したい夜はきみとじゃない

新しい風

01

　濃い赤からベージュまで十数種類のリップカラーが並ぶ。真白は新商品のテスターを開封してリップを繰り出す。鮮やかなレッド系だった。

「綺麗……」

　パンフレットで見た時も美しい色だと思ったが、実物を見たら更に魅了された。

「こんにちは」

　リップに気を取られている間に後ろから声をかけられた。真白は驚いて目を見開くと、一呼吸置いてから後ろを振り返った。

「いらっしゃいませ」

　営業スマイルを作ってリップのキャップをしめた。張り付いた笑みを浮かべた真白は、20代半ばの女性の姿を見て少し笑みを崩した。というよりは、真白の本来の笑みを浮かべた。

「今日、新色が出るって教えてもらったので……きました」

　彼女ははにかみながら言った。艶のある黒髪は腰あたりまで綺麗に伸びている。シースルーの前髪から覗く瞳は並行二重がくっきりとした大きなものだ。
　ぷっくりと膨れた涙袋は綺麗にメイクで作られたもの。けれど、しっかりと施されているメイクに反して、唇だけは薄付きだった。

　彼女の言葉からして新色のリップを試しにきたのだろうと思えた。それも前回彼女が来店した際に真白がレッド系が似合うと言ったからだ。
　真白もレッド系は好きだが、元々目鼻立ちがハッキリしている真白がつけると華美に見えた。あの憎き母親が「男を誘う顔だ」と言ってからあまりレッド系は好んで付けない。
　けれど目の前の彼女は丸顔で柔らかい印象があるからか、赤く色付いた唇は人形のような愛らしさを加えるワンポイントになるだろうと思えた。

　真っ赤なリップも下品な印象にならないのは得だ。そう思うものの、嫌味を言いたい気持ちにもならない。

「ちょうど今テスターを開けたばかりなんですよ。試していかれますか？」

　真白が微笑んでそう言うと彼女は嬉しそうに歯を出して笑う。それから大きく頷いて「お願いします」と言った。