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神室歩澄の右腕【6】

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「なぜ、このような事をした?」

「な、何のことでしょうか……」

「この場においてまだしらばっくれる気か! お前、神室家に与えられた恩義を忘れたわけではあるまいな!?」

 秀虎の放つ威圧感に、千依は更に震え上がった。

「申し訳ありません! 兄上! どうか、どうかお許し下さいませ!」

 千依は一気に溢れる涙を溢しながら、その場で頭を垂れた。

「恥さらしもいいところだな……。私は、お前に間者をさせるために嫁にやったわけではない」

「申し訳ございません! 兄上! 二度と致しません! どうか、どうか……お情けを……」

「裏切り者に情けなど無用だ。例え血の繋がりがあろうともな」

「兄上……兄上……あに……」

 千依はその場に踞り、声を上げて泣いた。秀虎はそんな妹の姿を見て、熱くなる目頭をぐっと堪えた。

(泣くな……泣くな……泣くな!)

 己に言い聞かせるように、心の中で叫んだ。

「心配するな。俺も直ぐにいく」

 秀虎は、優しく千依の頭を撫でた。びくっと体を震わせた千依は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにまみれた顔を上げ「なりませぬ! 兄上……それはなりませぬ!」と叫んだ。

「愚かな妹を一人で逝かせられるか。嫁ぐ時に言っただろう? お前は、潤銘郷と栄泰郷の関係を良好なものにするための架け橋だと。どちらの郷にも不利益にならぬよう考えて動けと。決して歩澄様を裏切るなと」

「……はい」

「お前を止められなかった私にも責任がある。お前と私のこの命を以て詫びるのだ」

「……兄上……」

 千依の目に浮かぶは絶望だった。

(お前は利用されたのだ。愚かな妹よ)

 その言葉は飲み込んだ。頼寿にとって千依は捨て駒だった。慕情を利用し、歩澄を探らせるためだけに娶ったのだ。
 死ぬ間際にそんな残酷な事実など突きつけたくはなかった。千依は愛しい者のために命をかけたのだ。千依にとっては、そんな美談で終わらせてやりたいというせめてもの優しさであった。



 秀虎は千依を捕らえ、歩澄に受け渡した。千依が持っていた文には、軍義の内容が事細かに書かれていた。
 歩澄は、やるせない思いを抱えながらもそれが表に出ないよう、表情を作った。
 瑛梓も梓月も、最悪な可能性が的中してしまったと表情を曇らせた。

 千依を牢屋に放り込んだ後、大広間に戻った四人。秀虎はその場で歩澄に頭を下げた。

「申し訳ございませんでした」

「秀虎、面を上げろ。おぬしのせいではない……」

 歩澄は、秀虎には弱い。幼い頃よりずっと傍にいたのだ。辛い時も悲しい時も、勇気づけてくれたのは秀虎であった。
 強く、頼もしく、勇敢な兄のような存在。尊敬に値する秀虎が己に頭を垂れる姿など見たくはなかった。

「そうはいきません! 妹の罪は私の罪! どうか、私諸共死罪にして下さい」

「何を言うか! お前を死罪になどできるわけがなかろう!」

「千依を一人で逝かせるわけにはいきません……」

 歩澄は、秀虎の言葉に片方の眉を動かした。

(最後まで妹を想うか……。しかし、残される側の気持ちまでは考えてはくれぬのだな……)

 歩澄は泣きたい程悲しい気持ちになった。千依を殺したくないのは、歩澄とて同じ事。しかし、間者を許せば他の家来達に示しがつかない。
 家来の不安を煽り、民を危険に曝すわけにはいかない。

 潤銘郷全ての民の命を預かる身として、裏切り者を生かしておくわけにはいかない。

「……秀虎、お前の処遇は後に決める。今宵は、千依と共に過ごせ。最後の時をくれてやる。明朝、千依の打ち首を決行する」

「……承知致しました」

 歩澄の命令は絶対である。秀虎がどんなに懇願しようとも、歩澄が決めた事に従うしかなかった。
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