その傷を舐めさせて

雪村こはる

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近付く距離と遠ざかる距離

05

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 廊下を並んで歩く旭と夕映。何となく気まずい空気が流れた。

「……昨日、来なかったね」

「え!? あ、はい……」

 旭の方からそんなことを言われるとは思わず、夕映は目を泳がせる。

「……来ると思ってた」

「あの……先生、忙しいかと思って」

「うん……。それでも今までは来てたのにね」

 そっと顔を覗き込まれた。眉を下げ、ほんの少し寂しそうに笑う旭。夕映はそんな顔を初めて見た気がした。

「あ、はい……。前回、お邪魔してしまったみたいだったので……。一旦行ったんですけど……結局やめました」

「……そうだったんだ。それで、夜天のところに?」

「あ、夜天さんは廊下でたまたま会いまして、私が出血してるのを見つけて処置してくれただけです」

「そっか……。てっきり会いに行ったのかと思った」

 旭はふっと柔らかく笑った。その笑顔がとても綺麗で夕映は見とれた。目に焼き付けておきたい。そう思いながらも照れ隠しをするかのように「ち、違いますよ。院内でわざわざ会いに行ったりしません……」と早口に言う。

「……そうなんだ」

「一昨日、ハンバーグ食べに連れて行ってもらったばかりですし」

 夕映はふふっと嬉しそうに笑った。
 出されたハンバーグは、夕映が想像していた通り、オニオンソースがたっぷりかかった大人のハンバーグだった。

「ハンバーグだったらここだな。いい肉使ってる」

「お、大人のハンバーグです!」

「だから、何なんだよそれ」

 ははっと笑う夜天の前で、ナイフを入れる。ジュワッと中から肉汁が溢れた。

「うわぁ……美味しそう」

「美味いんだって。あ、でもここのことは誰にも言うなよ? 俺の穴場だからな」

「穴場……」

「飯食ってる時邪魔されるの嫌だから、知り合いがいそうなところには行かねぇんだよ。うるせぇだろ」

「じゃ、じゃあ……私もここ穴場にします」

「あ? お前、知り合いなんかいねぇじゃねぇか」

「いいいいますよ! 友達はいないけど知り合いはいます!」

「遂に友達いなくなったか。少しはいるって言ってたのに」

 おかしそうに笑う夜天に頬を膨らめて拗ねた夕映。そんな数日前のことを思い出し、自然と笑みがこぼれた。

「……ハンバーグ?」

「はい! 美味しかったです。凄いんですよ! 肉汁がジュワァァーって出て」

「……夜天と2人で?」

「はい! 大人のハンバーグが食べたいって言ったら連れてってくれたんです! でも知り合いに会うと嫌だから、場所は内緒だって」

「それ言ったら内緒じゃないんじゃないの?」

「はっ! あ、忘れてください……」

 しょぼんと肩を落として項垂れる夕映。小さな体が余計に小さく見えた。旭の休日は仕事と勉強で終わった。けれど、その間夜天と夕映はハンバーグを食べに行っていたらしい。
 旭の中でグルグルと複雑な感情が渦巻く。
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