガイ様からあきれた眼差しを向けられた。えー、良いじゃん。滅多に無い褒められる長所だよ。
「ま、それにしても第五王子殿下の進退は決まったろうから、我々4課の仕事も終了----」
「だと、思います?」
ガイ様、甘いよ。
「まだ、何か起こるとお思いですか?」
影の護衛さんはちょっと嫌そうだ。彼がここに居るのは、第五王子殿下が控え室の奥にある仮眠用ベッドに寝かされているからだ。この位置はちょうど控え室と仮眠室の両方が見られる。
ま、頭殴られてるから遠くに移動させるわけにも行かないし、気絶したのを運んでいる姿なんて迂闊にさらすと恥に----手遅れか。
「いやぁ、目を覚ましたら、会場に乗り込んで伯爵令嬢を救い出すため、とか言い出して、公開プロポーズ?」
ありえそう。
ガイ様と護衛さんの表情が固まった。
「何かあったら、物理的に止めるための許可をいただかないといけないな。一応仮にも王族に、もしかしてと手を出すわけにはいかん」
一応仮にも、て。
「ですね。すぐに陛下に確認をいたします」
結果的に、第五王子殿下は起きた途端しばらく何かを考え込んだ後、おもむろに立ち上がって夜会会場へ向かおうとしたので、影の護衛が事前に喚んでおいた侍従が足止めし、その間に戻ってきた王妃殿下に再び沈められた。
「しばらく自室へ謹慎とします。……いえ、それでは生緩い。自室へ監禁とします。一切の要望は無視して、一歩たりとも部屋から出すとこは許しません。外部との連絡はすべて絶つように。勿論、食事は1日二食と軽食程度で十分よ。何もしないのだから」
怖っ。王妃殿下がかなりのお怒りだ。
まあ、名ばかりの離宮だの何だのに幽閉よりはましか。
これで4課の手は離れて任務完了ってことかなー。
運ばれていく第五王子殿下に向かって一応は手を合わせておく。南無。
「本当にお疲れ様。夜会では何も無くて良かったよ」
翌日、出勤してすぐに課長がねぎらってくれた。もっとも私とガイ様は午後から出勤にして貰ってたけど。
「で、報告書にこれ付け加えといてね」
課長が渡してくれたのは経緯書。なんか、紙一枚にさらっと書かれてるけど、結構な大事では?
「第五王子殿下は突然の病が発症し、人前に出られなくなったため、辺境の離宮で無期限の静養----って、ココの離宮、まだ人が住める状態なんですか?」
ちょっと前に取り壊しの候補に挙がってなかったっけ?
「急遽、簡単な手入れだけして、通いのメイドと護衛をつけるらしいわよ。勿論、処置済みの王子殿下だから、少々のことが起こっても大丈夫ってことでしょうねぇ」
良かったわぁ、と安心したようにエマさんが呟いた。
や、その、処置済みってことは子作りできないってことで、護衛も通いってことはいつ襲われようが殺されようが攫われようが構いませんってことですよね?一晩でえらい凋落したもんだ。
身内にも容赦ないなんて、王家って怖い。
「侯爵家の婿には、夜会でエスコートを務めた近衛騎士が立候補したそうだ」
ガイ様が教えてくれた。
なんでも夜会の間、傍に居た近衛騎士がだんだん侯爵令嬢との距離を詰め、甘い言葉を吐きまくり、とうとう最後の別れ際の馬車の外で愛を請うたらしい。
健気さと気高さと愛らしさに惚れたとか。
----なにその、恋愛小説みたいな流れ。めっちゃ生で見たかった!
「あーご令嬢の護衛になっときゃ良かった。特等席で見られたのに」
思わず口にしてしまったら、ガイ様にめっちゃあきれられた。
「まあ、想定した流れの中で最悪の一歩手前で良かったよ。これで侯爵家と王家の間にはっきりとした溝が刻まれでもしたら、大惨事だからねぇ。……ああ、お茶がおいしい」
課長の胃が今日は痛まないようで何より。
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