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嫌いなアイツ

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 その数日後、米山指名で凪が訪れた。千紘は予約表を見ながら「大橋凪……」と小さく名前を呟いた。
 毎回違う雰囲気のオーダーをする凪。今日は暗くしようかな、なんて言いながら暗い色を選んでいた。

 明るい色を好んでいるのかと思ったが、聞いているとそうでもないらしい。自分に似合う髪型を模索中だという彼は、米山からパーマもストレートも色々試してみようかと提案されていた。
 そんなやり取りを他所で聞いていると、やっぱり自分が入りたかったと思わずにはいられなかった。

 用もないのに成田ブースから出ては、何かを取りに行く振りをして凪の会話を盗み聞きした。彼がほとんど雑誌に目を向けていると、欲しい情報も得られなくてモヤモヤする。
 反対にその声が聞けた時には、その綺麗な顔によく似合う落ち着いた声で、心地良さを感じた。

 あ……声、好きかも。

 千紘は耳に響く低音にとくんと小さく胸が鳴るのを感じた。

「あ、成田さん。カラー剤なら俺が用意しますよ」

 凪の様子を見るためにわざわざ用事を作って成田ブースから出てきたというのに、その仕事を取り上げようとするアシスタント。
 アシスタント側からしてみれば、これくらいの仕事は自分達にやらせてくれと恐縮する。千紘は一瞬鋭い視線で彼を見た後、「じゃあ、よろしく」と作り笑顔を見せた。

 殺気を感じたアシスタントは顔を青くさせ、次からはもっと早く声をかけなければとお門違いな思考を巡らせた。

「凪くん休みの日なにしてんの?」

 米山の声に反応する。ピクリと耳を澄ませ、千紘は顔を上げた。

 ……凪くん? なに、馴れ馴れしく呼んでんの。大橋さん、でいいよね? 100歩譲って大橋くん。凪くんはダメだわ。

 千紘は額に青筋を浮かべながら、楽しそうに笑顔で話す2人の姿を遠くからじーっと目を見開いて見続けた。

「大体寝てるか友達と飲みに行ってるか……まあ、あんまり休みらしい休みもないんですけど」

「ずっと働きずくめなんだ」

「そうですね。プライベートはあってないようなものかも」

 苦笑する凪の横顔を見ながら千紘は目を瞬かせた。休みがほとんどないということは、予約を入れなければ会う機会はないということ。
 担当美容師というポジションは既に取られた。いや、先に自分の指名客として出会っていたら、こんなに興味を持つこともなかったかもしれない。
 自分の担当ではないからこんな不思議な距離感で凪を見ることができるのか、千紘にはよくわからない感情だった。
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