66 / 275
神室歩澄の右腕【11】
しおりを挟む
「それからというもの、歩澄様は人が変わったように稽古に励み、政を学んだ。そして、殺生も。
幼い歩澄様が統主となった事で、騙して潤銘郷を手に入れようとする輩も後を絶たなかった。私が教えたのだ。大切な者を守るのであれば、害となるものは全て斬れと。
歩澄様は、片っ端からそれに該当する者を殺した。私は家来を遣い、そやつらの亡骸をその者達の郷へ持っていき、見せしめのように吊るした。
それからだ。歩澄様が冷酷非道と言われるようになったのは。幼い歩澄様をお守りするためには、強靭な力の持ち主であると見せつけるしかなかった。
歩澄様が鬼の子と呼ばれようとも、統主の座が欲しくて両親を手にかけたのではないかと疑われようとも、あの方が自分の手で何も守れなかったと絶望する姿を私は見たくなかった」
澪には、秀虎の気持ちが痛い程強く伝わってきた。九重も勧玄も同じ気持ちだったのだろう。そう思うと目頭が熱くなった。
「しかし殺生をする度、ご両親を思い出すのだろう。お二人の亡骸を見ても涙を流さなかった歩澄様は、殺生をした後必ず自室に籠って涙を流される。今回もそうであったのだろうな……。
千依の事は最初から覚悟していた事だ。妹を殺すよう頼んだことを後悔などしていない。然れど、私は歩澄様に酷な頼みをしてしまった。私諸共殺して欲しいとな……。
千依を殺すことだけでも心苦しいだろうに、そんな歩澄様に私の事も殺してくれと言ってしまったのだ……」
秀虎は、まるで懺悔でもするかのように俯き顔を歪めた。
「どうしてそのような話を私にして下さるのですか?」
「……お前には身分がないのだろう? 今や私の身分は歩澄様のすぐ下にいる。家来の前では弱音も吐けんのだ」
そう言って秀虎は、諦めたように眉を下げて笑った。
「それでは、一番上の歩澄様にとって唯一弱音を吐けるのは、幼い頃からの歩澄様を知る秀虎様だけなのですね」
澪がそう言えば、秀虎は何かに気付かされたかのように目を見開いた。
「し、しかし……私は民を危険に曝した。妹の罪は私の罪でもある。処罰を終えたら、私はここを出ていく」
秀虎はそう言ったが、その表情には未練が残っていた。
「歩澄様が出ていけと言ったのですか?」
「あの方はそのような事は言わない!」
「でしたら、追い出されるまで図々しく居座ったらよろしいではありませんか」
「……なんだと?」
「あの方は不要なものは切り捨てるのでしょう? それでしたら、秀虎様が必要でなくなった時、ご統主自らそうおっしゃるでしょう」
「それは……そうだが……」
澪の言葉に秀虎は唖然とした。まさかそのような言葉が返ってくるとは思いもよらなかったのだ。
「それに、ご存知ですか? ここの家来達は秀虎様方重臣以外はとても弱く、お粗末な戦闘力です」
「なっ……」
「あれでは潤銘郷どころか、城すら守れませんよ」
「……言ってくれるな」
「当然です。私は、匠閃郷をここのご統主に預けているのですからね。秀虎様がいなくなったら、この弱い戦力でどうやって匠閃郷を守って下さるのですか?」
遠慮のない澪の言葉に、秀虎は頭を抱えた。
「……家来達の鍛練は強化させよう。……そんなに弱いか?」
「弱いです。三十人程度なら、私一人でも勝てます」
「まさか……」
秀虎は冗談を、と笑おうとしたが、一瞬見せた澪の殺気を察知し、口ごもった。
「匠閃郷は、守っていただかなければ困るのです。統主の……父上のせいで民が困窮しているのですから」
「そのような責任を感じることもできるのだな」
秀虎は、馬鹿にしたように澪を笑った。
「……私は、城を逃げ出してある村で過ごしました。母方の祖父の元で、師匠と共に。私にとっては、二人が育ての親であり、全てでした」
澪は、先程秀虎が語った昔話の礼でもするかのように、自らの思い出に触れた。
「そこで私は刀を覚え、戦闘力を身につけた。師匠は、その辺の統主とだって互角に戦えると褒めて下さいましたよ」
そう言って一瞬頬を緩めた澪だったが、その刹那、瞳を揺らして「しかし、それでも守れなかった」と続けた。
「二人は殺されました。……殺したのは実母付きの重臣です」
澪がそう言うと秀虎は息を飲み、焦げ茶色の瞳を更に大きく開いた。
「母は、実の父親を殺したのです。私の命をとるために……」
「……お前、何を背負って生きてきた?」
「それはまだ言えません。今言えるのはここまでです。ただ、私はあの村を守りたい。逃げ場のない私を受け入れてくれたあの村を、守りたいだけなのです。
……私が城に留まっていれば、二人は殺されずに済みました。しかし、村に行かなければ、二人と共に暮らせなかった。
城を出た事を悔いてはいません。ですが、私にはやらねばならぬことがあります。そのためにも、匠閃郷の民は無事でいてもらわなければ困るのです」
「……そうか」
秀虎は静かに頷いた。
「秀虎様にもやることがあるのでしょう? 歩澄様を王にするのではないのですか?」
「……ああ」
「でしたら、出ていく事など考えず、前に進むことだけ考えればよろしいのです。そして、匠閃郷も守って下さいまし」
澪が歯を見せて笑うと、「図々しい奴だな」と秀虎もつられて笑った。
ーー
澪の後をつけ、全ての内容を聞いていた歩澄は、その場に踞り目にいっぱいの涙を溜めていた。
秀虎が城を後にしようとしていることなど目に見えていた。命令にて留まらせておくつもりではいたが、居づらさを抱えたまま歩澄の傍に仕えさせておくのも酷であると感じていた。
しかし澪は、そんな歩澄の心配を余所に匠閃郷を守るために留まれと引き留めたのだ。
余計な事を、と思いながらも幸甚と感じずにはいられなかった。
幼い歩澄様が統主となった事で、騙して潤銘郷を手に入れようとする輩も後を絶たなかった。私が教えたのだ。大切な者を守るのであれば、害となるものは全て斬れと。
歩澄様は、片っ端からそれに該当する者を殺した。私は家来を遣い、そやつらの亡骸をその者達の郷へ持っていき、見せしめのように吊るした。
それからだ。歩澄様が冷酷非道と言われるようになったのは。幼い歩澄様をお守りするためには、強靭な力の持ち主であると見せつけるしかなかった。
歩澄様が鬼の子と呼ばれようとも、統主の座が欲しくて両親を手にかけたのではないかと疑われようとも、あの方が自分の手で何も守れなかったと絶望する姿を私は見たくなかった」
澪には、秀虎の気持ちが痛い程強く伝わってきた。九重も勧玄も同じ気持ちだったのだろう。そう思うと目頭が熱くなった。
「しかし殺生をする度、ご両親を思い出すのだろう。お二人の亡骸を見ても涙を流さなかった歩澄様は、殺生をした後必ず自室に籠って涙を流される。今回もそうであったのだろうな……。
千依の事は最初から覚悟していた事だ。妹を殺すよう頼んだことを後悔などしていない。然れど、私は歩澄様に酷な頼みをしてしまった。私諸共殺して欲しいとな……。
千依を殺すことだけでも心苦しいだろうに、そんな歩澄様に私の事も殺してくれと言ってしまったのだ……」
秀虎は、まるで懺悔でもするかのように俯き顔を歪めた。
「どうしてそのような話を私にして下さるのですか?」
「……お前には身分がないのだろう? 今や私の身分は歩澄様のすぐ下にいる。家来の前では弱音も吐けんのだ」
そう言って秀虎は、諦めたように眉を下げて笑った。
「それでは、一番上の歩澄様にとって唯一弱音を吐けるのは、幼い頃からの歩澄様を知る秀虎様だけなのですね」
澪がそう言えば、秀虎は何かに気付かされたかのように目を見開いた。
「し、しかし……私は民を危険に曝した。妹の罪は私の罪でもある。処罰を終えたら、私はここを出ていく」
秀虎はそう言ったが、その表情には未練が残っていた。
「歩澄様が出ていけと言ったのですか?」
「あの方はそのような事は言わない!」
「でしたら、追い出されるまで図々しく居座ったらよろしいではありませんか」
「……なんだと?」
「あの方は不要なものは切り捨てるのでしょう? それでしたら、秀虎様が必要でなくなった時、ご統主自らそうおっしゃるでしょう」
「それは……そうだが……」
澪の言葉に秀虎は唖然とした。まさかそのような言葉が返ってくるとは思いもよらなかったのだ。
「それに、ご存知ですか? ここの家来達は秀虎様方重臣以外はとても弱く、お粗末な戦闘力です」
「なっ……」
「あれでは潤銘郷どころか、城すら守れませんよ」
「……言ってくれるな」
「当然です。私は、匠閃郷をここのご統主に預けているのですからね。秀虎様がいなくなったら、この弱い戦力でどうやって匠閃郷を守って下さるのですか?」
遠慮のない澪の言葉に、秀虎は頭を抱えた。
「……家来達の鍛練は強化させよう。……そんなに弱いか?」
「弱いです。三十人程度なら、私一人でも勝てます」
「まさか……」
秀虎は冗談を、と笑おうとしたが、一瞬見せた澪の殺気を察知し、口ごもった。
「匠閃郷は、守っていただかなければ困るのです。統主の……父上のせいで民が困窮しているのですから」
「そのような責任を感じることもできるのだな」
秀虎は、馬鹿にしたように澪を笑った。
「……私は、城を逃げ出してある村で過ごしました。母方の祖父の元で、師匠と共に。私にとっては、二人が育ての親であり、全てでした」
澪は、先程秀虎が語った昔話の礼でもするかのように、自らの思い出に触れた。
「そこで私は刀を覚え、戦闘力を身につけた。師匠は、その辺の統主とだって互角に戦えると褒めて下さいましたよ」
そう言って一瞬頬を緩めた澪だったが、その刹那、瞳を揺らして「しかし、それでも守れなかった」と続けた。
「二人は殺されました。……殺したのは実母付きの重臣です」
澪がそう言うと秀虎は息を飲み、焦げ茶色の瞳を更に大きく開いた。
「母は、実の父親を殺したのです。私の命をとるために……」
「……お前、何を背負って生きてきた?」
「それはまだ言えません。今言えるのはここまでです。ただ、私はあの村を守りたい。逃げ場のない私を受け入れてくれたあの村を、守りたいだけなのです。
……私が城に留まっていれば、二人は殺されずに済みました。しかし、村に行かなければ、二人と共に暮らせなかった。
城を出た事を悔いてはいません。ですが、私にはやらねばならぬことがあります。そのためにも、匠閃郷の民は無事でいてもらわなければ困るのです」
「……そうか」
秀虎は静かに頷いた。
「秀虎様にもやることがあるのでしょう? 歩澄様を王にするのではないのですか?」
「……ああ」
「でしたら、出ていく事など考えず、前に進むことだけ考えればよろしいのです。そして、匠閃郷も守って下さいまし」
澪が歯を見せて笑うと、「図々しい奴だな」と秀虎もつられて笑った。
ーー
澪の後をつけ、全ての内容を聞いていた歩澄は、その場に踞り目にいっぱいの涙を溜めていた。
秀虎が城を後にしようとしていることなど目に見えていた。命令にて留まらせておくつもりではいたが、居づらさを抱えたまま歩澄の傍に仕えさせておくのも酷であると感じていた。
しかし澪は、そんな歩澄の心配を余所に匠閃郷を守るために留まれと引き留めたのだ。
余計な事を、と思いながらも幸甚と感じずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる