したい夜はきみとじゃない

新しい風

35

　示談金を貰って、亜純はそれで美味しいものでも食べようと千景に食事を奢った。騙された偽元彼から手に入れた金で今の彼氏に奢るのもおかしな話だとは思ったが、千景は全く気にしていないようだった。
　むしろ「食べて亜純が元気になるならそのお金は全部食べ物に変えちゃおう」なんて言って笑ってくれた。

　月経もちゃんときたし、痛かった体も元に戻った。殴られた傷も痕は残らなかった。ただ、記憶には残るから、時々あの時の恐怖を思い出す。けれど、それを笑って話せるくらいにはなったのだ。
　それも全て千景のおかげだった。千景が言うように悠生から受け取った金を全て食べ物に変えてしまっても、千景だけの収入でいくらでも贅沢はできる。

　千景は亜純に欲しいものは何でも買ってあげると甘やかそうとした。しかし、亜純には金で買える贅沢よりも欲しいものがあった。
　それはずっと思い描いていた家族の幸せだ。いつか千景からその幸せを貰えるといいな……そう思うことがなによりの贅沢だと思えた。

「亜純は欲がないね」

「欲はあるよ。でも、千景も一緒じゃなきゃ嫌なの。贅沢するなら一緒に旅行に行くとかかな？　でも千景はまとまったお休み取れないし」

「亜純もね」

「うん。だから美味しいもの食べるくらいでいいんだよ」

「そうだね。子供にお金もかかるしね」

　千景がさらりとそんなことを言った。考えている方向が一緒で少しだけくすぐったくなった。

　そんな数日前のことをふと思い出したのだ。同じ家の中にいれば、千景とのやり取りをこうやって振り返る。
　そうして毎回幸せな気分になる。

　もちろんふと依や真白のことも思い出す。今頃何してるかな……と。真白には結局メッセージを送ることは叶わなかったが、どこかで元気にしてくれていればいいなと思いながら亜純は軽く目を伏せた。