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豊潤な郷【22】
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澪は樽の蓋をしっかりと閉めると、重たいそれを抱えて荷台へと乗せた。
「落様は本当に親切な方なのですね。私のような余所者に対してそのようなことを言って下さるのですから」
「余所者など……昨日も言ったが、澪は俺の家来が拐ってしまったわけだしな。心細いであろうに……だ、だからせめて何か力になれることがあれば協力したいと思ったのだ」
その言葉に、澪はふわりと微笑んだ。伊吹になら直接葉月について尋ねてもいい気がしたのだ。
「それでは一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「……ああ。何だ」
「刀を探しているのです。柔らかくしなる刀で、中々切れぬ刀です。あの万浬や玄浬の模造品として売られているようなのですが」
「あ……ああ。その刀なら俺の部屋にあるぞ」
「本当ですか!?」
澪はぱあっと表情を輝かせた。その表情に、伊吹は何か特別なものを感じた。澪にとってその刀の存在が大きいことなど明白であった。
「あるが……あの刀が何だというのだ」
「あの刀は……私が鍛刀したものなのです」
「な……に?」
おかしなことを言う、と伊吹は顔をしかめた。統主の娘である澪が鍛刀するなど、あるはずがない。そう思うのは至極まっとうなこと。
「私の母は元々町娘でして、その母方の祖父が刀鍛冶だったのです。故に私はその技術を学び、鍛刀したのです。ですが、その刀を盗まれてしまいまして……ずっと探していたのです」
「……何故ここにあるとわかった?」
鍛刀の技術を持つ由はわかったが、伊吹に刀の行方を尋ねたことは解せない。
「私が鍛刀した刀は二振りあります。その一振りを歩澄様が持っていたのです」
「なんだと……」
「なので、より高値で売れる統主に売り付けているのではないかと思いまして……」
「皇成には聞いたのか?」
「いえ……八雲様のところへは宴に招かれて歩澄様にお供しただけですから……。直接話す機会は殆どございませんでした」
警戒されてはならない。あくまでも信頼を得た上で、協力を仰ぐのだ。万浬や玄浬との関係も、九重との関係も話す必要などない。葉月さえ取り返せればそれでいい。澪は慎重に言葉を選んだ。
「うむ……。そうか。それで、その刀を返して欲しいと」
「はい……。もし高値で買い取ったのなら、同じ金額をお支払いします。もし使用していないのであれば譲っていただけませんか?」
どれ程の値段で取引されたものかはわからぬ。しかし、事情を歩澄に話せば一時的に金を貸してもらえるだろう。借りた金は歩澄に返していけばよい。そう澪は考えていた。しかし、その考えは伊吹に勘づかれていた。
「同じ金額だと……? ……二千両(※二億六千万円)だ」
「え!?」
「買い取ると言うのであればそれを支払ってもらう」
「に、二千両……ですか?」
まさか、と澪は瞳を揺らす。名工の刀でさえそれほどの値がつくことは珍しい。国宝級の燈獅子であったならばその値段も頷けたやもしれぬ。しかし、所詮は模造品として売り出された刀。そんな値がつくわけがない。伊吹は嘘をついている。そうは思うが、何故そのような嘘をつくのか理解ができなかった。
これを期に澪を騙して金を取ろうとする男には見えなかったのだ。
「そうだ。それでも支払えるのか?」
「そ、それは……」
二千両もあれば、郷はかなり潤う。匠閃郷であれば救える村かいくつもある。そのような大金を歩澄から借りるわけにはいかない。
「実に高い買い物であった。そなたの大切なものであれば譲ってやりたいが……」
「そんな……あ、あの……一度見せていただけませんか?」
若しかしたら、伊吹が言っている刀は葉月ではなく、本当の国宝級の名刀なのかもしれない。それならば二千両ということもなくはない。
ざわざわとした落ち着かない感情が全身を包む。伊吹は自ら協力したいと申し出た。しかし、刀を譲る気など更々ない様子に戸惑うばかりだ。
「……いいだろう。この水汲みが終わったら案内してやる」
「はい……」
「……あの刀はそなたにとってそれ程大切なものなのか?」
「はい。私の探している刀であれば、とても大切な刀なのです。思い出がたくさん詰まった……」
「もう一振りは歩澄が持っていると言ったな」
「はい」
「……故に、歩澄の元に留まっているのか?」
伊吹は、澪にとって大切な刀を持っている歩澄だからこそ、側にいるのやもしれぬとも考えていた。だとすれば、己が刀を手放さないと言えば、このまま己が刀を譲るまで翠穣郷に残ってくれるのではないかと思い始めていた。
「落様は本当に親切な方なのですね。私のような余所者に対してそのようなことを言って下さるのですから」
「余所者など……昨日も言ったが、澪は俺の家来が拐ってしまったわけだしな。心細いであろうに……だ、だからせめて何か力になれることがあれば協力したいと思ったのだ」
その言葉に、澪はふわりと微笑んだ。伊吹になら直接葉月について尋ねてもいい気がしたのだ。
「それでは一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「……ああ。何だ」
「刀を探しているのです。柔らかくしなる刀で、中々切れぬ刀です。あの万浬や玄浬の模造品として売られているようなのですが」
「あ……ああ。その刀なら俺の部屋にあるぞ」
「本当ですか!?」
澪はぱあっと表情を輝かせた。その表情に、伊吹は何か特別なものを感じた。澪にとってその刀の存在が大きいことなど明白であった。
「あるが……あの刀が何だというのだ」
「あの刀は……私が鍛刀したものなのです」
「な……に?」
おかしなことを言う、と伊吹は顔をしかめた。統主の娘である澪が鍛刀するなど、あるはずがない。そう思うのは至極まっとうなこと。
「私の母は元々町娘でして、その母方の祖父が刀鍛冶だったのです。故に私はその技術を学び、鍛刀したのです。ですが、その刀を盗まれてしまいまして……ずっと探していたのです」
「……何故ここにあるとわかった?」
鍛刀の技術を持つ由はわかったが、伊吹に刀の行方を尋ねたことは解せない。
「私が鍛刀した刀は二振りあります。その一振りを歩澄様が持っていたのです」
「なんだと……」
「なので、より高値で売れる統主に売り付けているのではないかと思いまして……」
「皇成には聞いたのか?」
「いえ……八雲様のところへは宴に招かれて歩澄様にお供しただけですから……。直接話す機会は殆どございませんでした」
警戒されてはならない。あくまでも信頼を得た上で、協力を仰ぐのだ。万浬や玄浬との関係も、九重との関係も話す必要などない。葉月さえ取り返せればそれでいい。澪は慎重に言葉を選んだ。
「うむ……。そうか。それで、その刀を返して欲しいと」
「はい……。もし高値で買い取ったのなら、同じ金額をお支払いします。もし使用していないのであれば譲っていただけませんか?」
どれ程の値段で取引されたものかはわからぬ。しかし、事情を歩澄に話せば一時的に金を貸してもらえるだろう。借りた金は歩澄に返していけばよい。そう澪は考えていた。しかし、その考えは伊吹に勘づかれていた。
「同じ金額だと……? ……二千両(※二億六千万円)だ」
「え!?」
「買い取ると言うのであればそれを支払ってもらう」
「に、二千両……ですか?」
まさか、と澪は瞳を揺らす。名工の刀でさえそれほどの値がつくことは珍しい。国宝級の燈獅子であったならばその値段も頷けたやもしれぬ。しかし、所詮は模造品として売り出された刀。そんな値がつくわけがない。伊吹は嘘をついている。そうは思うが、何故そのような嘘をつくのか理解ができなかった。
これを期に澪を騙して金を取ろうとする男には見えなかったのだ。
「そうだ。それでも支払えるのか?」
「そ、それは……」
二千両もあれば、郷はかなり潤う。匠閃郷であれば救える村かいくつもある。そのような大金を歩澄から借りるわけにはいかない。
「実に高い買い物であった。そなたの大切なものであれば譲ってやりたいが……」
「そんな……あ、あの……一度見せていただけませんか?」
若しかしたら、伊吹が言っている刀は葉月ではなく、本当の国宝級の名刀なのかもしれない。それならば二千両ということもなくはない。
ざわざわとした落ち着かない感情が全身を包む。伊吹は自ら協力したいと申し出た。しかし、刀を譲る気など更々ない様子に戸惑うばかりだ。
「……いいだろう。この水汲みが終わったら案内してやる」
「はい……」
「……あの刀はそなたにとってそれ程大切なものなのか?」
「はい。私の探している刀であれば、とても大切な刀なのです。思い出がたくさん詰まった……」
「もう一振りは歩澄が持っていると言ったな」
「はい」
「……故に、歩澄の元に留まっているのか?」
伊吹は、澪にとって大切な刀を持っている歩澄だからこそ、側にいるのやもしれぬとも考えていた。だとすれば、己が刀を手放さないと言えば、このまま己が刀を譲るまで翠穣郷に残ってくれるのではないかと思い始めていた。
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