80 / 275
赤髪の少女【10】
しおりを挟む
先程できたばかりだと持ってきたものである。その箱を澪に渡す。
「似合わないと言ったのは……あの色の事だ。お前にはそちらの方が似合う」
歩澄は照れ隠しに視線を外した。中身を確認した澪は、胸が一杯になった。象牙色の美しい花であった。思わず息を呑んだ。花の周りにいくつもあしらってあるのはおそらく碧空石。梓月が贈ってくれたものよりも遥かに高価な物である。
「ほ、歩澄様……さすがにここまで高価な物はいただけません」
「梓月からの贈り物は受け取って私からの贈り物は突き返すのか?」
歩澄は不機嫌そうに息をつく。
「そ、そのような事は……」
「それと、その傷の事についてはすまなかった……。本意ではない」
歩澄は目を伏せ、瞳を揺らした。澪は気にしていたのかと目を見張ったが、直ぐに笑みを溢した。
「わかっておりますよ。私も気にしていません。……大切にしますね」
何を言ってもこの髪飾りを受け取るしかなさそうだ。組敷かれた詫びの品としていただいておこう。そう澪は思い直すことにした。
その日から澪は、毎日歩澄に贈られた髪飾りを付けていた。動く度に碧空石が輝いて見える。梓月の髪飾りとは違い、動いた時に垂れた装飾品が揺れないため、動きやすくもあった。
不意に名前を呼ばれ、振り返るとそこには梓月の姿があった。
「あれ? 新しい髪飾り?」
梓月はそう澪の髪を見て言ったが、嫌な予感がした。象牙色の花に、散りばめられた碧空石。まるで歩澄が「澪は私のものだ」と言わんばかりに主張しているようだったからだ。
「うん。歩澄様にいただいたの。潤銘郷の象徴だよね? ちょっと照れ臭いけど」
澪はそう言って笑う。
(潤銘郷のじゃない。歩澄様のだ)
梓月は平然を装い「……似合うね」と言った。
「ありがとう。梓月くんに貰ったのも大切に使わせてもらうね」
歩澄にも「たまに変えるのも悪くはないかもな」と言われたのだった。二人の心中など知る由もない澪は、無垢な笑顔を梓月に向けた。
「うん。……歩澄様とは恋仲になったの?」
「え!? ち、違うよ!」
澪は、あの宵の事を見透かされたかのように顔を真っ赤にさせ、否定した。
「そう。澪には好きな男がいるの?」
梓月は、ただならぬ澪の反応に眉をひそめ、そう尋ねた。
「……幼い頃からの片想いなの。でも、会えなくて……。梓月くん、知らないかなぁ? 潤銘郷の出身らしいんだけど」
澪の言葉を聞き、梓月は澪が潤銘郷に入り込んだのはその男を探すためかと察した。
「どんな人?」
潤銘郷の出身者で匠閃郷へ出向いたことのある者。その年とこの郷を出た者を調べれば粗方検討はつく。梓月は、澪が想う男がどんな男か気になって仕方がなかった。
「それがね、高熱と毒のせいで覚えてないの。ただ、蒼くんって名前だった」
澪がそう言った途端、梓月は目眩にも似た感覚に陥った。
「……年は?」
「うーん、私よりも少し上だと思うけど正確には……」
「そう。何年前の話?」
「十五年前」
「わかった。少し調べてみるよ」
「本当!?」
「うん。ところで澪、匠閃郷統主の……父親の本名を教えてくれる?」
梓月の言葉に澪は訳がわからないと言ったように数回瞬きをした。
「本名? ……父の名前は憲明だけど」
「そう、わかった。それじゃ、何か知ることができたら報告する」
梓月はそう言って笑みを見せた。
(やはりな……。澪は、統主になると役名で呼ばれるようになることを知らないようだな。幼い頃より郷の情勢について触れる機会がなかったのか。まずいな……)
当然重臣である梓月は、歩澄の本名が蒼であることを知っている。そして、いつぞや歩澄が「匠閃郷には赤い髪をした女が生まれる村があるのだろうか」と調べ事をしていた。
全ての辻褄が合ってしまった。恐らく気付いていないのは本人達だけ。梓月は確証を得るため十五年前の帳簿を調べようと思うものの、そうするまでもないことは目に見えていた。
この事実、暫くは澪に気付かれないよう黙っていようと梓月は思った。
ただ、いつの間に二人が髪飾りをやり取りするような仲になったのか。梓月には見当もつかないことであった。
そんな梓月の考えとは裏腹に、運命は少しずつ動き出す。
「似合わないと言ったのは……あの色の事だ。お前にはそちらの方が似合う」
歩澄は照れ隠しに視線を外した。中身を確認した澪は、胸が一杯になった。象牙色の美しい花であった。思わず息を呑んだ。花の周りにいくつもあしらってあるのはおそらく碧空石。梓月が贈ってくれたものよりも遥かに高価な物である。
「ほ、歩澄様……さすがにここまで高価な物はいただけません」
「梓月からの贈り物は受け取って私からの贈り物は突き返すのか?」
歩澄は不機嫌そうに息をつく。
「そ、そのような事は……」
「それと、その傷の事についてはすまなかった……。本意ではない」
歩澄は目を伏せ、瞳を揺らした。澪は気にしていたのかと目を見張ったが、直ぐに笑みを溢した。
「わかっておりますよ。私も気にしていません。……大切にしますね」
何を言ってもこの髪飾りを受け取るしかなさそうだ。組敷かれた詫びの品としていただいておこう。そう澪は思い直すことにした。
その日から澪は、毎日歩澄に贈られた髪飾りを付けていた。動く度に碧空石が輝いて見える。梓月の髪飾りとは違い、動いた時に垂れた装飾品が揺れないため、動きやすくもあった。
不意に名前を呼ばれ、振り返るとそこには梓月の姿があった。
「あれ? 新しい髪飾り?」
梓月はそう澪の髪を見て言ったが、嫌な予感がした。象牙色の花に、散りばめられた碧空石。まるで歩澄が「澪は私のものだ」と言わんばかりに主張しているようだったからだ。
「うん。歩澄様にいただいたの。潤銘郷の象徴だよね? ちょっと照れ臭いけど」
澪はそう言って笑う。
(潤銘郷のじゃない。歩澄様のだ)
梓月は平然を装い「……似合うね」と言った。
「ありがとう。梓月くんに貰ったのも大切に使わせてもらうね」
歩澄にも「たまに変えるのも悪くはないかもな」と言われたのだった。二人の心中など知る由もない澪は、無垢な笑顔を梓月に向けた。
「うん。……歩澄様とは恋仲になったの?」
「え!? ち、違うよ!」
澪は、あの宵の事を見透かされたかのように顔を真っ赤にさせ、否定した。
「そう。澪には好きな男がいるの?」
梓月は、ただならぬ澪の反応に眉をひそめ、そう尋ねた。
「……幼い頃からの片想いなの。でも、会えなくて……。梓月くん、知らないかなぁ? 潤銘郷の出身らしいんだけど」
澪の言葉を聞き、梓月は澪が潤銘郷に入り込んだのはその男を探すためかと察した。
「どんな人?」
潤銘郷の出身者で匠閃郷へ出向いたことのある者。その年とこの郷を出た者を調べれば粗方検討はつく。梓月は、澪が想う男がどんな男か気になって仕方がなかった。
「それがね、高熱と毒のせいで覚えてないの。ただ、蒼くんって名前だった」
澪がそう言った途端、梓月は目眩にも似た感覚に陥った。
「……年は?」
「うーん、私よりも少し上だと思うけど正確には……」
「そう。何年前の話?」
「十五年前」
「わかった。少し調べてみるよ」
「本当!?」
「うん。ところで澪、匠閃郷統主の……父親の本名を教えてくれる?」
梓月の言葉に澪は訳がわからないと言ったように数回瞬きをした。
「本名? ……父の名前は憲明だけど」
「そう、わかった。それじゃ、何か知ることができたら報告する」
梓月はそう言って笑みを見せた。
(やはりな……。澪は、統主になると役名で呼ばれるようになることを知らないようだな。幼い頃より郷の情勢について触れる機会がなかったのか。まずいな……)
当然重臣である梓月は、歩澄の本名が蒼であることを知っている。そして、いつぞや歩澄が「匠閃郷には赤い髪をした女が生まれる村があるのだろうか」と調べ事をしていた。
全ての辻褄が合ってしまった。恐らく気付いていないのは本人達だけ。梓月は確証を得るため十五年前の帳簿を調べようと思うものの、そうするまでもないことは目に見えていた。
この事実、暫くは澪に気付かれないよう黙っていようと梓月は思った。
ただ、いつの間に二人が髪飾りをやり取りするような仲になったのか。梓月には見当もつかないことであった。
そんな梓月の考えとは裏腹に、運命は少しずつ動き出す。
0
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる