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命乞い【3】

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 姫らしくもない澪の姿を見て、女兵士だとでも思ったのか、彼の戦闘意欲は下がらない。

「澪姫をお探しですか? それでしたら、ここにおります」

 澪は緩やかに口角を上げて言った。

「ここ? ……とは?」

 解せない。といったふうに歩澄の眼光はより鋭くなった。

「私が宗方家の姫、澪だと申しています」

 澪がそう言った瞬間、静寂に包まれた。その刹那、澪のすぐ後方で笑い声が湧いた。それに続くように、囲む軍勢が腹を抱えて笑い転げる。

「お前が姫だと? 何とも滑稽な姫だな」

 歩澄は興味がなさそうに静かにそう言った。他の者と同じように澪を笑う様子はない。

「本当のことです」

「なら郷紋を見せろ。宗方家の姫なら焼印があるはずだ」

 歩澄は、血に濡れた刀に視線を移しその場で勢いよく刀を振るった。血飛沫を放ち、光沢のある刃が顔を出した。

 澪は躊躇なく右の裾を捲り上げた。白く張りのある大腿部が露になり、足の付け根が見えるよう体の向きを変えた。
 周りの男達は、その陶器のように滑らかな肌を見て固唾を飲んだ。

 統主に選ばれた一家は、その年に郷の象徴を意味する郷紋が焼印される。子供が生まれれば、その瞬間から焼きごてを当てられ、統主の一家である証明として一生背負っていく。
 これは、陰謀による赤子のすり替えや影武者の存在を阻止するためにある。
 無論、統主の地位を剥奪されればその焼印もその場で新たな焼きごてを当てられ、その意味を失う。 
 しかし、それは罪人を意味するも同じ事。統主になれるのはその一族としてみなされた者のみ。例え血が繋がっていなくとも、養子縁組や婚姻によっても統主になることは可能である。

 澪の体にその焼印があるのは、この郷の統主である宗方憲明けんめい率いる宗方家の血縁者であることを意味していた。
 匠閃郷の郷紋は、刀剣を連想させる形を象徴として使用されていた。
 腰と足の関節部分に澪の掌より一回り小さいくらいの大きさをした郷紋が現れた。それと同時に彼女を嘲笑っていた声が止んだ。

「瑛梓、確認を」

「はい」

 歩澄は刀を収めることなく、瑛梓と呼ばれた男に目配せをする。それに気付いた瑛梓は静かに頷き、澪の元へやってきた。
 大腿部を露にしている足元に片足をついてしゃがみ、手を伸ばした。

「すまない。触るよ」

 近くで聞くその声は、透き通るような綺麗な声だった。また、その独特の髪も近くで見れば見る程美しく、高級な糸のようだ。
 澪は、紅潮しそうな頬の熱を払うため、神経を違うところに集中させようと瑛梓から視線を外した。
 このように己の年齢と同じ程の殿方に、足を撫でられるなど初めての体験であったからだ。まして、今までこのように彼女に断りを入れてから触れる者もいなかった。

 瑛梓は、その焼印が直接肌に焼き付けられているものであると確かめるように、その肌を指先でなぞる。
 生まれてすぐにこの郷紋を入れられ、ニ十一年もの間、誰にも触らせたことなどなかった。それに触れる指はほんの少し暖かかった。

 痺れるような感覚と、大勢の男性陣の前で大腿部を露にしている羞恥心。その両方で澪の心は押し潰されそうになる。しかし、それでも彼女は我慢しなければならなかった。
 己の目的を果たすために。

「……本物です。大きさ、形状からして歩澄様と同様の郷紋であると思われます」

 瑛梓が立ち上がりそういうと、辺りはざわざわと騒がしくなる。

「そうか。ならば、お前が本物の澪姫で間違いなさそうだな。とんだお姫様がいたものだ」

 そう言う歩澄の声は、実に興味なさ気だった。まるでさっさと事を終わらせて帰りたいとでもいうように。

「ええ。ですから申し上げたではございませんか。私が澪です」

「そうだな。なら、ここで死んでもらおう」

 彼は、さも当然のことのようにその刀を構えた。形、光沢、柄を見て凱坤刀がいこんとうで間違いないなと澪はふと思う。

 匠閃郷出身であり刀を作る職人、刀工を祖父に持つ澪には一瞬で刀の価値を見極める目利きができた。
 凱坤刀は、名刀の中でもかなり良質なものである。良家の兵士が使用するに相応しい刀と言えよう。
 切れ味も耐久性も申し分ない刀である。その刀で切られるのであれば、それも本望かとも頭を過る。しかし、すぐにそれはできないと思い直した。
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