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新しい風

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「ただいまー!」

 明るい声が聞こえて、千景は自然と笑みをこぼした。数年間ずっと1人だった空間に、誰かの声が響く日がくるなんて思ってもみなかった。
 他人と一緒に暮らすのは無理だと思っていた。人の気配があったら仕事は進まないと思っていた。けれど全てが想像と違った。

 亜純が家の中にいる安心感は千景を一層やる気にさせた。今までは商品として本になったものを亜純に郵送していたから、期限までにコツコツと仕事をこなすばかりだった。
 けれど今は、少しだけ編集者からOKが出る前の絵を亜純に見せたりする。情報解禁する前の作品は例え恋人でも家族でも見せることは禁止されている。
 だからストーリーは語れないし、全ての絵を見せてあげることもできない。でも亜純が1枚の絵を見てこんな話かな、あんな話かなと想像している姿を見られるだけで大満足だった。

 早く亜純に見せたくてペンが進む。リモートで打ち合わせをしている声をドア越しに聞かれるのはまだ慣れないが、仕事に集中しすぎている千景の鼻を食事の匂いが掠める日常には少し慣れてきた。

 一緒に食事を作ることもあるが、それよりも亜純が「千景の仕事中は暇だからご飯作って待ってる」と言うものだから、お願いしてしまうことの方が多くなった。
 こんな何でもない日々が幸せだと感じたのはいつぶりだったか。絵本作家としてのデビューが決まった時の昂りに似ているような気もしたが、それよりもずっと穏やかで優しい気持ちになれた。

 もしも亜純が依と別れていなければ、千景とこんなふうに一緒に暮らすことはなかった。亜純が我慢して子どもを諦めていたら、満面の笑みを見ることは叶わなかったかもしれない。
 色んな人の思いとその時の選択によって今がある。違う選択をしていたから、未来は変わっていた。

 そう考えると今ある幸せは決して当たり前ではないと感じた。
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