上 下
136 / 208
風雲児

【20】

しおりを挟む
2月20日 木曜日

 テレビから流れる音に耳を傾ける。

「寒い、寒い」

「こんな日は温かいココアでも飲みたいですね」

「じゃあ、かなと一緒にココアする?」

 声に反応して顔を上げれば、画面いっぱいに奏ちゃん。

「あ……」

 思わず洗い物をしていた水を止めて、テレビに駆け寄った。

「ミルクたっぷり、贅沢かな?」

 ショートカットの奏ちゃんがふんわり笑顔で首を傾げる。さすがモデルさん。表情作りが抜群です。更に、マグカップを持つ手が綺麗なこと。
 初めてCMの契約が決まったと言っていたものだった。実際テレビで流れているのを見たのは初めてだ。今後、たくさんのCMに出ることになるんだろうなと考えると嬉しくなる。

 あまねくんと暮らすようになってから、あまりテレビを見なくなった。それは、彼との会話が楽しくて、他の暇潰しが必要ないから。
 一緒に映画を観るのも好きだけれど、あまねくんと会話をしているとあっという間に就寝時間がくるのだ。
 これからはあまねくんといる時も、テレビをつけてみようと思えた。

「可愛いなぁ……」

 ずっと見ていられる奏ちゃん。こんなに綺麗で可愛い子が私の妹になっただなんて未だに信じられない。けれど、本人は憎まれ口ばかりでたまに可愛気がないため、現実に引き戻されるのだ。

 そんな中、スマホのバイブレーションが鳴り響く。長く鳴っているため、おそらく電話だ。
 午前7時56分、こんな時間にかけてくるのは……ん? こんな朝っぱらから誰がかけてくるというのか。旦那さんが忘れ物でもしたかしら。なんて思いながらスマホの画面を見る。 

 そこには〔安藤茉紀〕の文字。私は飛び上がってスマホを手放しそうになった。先月、茉紀の旦那さんに会い、ハイジさんと話をしたばかりだ。
 茉紀の旦那さんが不倫をしていて、子供に会わせてもらえなくて壮絶な泥沼の最中《さなか》。
 ハイジさんは、私に全てを話したと茉紀に言ったのだろうか。私はどこまで知っている体で話したらいいのか。
 あんなに茉紀の事が心配で、首を突っ込みたくて仕方がなかった私。勝手に話してくれるまで待っていろとあまねくん、律くん、ハイジさんに言われて散々放っておいた。

 その環境に慣れてしまったら、今電話に出て何を話したらいいのか全くわからなくなった。なぜ、このタイミングで電話が来たのか。何を話すつもりなのか。
 いや、何でもない世間話をするつもりなのかもしれない。何も旦那さんのことと決まったわけじゃない。ハイジさんのことかもしれないし、私とあまねくんのことかもしれない。それとも、奏ちゃんがCMに出てるよ! なんていう電話かもしれない。

 ……無視しようか。いやいや、詮索するなと言われて散々ちょびちょびしてたくせに、ここで無視するのはない。

 いや、でも……。

 考えている間にも、電話は鳴り続ける。電話が切れたところでどうせかけ直さなければならない。それならと、通話ボタンをスライドさせた。

「……もしもし」

 そっと出て見る。

「もしもし、まどか?」

「うん、どうしただ? こんな朝早くに」

「今、子供っち保育園に送ってきただよ。今から仕事でさ」

「あ、復帰したんだ?」

 暫く連絡をとっていなかったから、育休を明けたことすら知らずにいた。
 私は、途中になっていた洗い物をそのままに、リビングのソファへと腰かけた。

「そうそう。だもんで時間ないだけんさ、あんた今日夜空いてる?」

「また急に……」

「どうせあまねと2人だから暇だら?」

「……暇だよ、どうせ」

 暇じゃないっちゃ、ないだよ! そう心の中で叫ぶが、散々自分が悩んでいた時には、朝っぱらから押し掛けたこともあったのだ。
 私は、案外元気そうな声に安堵しながら、本日の夜は茉紀と食事に行く約束をした。

 その旨をあまねくんに報告し、あまねくんもそれなら先輩と食事に行くとのことだった。
 私は、夜の待ち合わせをびくびくしながら待つことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...