その傷を舐めさせて

パーティーでは淑女を演じさせていただきます

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　杏奈は小首を傾げて「私は夜天先生に連れてきてもらったんです」と言った。
　外来看護師は、概ね配属の科が決まってはいるが、曜日によって色んな科に手伝いに行くことがある。救急外来への応援や常勤看護師は夜勤もこなす。杏奈は6年間病棟で勤務後、自ら外来へ志願した。
　外来看護師は、子育て中やパートタイマーが多いのだが、杏奈は数少ない独身者の1人である。緊急の入院や外来よりも明らかに多い残業に嫌気が差したのだった。

「外来に行かせてくれないなら辞めます」

　ただでさえ看護師不足の中、そんなことを言ったものだから、看護師長も移動を受け入れないわけにはいかなかった。
　渕上夜天やてんは呼吸器内科の医師で杏奈が看護師2年目の時に研修医としてやってきた。保と同じほどの高身長だが、保とは違って口が悪く目付きも悪い。淡々とした態度で看護師からも好き嫌いが分かれるが、さすがはイケメンしかいない黄金期生の1人なだけあってその中性的な端正な顔立ちは絶大な人気を誇る。
　外科病棟では温厚な旭のことを内科の武内先生、俺様気質な夜天のことを内科の岩崎先生などと揶揄していた。

　4人並べば誰もが振り返る華々しい面子である。旭も同期であり、同じ内科医である故、会話をする頻度も少なくはない。皆口を揃えて夜天のことを怖い、冷たいなどと言うが、旭にとっては昴同様、単に口が悪くコミュニケーションが苦手なだけの人間に映っていた。
　加えて夜天は、あの希星の弟にあたる。希星から直々に「弟をよろしくね」と頼まれれば嫌とも言えない。実際、旭と夜天の仲も悪くはなかった。