46 / 228
毒草事件【14】
しおりを挟む
「澪……ちょっといいか?」
隣にしゃがみ、耳打ちをする五平。
「どうかしたの?」
「いいから。来てくれ」
そう言われて腰を上げる。隣にいた琥太郎に「琥太郎くん、宴が始まったら先に食べてていいからね」と声をかけた。
こちら側の家来にまで膳が運ばれたということは、おそらく直に宴が始まるだろう。
徳昂は歩澄に夢中で話しかけており、澪の方を見向きもしなかった。
各々の席に膳が運ばれているため、先に始まっても問題はないだろう。そう判断した澪は、五平に続いて部屋を出た。
「どうしたの?」
「……調理場から毒が含まれた花が見つかった」
「そう」
澪は驚かなかった。杓牙草の時とてぞんざいな扱いをしていた徳昂のことだ。今回も毒を盛り込んだことに満足して後片付けを忘れたのだろう。
なんともお粗末である。
「……お前じゃないよな?」
「は?」
澪は、五平の言葉に耳を疑った。
「この事はまだ歩澄様には報告していない。俺は……その、お前のことをそんなに悪い奴じゃないと思っている。でもな、もし恨みから歩澄様を殺すつもりでいるなら……」
「馬鹿じゃないの?」
「なっ……」
澪は呆れたように大きく息をついた。まさか自分が疑われようとは思ってもみなかったからだ。
(迂闊だった……。毒の使い方によってはこうして私を罪人に仕立て上げることも可能だということだ。覚えておかないと……)
澪は五平の袖を掴み、「いい? その毒は私を殺すためのものよ」と小声で言った。
「え!?」
「ここへ来たばかりの時、徳昂という男に毒を盛られた」
「……本当か?」
「訳あって、私には少量の毒なら効かない。けれど、危うく殺されかけた」
「……今回のはどうしてお前を狙ったって言いきれる?」
「私の膳から毒の臭いがした。調理場にあったのは水抄菊という花ではない?」
「……そうだ。でもそれは……」
五平はごくりと唾を飲む。澪が用意した可能性もあると五平は言いたかったが、それを口にするのは気が引けた。
「水抄菊は綺麗な水辺にしか咲かない。匠閃郷の川の水はどこも濁っていて、あの花は咲けない。私がいた村では咲いていることもあったけれど、数日間この城に留まっている私には、生花を持ち込むのは不可能」
「それは……」
「ともすれば、潤銘郷の綺麗な水辺を知っている者。土地勘があって城下に自由に出入りができる者」
「……そんなの役のある重臣なら誰でも可能だ。それに命令があれば、俺達だって……」
「あの男はまだ私を殺すことを諦めていない。もしかしたら、統主の命令かもしれない」
「それはないと思うぞ……。瑛梓様は、歩澄様を信頼しておられるし……」
「五平は、歩澄様と直接話をしたことがあるの?」
「……それは、殆どないけど……」
五平はそう言って目を泳がせた。下っ端であり、瑛梓の家来である五平が直接歩澄と接触するのは不可能に近い。
瑛梓からの情報しか五平にはないのだ。
「それなら歩澄様の考えも、五平にはわからないじゃない。私はまだここの統主を信用したわけじゃない。私とて、瑛梓様や梓月様は実際に接してみて、感謝していることもある。けれど、歩澄様は違う。城で私を殺そうとした男よ」
「……ああ」
そこまで言われてしまっては、五平も返す言葉が見つからなかった。澪の家族を殺し、城に仕えていた者まで皆殺しにしたのだ。澪がこうして五平と話していることとて、本来であれば異様な光景であることは言うまでもない。
「とにかく私は戻る。あの毒をなんとかしないと。五平は、何も知らない振りをして歩澄様に報告するといい。知っていて黙っていたらあんたが疑われる」
「……わかった」
強く頷いた五平を視線を合わせ、澪も同じように頷く。
障子を開けて中に入れば、皆賑わいながら食事を始めていた。
隣にしゃがみ、耳打ちをする五平。
「どうかしたの?」
「いいから。来てくれ」
そう言われて腰を上げる。隣にいた琥太郎に「琥太郎くん、宴が始まったら先に食べてていいからね」と声をかけた。
こちら側の家来にまで膳が運ばれたということは、おそらく直に宴が始まるだろう。
徳昂は歩澄に夢中で話しかけており、澪の方を見向きもしなかった。
各々の席に膳が運ばれているため、先に始まっても問題はないだろう。そう判断した澪は、五平に続いて部屋を出た。
「どうしたの?」
「……調理場から毒が含まれた花が見つかった」
「そう」
澪は驚かなかった。杓牙草の時とてぞんざいな扱いをしていた徳昂のことだ。今回も毒を盛り込んだことに満足して後片付けを忘れたのだろう。
なんともお粗末である。
「……お前じゃないよな?」
「は?」
澪は、五平の言葉に耳を疑った。
「この事はまだ歩澄様には報告していない。俺は……その、お前のことをそんなに悪い奴じゃないと思っている。でもな、もし恨みから歩澄様を殺すつもりでいるなら……」
「馬鹿じゃないの?」
「なっ……」
澪は呆れたように大きく息をついた。まさか自分が疑われようとは思ってもみなかったからだ。
(迂闊だった……。毒の使い方によってはこうして私を罪人に仕立て上げることも可能だということだ。覚えておかないと……)
澪は五平の袖を掴み、「いい? その毒は私を殺すためのものよ」と小声で言った。
「え!?」
「ここへ来たばかりの時、徳昂という男に毒を盛られた」
「……本当か?」
「訳あって、私には少量の毒なら効かない。けれど、危うく殺されかけた」
「……今回のはどうしてお前を狙ったって言いきれる?」
「私の膳から毒の臭いがした。調理場にあったのは水抄菊という花ではない?」
「……そうだ。でもそれは……」
五平はごくりと唾を飲む。澪が用意した可能性もあると五平は言いたかったが、それを口にするのは気が引けた。
「水抄菊は綺麗な水辺にしか咲かない。匠閃郷の川の水はどこも濁っていて、あの花は咲けない。私がいた村では咲いていることもあったけれど、数日間この城に留まっている私には、生花を持ち込むのは不可能」
「それは……」
「ともすれば、潤銘郷の綺麗な水辺を知っている者。土地勘があって城下に自由に出入りができる者」
「……そんなの役のある重臣なら誰でも可能だ。それに命令があれば、俺達だって……」
「あの男はまだ私を殺すことを諦めていない。もしかしたら、統主の命令かもしれない」
「それはないと思うぞ……。瑛梓様は、歩澄様を信頼しておられるし……」
「五平は、歩澄様と直接話をしたことがあるの?」
「……それは、殆どないけど……」
五平はそう言って目を泳がせた。下っ端であり、瑛梓の家来である五平が直接歩澄と接触するのは不可能に近い。
瑛梓からの情報しか五平にはないのだ。
「それなら歩澄様の考えも、五平にはわからないじゃない。私はまだここの統主を信用したわけじゃない。私とて、瑛梓様や梓月様は実際に接してみて、感謝していることもある。けれど、歩澄様は違う。城で私を殺そうとした男よ」
「……ああ」
そこまで言われてしまっては、五平も返す言葉が見つからなかった。澪の家族を殺し、城に仕えていた者まで皆殺しにしたのだ。澪がこうして五平と話していることとて、本来であれば異様な光景であることは言うまでもない。
「とにかく私は戻る。あの毒をなんとかしないと。五平は、何も知らない振りをして歩澄様に報告するといい。知っていて黙っていたらあんたが疑われる」
「……わかった」
強く頷いた五平を視線を合わせ、澪も同じように頷く。
障子を開けて中に入れば、皆賑わいながら食事を始めていた。
0
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる