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豊潤な郷【34】
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澪が目覚めると、耳の奥でカンカンと大きな音が響いた。何度か瞬きをし、現実の世界へと戻ってくる。
どうやらいつの間にか眠ってしまったようだと思いながら、大きな音は外から聞こえてくる事にも気付いた。
体を起こせば掛布一枚で、中には一糸纏わぬ己の体。急に気恥ずかしくなり、慌てて体を隠すが、隣にいた筈の歩澄の姿はどこにもなかった。
ゆっくりと体を起こせば、障子の向こう側からは目が眩む程明るい光が差し込んでいる。既に太陽は上にある証である。随分と眠ってしまったと腰を上げる。
「っ……」
途端に走る、重いような下半身の痛み。それと節々の関節痛と筋肉痛。普段の稽古では使わぬ筋肉を使った証である。刀傷の痛みとは違う、別の痛みを全身に感じ、歩澄の匂いも存在もすぐに記憶を呼び起こす。
かあぁぁっと昇る熱を感じ、澪は両手で頬を覆った。まだ残る歩澄の感覚は、暫く刀傷の痛みを忘れさせてくれそうだった。
澪は重い体を褥から出し、潤った体を流しに湯浴みへと向かった。然れど、不思議な事に、カンカンという大きな音が近付いてくる。否、澪が近付いて行っていたのだ。
普段使用している湯殿の前には多くの人だかりがあり、寝間着のまま澪が覗けば作業を行う人々が顔を出した。
「あ、澪殿……歩澄様ならあちらに」
歩澄の家来の一人が澪の存在を見つけ、視線を移した。その先には、既に立派に支度を終えた歩澄の姿があった。
澪は歩澄に近付き、声をかけた。
「歩澄様……この騒ぎは何ですか?」
「ああ、澪。目が覚めたか。今、新しく風呂を作らせているところだ」
「お風呂を?」
「ああ。美人の湯が気に入ったのであろう? 梓月に聞けば何度か通いたいと思っていたとか」
「そ、それはっ……その……」
「何も言わぬとも良い。度々城下に連れていってやれればいいが、私もそう時間はとれまい。かと言って、あまり梓月を使われるのも困る」
「すみません……」
その場で澪が深く頭を下げれば、歩澄はははっと声を上げて笑った。日が昇るまで澪を堪能したからか、いつもよりも機嫌がいい。
「それならば城内に造ろうと思ってな」
「え!?」
「こちらに湯を引っ張る。さすれば、いつでも好きな時に美人の湯に入る事ができるからな」
「そ、そのようなこと……」
まさか己の行動がこのように大掛かりな事態に陥るなど想像もしていなかった澪は、顔を上げて狼狽した。
「言ったであろう? お前のためなら何でもしてやると。欲しいものがあるのなら私に言え」
「で、ですが……私のためにこのように経費を遣っては……」
「見くびってくれるな。ここは富の郷、潤銘郷だぞ? 匠閃郷とは違うのだ。風呂の一つや二つ増設するくらいの財はある」
「もう……歩澄様ってば……」
少々匠閃郷を小馬鹿にした物言いに、澪は膨れる。しかし、それさえも愛しそうに目を細め、歩澄は澪の頭にふわりと手を乗せた。
「これはお前のものだ。時を気にせず好きな時に入るといい。私は暫く城を空ける」
「え!? 暫くとは……どれ程ですか?」
「わからぬ。どれ程かかるかな……。一月まではいかないにしろ」
「一月!?」
澪はキィンと耳鳴りがする程の大声を上げた。しかし、その声は歩澄の鼓膜を刺激しただけで、直ぐに金槌を叩く音に呑まれていく。
右耳に人差し指を入れ、顔をしかめた歩澄は、口角をひきつらせて「伊吹に言ったからな。私が王に相応しい器であると証明するとな」と言った。
「証明とは……」
「匠閃郷を立て直す」
「え!?」
「小菅村以上に貧しい村がまだいくつもある。最低二十だ。廃屋同然の家を建て直し、生活できる環境を整える」
「そ、そのようなこと……どうやって」
「もうすぐ客人が来る。お前も立ち会うといい」
歩澄はそう言って優しく微笑んだ。
どうやらいつの間にか眠ってしまったようだと思いながら、大きな音は外から聞こえてくる事にも気付いた。
体を起こせば掛布一枚で、中には一糸纏わぬ己の体。急に気恥ずかしくなり、慌てて体を隠すが、隣にいた筈の歩澄の姿はどこにもなかった。
ゆっくりと体を起こせば、障子の向こう側からは目が眩む程明るい光が差し込んでいる。既に太陽は上にある証である。随分と眠ってしまったと腰を上げる。
「っ……」
途端に走る、重いような下半身の痛み。それと節々の関節痛と筋肉痛。普段の稽古では使わぬ筋肉を使った証である。刀傷の痛みとは違う、別の痛みを全身に感じ、歩澄の匂いも存在もすぐに記憶を呼び起こす。
かあぁぁっと昇る熱を感じ、澪は両手で頬を覆った。まだ残る歩澄の感覚は、暫く刀傷の痛みを忘れさせてくれそうだった。
澪は重い体を褥から出し、潤った体を流しに湯浴みへと向かった。然れど、不思議な事に、カンカンという大きな音が近付いてくる。否、澪が近付いて行っていたのだ。
普段使用している湯殿の前には多くの人だかりがあり、寝間着のまま澪が覗けば作業を行う人々が顔を出した。
「あ、澪殿……歩澄様ならあちらに」
歩澄の家来の一人が澪の存在を見つけ、視線を移した。その先には、既に立派に支度を終えた歩澄の姿があった。
澪は歩澄に近付き、声をかけた。
「歩澄様……この騒ぎは何ですか?」
「ああ、澪。目が覚めたか。今、新しく風呂を作らせているところだ」
「お風呂を?」
「ああ。美人の湯が気に入ったのであろう? 梓月に聞けば何度か通いたいと思っていたとか」
「そ、それはっ……その……」
「何も言わぬとも良い。度々城下に連れていってやれればいいが、私もそう時間はとれまい。かと言って、あまり梓月を使われるのも困る」
「すみません……」
その場で澪が深く頭を下げれば、歩澄はははっと声を上げて笑った。日が昇るまで澪を堪能したからか、いつもよりも機嫌がいい。
「それならば城内に造ろうと思ってな」
「え!?」
「こちらに湯を引っ張る。さすれば、いつでも好きな時に美人の湯に入る事ができるからな」
「そ、そのようなこと……」
まさか己の行動がこのように大掛かりな事態に陥るなど想像もしていなかった澪は、顔を上げて狼狽した。
「言ったであろう? お前のためなら何でもしてやると。欲しいものがあるのなら私に言え」
「で、ですが……私のためにこのように経費を遣っては……」
「見くびってくれるな。ここは富の郷、潤銘郷だぞ? 匠閃郷とは違うのだ。風呂の一つや二つ増設するくらいの財はある」
「もう……歩澄様ってば……」
少々匠閃郷を小馬鹿にした物言いに、澪は膨れる。しかし、それさえも愛しそうに目を細め、歩澄は澪の頭にふわりと手を乗せた。
「これはお前のものだ。時を気にせず好きな時に入るといい。私は暫く城を空ける」
「え!? 暫くとは……どれ程ですか?」
「わからぬ。どれ程かかるかな……。一月まではいかないにしろ」
「一月!?」
澪はキィンと耳鳴りがする程の大声を上げた。しかし、その声は歩澄の鼓膜を刺激しただけで、直ぐに金槌を叩く音に呑まれていく。
右耳に人差し指を入れ、顔をしかめた歩澄は、口角をひきつらせて「伊吹に言ったからな。私が王に相応しい器であると証明するとな」と言った。
「証明とは……」
「匠閃郷を立て直す」
「え!?」
「小菅村以上に貧しい村がまだいくつもある。最低二十だ。廃屋同然の家を建て直し、生活できる環境を整える」
「そ、そのようなこと……どうやって」
「もうすぐ客人が来る。お前も立ち会うといい」
歩澄はそう言って優しく微笑んだ。
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