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豊潤な郷【16】
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伊吹は大樽が六つ乗る程の大きな荷台を引いて井戸を目指した。特別な井戸で、匠閃郷の雨水を溜めているような物とは違った。濾過器で少しずつ濾過した水を一時も休む事なく貯溜させていた。故に、純度の高い水である。
「飲み水を使うのですか?」
「こちらは出荷用だ。これは洸烈郷に届ける。残り二つは別の井戸から水を汲み、今から畑に使う」
そう言いながら伊吹は手際よく樽を抱えて荷台から降ろした。澪も反対側から手を伸ばす。
「よせ。無理はするな。空でもかなりの重さだぞ」
軽々と樽を持ち上げながら伊吹は笑うが、澪は「大丈夫だと言ったではありませんか。見た目に騙されてはなりませんよ」と伊吹同様樽を持ち上げた。
その姿にぎょっとした伊吹は、思わず樽を落としそうになる。
勧玄の修行を受けて、普通の女人のような体つきになった澪。しかし、着物の中に潜む体は今もしっかりと筋肉がついている。
見た目にはわからないが、筋力は発達し過ぎたあの時のまま。つい力んでしまえば筋肉は盛り上がり、本来の姿が見え隠れする。
「とても力があるようには見えんがな……」
「力仕事は得意なのです」
笑顔を見せる澪に驚きながらも、伊吹は手を止める事なく樽に水を汲み始めた。樽がいっぱいになるとそれを荷台に戻す。その流れを見ていた澪は、見よう見真似で樽に水を汲み始めた。
積極的に伊吹を手伝う澪の姿を伊吹はじっと見つめていた。今の光景が信じられないのだ。統主の娘であり、他郷統主と恋仲になった女が自ら農作業を手伝おうと手を差し伸べた。
潤銘郷はきらびやかで異国のような郷。富の郷と言われているほど裕福であり、女人は皆美しく着飾り、高貴な香りに身を包んでいる。伊吹とてその姿を初めて見た時には心底驚いた。城下にいる女人が皆、高貴な身分である女人同様の装飾品を付けて歩いているのだ。翠穣郷では考えられぬ光景であった。
その郷の統主である歩澄の女。寝間着のまま拐ってきてしまったが故に、用意させた着物。それなりに良質な物を用意したのだが、畑仕事をするには汚れてしまい、勿体ないと澪が言った。使い古された着物を見てこれでいいと袖を通した。
城下の民の中でも、身分の低い者が身に付けるような着物に自ら身を包み、手を濡らして水汲みをしているのだ。
歩澄の側にいれば、このようなことなどする必要もない。潤銘郷の女人以上に統主の女として派手に着飾り優雅な暮らしを堪能すれば良い。そうは思うのに、澪からはそのような生活をしている印象を受けなかった。
「よっと」
水を汲み終えた澪は、両手で樽を抱え、そのまま持ち上げた。
「なっ……」
伊吹は驚きのあまり言葉を失っていた。大和でさえ、根を上げる程の重労働である。それをこの体のどこにそれ程の力を秘めているのかと不思議でならない。
家来が目にした澪の剣術といい、目の当たりにしている強靭な体といい、歩澄が惚れた女はただ美しいだけの飾りのような女とは違う、と澪を見る目が変わっていくのを感じていた。
「さあ、伊吹様。早く終えて畑に戻りましょう!」
元気の良い声で言った澪に促される形で、伊吹は交代で水汲みを行った。
「飲み水を使うのですか?」
「こちらは出荷用だ。これは洸烈郷に届ける。残り二つは別の井戸から水を汲み、今から畑に使う」
そう言いながら伊吹は手際よく樽を抱えて荷台から降ろした。澪も反対側から手を伸ばす。
「よせ。無理はするな。空でもかなりの重さだぞ」
軽々と樽を持ち上げながら伊吹は笑うが、澪は「大丈夫だと言ったではありませんか。見た目に騙されてはなりませんよ」と伊吹同様樽を持ち上げた。
その姿にぎょっとした伊吹は、思わず樽を落としそうになる。
勧玄の修行を受けて、普通の女人のような体つきになった澪。しかし、着物の中に潜む体は今もしっかりと筋肉がついている。
見た目にはわからないが、筋力は発達し過ぎたあの時のまま。つい力んでしまえば筋肉は盛り上がり、本来の姿が見え隠れする。
「とても力があるようには見えんがな……」
「力仕事は得意なのです」
笑顔を見せる澪に驚きながらも、伊吹は手を止める事なく樽に水を汲み始めた。樽がいっぱいになるとそれを荷台に戻す。その流れを見ていた澪は、見よう見真似で樽に水を汲み始めた。
積極的に伊吹を手伝う澪の姿を伊吹はじっと見つめていた。今の光景が信じられないのだ。統主の娘であり、他郷統主と恋仲になった女が自ら農作業を手伝おうと手を差し伸べた。
潤銘郷はきらびやかで異国のような郷。富の郷と言われているほど裕福であり、女人は皆美しく着飾り、高貴な香りに身を包んでいる。伊吹とてその姿を初めて見た時には心底驚いた。城下にいる女人が皆、高貴な身分である女人同様の装飾品を付けて歩いているのだ。翠穣郷では考えられぬ光景であった。
その郷の統主である歩澄の女。寝間着のまま拐ってきてしまったが故に、用意させた着物。それなりに良質な物を用意したのだが、畑仕事をするには汚れてしまい、勿体ないと澪が言った。使い古された着物を見てこれでいいと袖を通した。
城下の民の中でも、身分の低い者が身に付けるような着物に自ら身を包み、手を濡らして水汲みをしているのだ。
歩澄の側にいれば、このようなことなどする必要もない。潤銘郷の女人以上に統主の女として派手に着飾り優雅な暮らしを堪能すれば良い。そうは思うのに、澪からはそのような生活をしている印象を受けなかった。
「よっと」
水を汲み終えた澪は、両手で樽を抱え、そのまま持ち上げた。
「なっ……」
伊吹は驚きのあまり言葉を失っていた。大和でさえ、根を上げる程の重労働である。それをこの体のどこにそれ程の力を秘めているのかと不思議でならない。
家来が目にした澪の剣術といい、目の当たりにしている強靭な体といい、歩澄が惚れた女はただ美しいだけの飾りのような女とは違う、と澪を見る目が変わっていくのを感じていた。
「さあ、伊吹様。早く終えて畑に戻りましょう!」
元気の良い声で言った澪に促される形で、伊吹は交代で水汲みを行った。
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