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SS「天狗と狐と付喪神~出会いには油揚げを添えて~」
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「さて、君たち何が好物だ?」
剣からのその問いに、銀と銅は顔を見合わせた。何をねだろうか、悩んでいるのだろう。あまりにも黙りこくったままなので、伊三次が代わりに答えた。
「こいつらなら油揚げさえ食えれば文句はないぞ」
「主様!」
「そういうことは満足にうまい油揚げを供してから……」
「……油揚げ?」
剣は、ピンときていないようだ。自分が彼の正体を半分見破っていたから彼もまた見抜いているものとばかり思っていたが、よくよく考えればまだ何もお互いについて話していなかったのだ。
「……あ~、もう腹を割って話そうか。俺たちは他の客とはちょっと違う。気付いているんだろう?」
剣は静かに頷いた。
「で、あんたも人間じゃない。あやかしなんだよな?」
剣は頷くかどうか、しばし迷っていたようだった。自分の正体を明かすというのは、相手に自分の弱みを見せることと同じ。生殺与奪の権を与えてしまうことに繋がる。答えに慎重になるのは至極当然のことだ。
「心配しなさんな。俺は……かつては飯綱山の権現に仕えていた天狗だ」
「天狗……!?」
「だが、それも『元』だ。今は違う。こいつらも同じ。俺が天狗だった頃に主従の誓いを交わした管狐たちだ。お前が言っていたとおり、俺の配下だよ」
「管狐……ということは、二人とも『狐』のあやかし……?」
「こいつらはちょっと特殊だがな。まぁとにかく、噂に違わず油揚げが好物だぞ」
「あんた……油揚げすら食べさせていなかったのか」
剣の怒りとあきれがない交ぜになった声に、双子がうんうんと頷く。
「主様は怠慢です。油揚げなど、スーパーに行けば安値で商われているというのに」
「与えても袋のままぽんと渡すのみ……我らは己が存在意義をあやうく見失うところでしたぞ」
「うるせえな! 昔は買ってそのまま渡すだけで喜んでたじゃねえか」
「昔は昔。あの頃からいったい幾年が過ぎたとお思いか」
「それは.……あんたの怠慢だな。好物の油揚げすら満足に食べられないなんて可哀想だ」
剣がため息交じりにそう言う。完全なる味方を得たとばかりに、双子は似たりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
剣は、自身の腕を示して、力強く告げた。
「任せろ! 食べたことないくらい、美味い料理にしてやるからな。とりあえず、突き出しを食べててくれ」
剣にそう言われ、双子は席に着いた。カウンターの向こうでは剣が色々と食材を取り出し、勢いよく調理している。
ところどころで油揚げが見えるのは、彼らの好みを聞いた結果だろうか。
普段、買ったままの油揚げくらいしか食べていなかった双子たちは、こうも美味しく調理する剣の技に期待を膨らませつつ、あっという間に突き出しとして出された和え物を食べてしまった。
少し残念そうにしていた双子たちの前に、機を見計らったかのように、新たな皿が差し出される。
平たい皿の上には、小さな鞠のような形の、油揚げが載っていた。
「手まり稲荷です。咄嗟に作ったもので、中身は寿司じゃなくて炊き込みご飯だけど……『お凌ぎ』ってところだな」
「『お凌ぎ』とは?」
首を傾げる伊三次たちに、剣はふわりと微笑みながら答えた。
「突き出しの次に出す、ちょっとしたご飯ものかな。その後は椀ものが続くぞ」
「それって、もしかして……?」
「会席料理だ」
会席料理……和食における、コース料理だ。つまりは……
「いくつもの料理を食することが出来ると……!?」
剣は、にっこり笑って頷く。
銀と銅が揃って沸き立ち、そんな二人を見て剣は更に気合いのこもった笑みを浮かべるのだった。
剣からのその問いに、銀と銅は顔を見合わせた。何をねだろうか、悩んでいるのだろう。あまりにも黙りこくったままなので、伊三次が代わりに答えた。
「こいつらなら油揚げさえ食えれば文句はないぞ」
「主様!」
「そういうことは満足にうまい油揚げを供してから……」
「……油揚げ?」
剣は、ピンときていないようだ。自分が彼の正体を半分見破っていたから彼もまた見抜いているものとばかり思っていたが、よくよく考えればまだ何もお互いについて話していなかったのだ。
「……あ~、もう腹を割って話そうか。俺たちは他の客とはちょっと違う。気付いているんだろう?」
剣は静かに頷いた。
「で、あんたも人間じゃない。あやかしなんだよな?」
剣は頷くかどうか、しばし迷っていたようだった。自分の正体を明かすというのは、相手に自分の弱みを見せることと同じ。生殺与奪の権を与えてしまうことに繋がる。答えに慎重になるのは至極当然のことだ。
「心配しなさんな。俺は……かつては飯綱山の権現に仕えていた天狗だ」
「天狗……!?」
「だが、それも『元』だ。今は違う。こいつらも同じ。俺が天狗だった頃に主従の誓いを交わした管狐たちだ。お前が言っていたとおり、俺の配下だよ」
「管狐……ということは、二人とも『狐』のあやかし……?」
「こいつらはちょっと特殊だがな。まぁとにかく、噂に違わず油揚げが好物だぞ」
「あんた……油揚げすら食べさせていなかったのか」
剣の怒りとあきれがない交ぜになった声に、双子がうんうんと頷く。
「主様は怠慢です。油揚げなど、スーパーに行けば安値で商われているというのに」
「与えても袋のままぽんと渡すのみ……我らは己が存在意義をあやうく見失うところでしたぞ」
「うるせえな! 昔は買ってそのまま渡すだけで喜んでたじゃねえか」
「昔は昔。あの頃からいったい幾年が過ぎたとお思いか」
「それは.……あんたの怠慢だな。好物の油揚げすら満足に食べられないなんて可哀想だ」
剣がため息交じりにそう言う。完全なる味方を得たとばかりに、双子は似たりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
剣は、自身の腕を示して、力強く告げた。
「任せろ! 食べたことないくらい、美味い料理にしてやるからな。とりあえず、突き出しを食べててくれ」
剣にそう言われ、双子は席に着いた。カウンターの向こうでは剣が色々と食材を取り出し、勢いよく調理している。
ところどころで油揚げが見えるのは、彼らの好みを聞いた結果だろうか。
普段、買ったままの油揚げくらいしか食べていなかった双子たちは、こうも美味しく調理する剣の技に期待を膨らませつつ、あっという間に突き出しとして出された和え物を食べてしまった。
少し残念そうにしていた双子たちの前に、機を見計らったかのように、新たな皿が差し出される。
平たい皿の上には、小さな鞠のような形の、油揚げが載っていた。
「手まり稲荷です。咄嗟に作ったもので、中身は寿司じゃなくて炊き込みご飯だけど……『お凌ぎ』ってところだな」
「『お凌ぎ』とは?」
首を傾げる伊三次たちに、剣はふわりと微笑みながら答えた。
「突き出しの次に出す、ちょっとしたご飯ものかな。その後は椀ものが続くぞ」
「それって、もしかして……?」
「会席料理だ」
会席料理……和食における、コース料理だ。つまりは……
「いくつもの料理を食することが出来ると……!?」
剣は、にっこり笑って頷く。
銀と銅が揃って沸き立ち、そんな二人を見て剣は更に気合いのこもった笑みを浮かべるのだった。
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