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命乞い【4】

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「話が違うではありませんか」

「話? どんな話をしたか」

「とぼける気ですか?」

「何のことか、見当もつかん」

 これ以上何かを交渉する気はないのか、彼の冷ややかな視線が澪の視線を捕らえた。その色素の薄い髪によく似合う青碧の瞳をしていた。まるでガラス玉のように透き通り、宝石のように輝いて見えた。

(綺麗……)

 澪は、その瞳に吸い込まれるかのように、一瞬魅了された。しかし、その刹那距離を詰めた歩澄に、澪の本能が反応した。

 刀を振り上げ、軽やかに振ってくる。しかし、澪はその一瞬で違和感を覚えた。

 躊躇? 澪の経験から思い付くのはそれだった。

(まさか。冷酷非道の神室歩澄が私を斬るのに躊躇などするものか……)

 澪はそう思いながら、その一瞬の隙をついて宙に舞い上がった。その脚力と跳躍力は桁外れであり、一気に先程の腰上あたりまで足を上げる。
 避けられたことで動きを止めた歩澄の刀の上に着地した澪は、ずいっと歩澄との顔に、自身の顔を近付けた。

「な……」

 驚いたのか、歩澄は目を見開き、その綺麗な瞳を揺らした。
 しかし、澪が驚いたのは歩澄の腕力である。しなやかな体の線をもつ彼からは、中性的な雰囲気を放ち、その腕とて一見細く頼りなくも見えた。けれど、刀の上に乗っかる澪の全体重を二本の腕で支えている。
 その歩澄の集中力と腕力に脱帽するが、さすがは凱坤刀、なんという耐久力。とその刀の力を褒めずにはいられなかった。

「……なんだ?」

「何が起こった?」

「歩澄様が見誤った?」

「そんな、馬鹿な。歩澄様だぞ……」

 周りはざわざわと騒がしくなる。当然だろう。本来であれば一瞬で片が付き澪は放られた母親同様に血にまみれていた場面だ。誰もが、目の前の光景に己の目を疑った。

 この女が刀を避けた? そんなまさか。そうは思うが、彼らはその事実を誰一人として受け入れられずにいた。

「私はまだ死ねないと言ったはずです。賭けをしませんか?」

 澪は刀の峰に乗ったまま、歩澄に投げ掛けた。

「賭け?」

 眉をひそめた歩澄の表情を確認してから、澪は刀の上より地上に降りた。軽やかに舞い、長い暗赤色の髪が揺れる。
 
「そうです。貴方様の家臣の中で、一番強い者と一対一で戦わせて下さい。もしも私が勝ったなら、このまま生かしておいてくれませんか」

「まだ命乞いをするか……」

「ええ。まだ死ぬわけにはいきませんから」

 余裕とも取れる澪は、にっこりと微笑んでそう言った。

「負けたら?」

「そのまま殺していただいてかまいません」

「? まだ死ねないんじゃなかったか?」

「はい。だって、負けませんから」

 強気に眉と口角を上げる澪を見て、歩澄は刀を鞘に収めた。

「歩澄様!」

 声を上げたのは、目付きの悪い男だった。先程の瑛梓と比べると随分と男臭い。しっかりとした固そうな髪は、黒々としていた。
 体格は戦闘服の上からでもわかる程の筋肉をもっており、線の細い歩澄と並ぶと幾分か逞しく見えた。

 通常であれば、男前の部類に入るのだろうが、醸し出される殺気がその全てを打ち消そうとしていた。

「よいではないか。この私にこんな条件を突き付けてくるなんて、大したものだ。冥土の土産に相手をしてやれ」

 歩澄はふうっと息をつき、髪をかきあげた。その姿さえも美しい。

「し、しかし歩澄様!」

「しつこいぞ、徳昂のりたか。私の命令に逆らうか?」

「い、いえ!」

「だったら言うとおりにしろ」

 歩澄は傍観する体勢をとるかのように、その場から数歩離れた。
 敷き詰められた畳の上。先程歩澄に放り出された母の亡骸はそのすぐに後ろに転がっている。
 その血溜まりを踏んでしまわぬよう、皆避けるようにして澪を囲む。
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