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愛情は感じるもの

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「なんて……お仕事で絵描いてる人に言うのは失礼か」

 亜純は言ってしまってから気付いたように慌てて言い直した。けれど千景は、トクトクと心臓が速く動くのを感じた。
 高校生だった頃の放課後。初めて亜純が千景の絵を見た時、可愛いと言ってくれたあの瞬間を思い出した。

 誰にも見せるつもりのなかった普段と全く異なるタッチの絵。大人たちが褒める繊細な風景画ではなく、子供向けの落書き同然だった絵を何度も褒めてくれた。
 あの時のとてつもなく嬉しい感情が今になって鮮明に思い出された。きゅうっと胸が苦しくなって千景は何も言わずにもう一度亜純を抱きしめた。

「え!? なに、千景! どうしたの?」

 千景の腕の中で戸惑う亜純だが、拒絶はしなかった。むしろ千景の背中に回した手はそのままだったし、鼻先を千景の胸に押し当てたままだ。

「嬉しいなって思って」

「え? なにが?」

「全然失礼じゃないよ。俺の絵見たいって言ってくれるの嬉しい」

「……本当? でもさ、皆はお金払って千景の絵を見るわけで」

「皆はね。だから亜純だけ特別ね」

 抱き締めたまま千景が言えば、亜純はすっと瞼を持ち上げた。長い付き合いだから、友達だから、依の元妻だから。理由はいくらでもあるはずなのに、千景の言う特別はもっと別の意味があるような気がした。

 もしも勘違いじゃなかったら……。亜純は自分の鼓動をすぐ傍に感じながら千景の体温に身を預けた。
 千景はずっと友達だった。自分の友達で依の友達。依がいたから異性としては見ていけない存在だった。でも、依と離れた今なら? そこまで考えたら一気にぶわっと熱に包まれた。

 今日の朝まで悠生のことが好きだった。恋をしていたのは間違いない。それがこんなに簡単に心変わりなんてしてしまうものだろうかと亜純は戸惑った。

 こんなのだって……千景のことが好きみたいじゃない。

 亜純は頬に熱を帯びたまま心の中で呟いた。
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