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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
5 終わりの予感
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「それにしても、返信こないなぁ」
晶がスマートフォンを見て、ため息まじりに言った。
急な予定変更について、晶からもの申してくれたのだが……まったく反応がないようだ。この調子では、晶が送ったメッセージを読んでいるかどうかも怪しいと、奈々は思っていた。
「もしかしたら移動中で、あんまりスマホ見てないんかも……」
「まぁね。こうと決めたら、他のこと何も目に入らなくなっちゃう人だしね、お姉ちゃん」
しばらくは返信は来ないと諦めたのか、晶はスマホを置いて、スプーンを手にした。晶の前には、注文した夏野菜の彩りカレーの皿がある。赤パプリカにカボチャにオクラ、それにナスが色鮮やかに視界を染めながら、まだかまだかと言うように湯気を上げて香ばしい香りを運んでいた。
晶は両手を合わせて「いただきます」と声高に言い、カレーとご飯と野菜、全部を一気にすくって頬張った。
「んーおいしい!」
見ている方まで美味しく感じてしまうような満面の笑みだ。興味が湧いてカレーを見つめていると、晶がスプーンを差し出した。
「一口食べる?」
「……いいの?」
晶が頷くと、奈々はおずおずと、差し出されたスプーンを口に含んだ。カレーの辛味と旨味、そして野菜の苦みと甘み、色んな味が口の中で合わさって忙しい。忙しいけど……
「おいしい……!」
「うんうん。たまにはこういうのもいいよね」
奈々の満足そうな顔を見て、晶はまたもう一口、頬張った。奈々は、美味しいという声には賛成なのだが、それだと何かを否定する気がしてしまった。
「あの……いつも泉さんが作ってくれるご飯も……」
「ああ、うん。そうね。否定するわけじゃないんだけどね……あ、でも、こういうの作ってみてってお願いするのはちょっとアリかもよ」
「え、でも……」
「あの子は……たぶん、私たちに気を遣ってああいう献立にしてくれてるところもあるから」
「”気を遣って”?」
晶が、小さく頷く。
「うちのお母さんが『はてなのレシピノート』なんて残してたでしょ? あれ、私たちじゃ全然わからなくて……だから、あの子が来てつい頼っちゃったのよね。一つ『???』を解く度に私たちが大喜びしたもんだから、こういうのがいいんだって思ったんでしょうね。すっかり家庭じみた献立ばっかり作らせちゃってたわ」
「で、でも……お家でも似たような料理作るって言ってたし……」
「まぁそうだけど……カフェのおしゃれなメニューとか焼き肉とか、家では出さないようなメニューの店に連れてくとものすごく喜ぶのよね。ああいうのも、たまにはやりたいんじゃないかなって思ってね」
「そ、そうなんや……」
「だから……うん、やっぱりさっき言ってたオムライス、相談してみたら? たぶん喜ぶわよ」
「う、うん……実は、おばちゃんにも相談してたことがあって……でも、上手くいかへんくて」
「尚更、聞いてみればいいじゃない。それでうまくいけば、私たちもこれから食べられるかもしれないじゃない?」
晶はちょっといたずらっぽく笑った。奈々まで、思わず笑ってしまった。
「晶ちゃん……それが狙い?」
「うん、実はね。もしもこのまま帰ることになっちゃったら、私も家に帰るし、泉くんも週2回に戻るし。私たちの夏休みも終了って感じだしね」
「夏休み? でも晶ちゃん、毎日お仕事行ってた……」
「仕事から帰ったら洗濯終わってて、家がキレイで、ご飯できててっていう環境が天国なのよ。十分、夏休みを満喫したわ。これからまた楽しみがなくなると思うと……ちょっと気が重くなるわね」
「そっか……お休みが、終わるんや」
奈々の呟きが、ぽつりと零れてパスタの渦に溶けていく。また俯いてしまった奈々を見て、晶はなんだか焦り始めた。
「あ、いや……夏休みはまだあるし、奈々ちゃんはまだゆったりしていいと思うよ?」
晶は精一杯明るく努めてそう言うが、奈々は、小さく首を横に振った。
「ううん。家に帰ったら『ねね』に戻らないとあかんもん。私の役割やし」
「役割、ねぇ……それって……」
奈々の沈んだ表情に、晶が何かを尋ねようと口にした。その時、テーブルに伏せていた晶のスマートフォンが鳴った。バイブにしていたものの、その振動音もまたけっこう大きい。
晶が慌てて通知をタップして画面を開くと、何故だか、ぎょっとしていた。そして、そのままの表情で、スマートフォンの画面を奈々にも見せた。
「え、大変や……!」
画面を見た奈々もまた、同じようにぎょっとして、晶と目を見合わせたのだった。
晶がスマートフォンを見て、ため息まじりに言った。
急な予定変更について、晶からもの申してくれたのだが……まったく反応がないようだ。この調子では、晶が送ったメッセージを読んでいるかどうかも怪しいと、奈々は思っていた。
「もしかしたら移動中で、あんまりスマホ見てないんかも……」
「まぁね。こうと決めたら、他のこと何も目に入らなくなっちゃう人だしね、お姉ちゃん」
しばらくは返信は来ないと諦めたのか、晶はスマホを置いて、スプーンを手にした。晶の前には、注文した夏野菜の彩りカレーの皿がある。赤パプリカにカボチャにオクラ、それにナスが色鮮やかに視界を染めながら、まだかまだかと言うように湯気を上げて香ばしい香りを運んでいた。
晶は両手を合わせて「いただきます」と声高に言い、カレーとご飯と野菜、全部を一気にすくって頬張った。
「んーおいしい!」
見ている方まで美味しく感じてしまうような満面の笑みだ。興味が湧いてカレーを見つめていると、晶がスプーンを差し出した。
「一口食べる?」
「……いいの?」
晶が頷くと、奈々はおずおずと、差し出されたスプーンを口に含んだ。カレーの辛味と旨味、そして野菜の苦みと甘み、色んな味が口の中で合わさって忙しい。忙しいけど……
「おいしい……!」
「うんうん。たまにはこういうのもいいよね」
奈々の満足そうな顔を見て、晶はまたもう一口、頬張った。奈々は、美味しいという声には賛成なのだが、それだと何かを否定する気がしてしまった。
「あの……いつも泉さんが作ってくれるご飯も……」
「ああ、うん。そうね。否定するわけじゃないんだけどね……あ、でも、こういうの作ってみてってお願いするのはちょっとアリかもよ」
「え、でも……」
「あの子は……たぶん、私たちに気を遣ってああいう献立にしてくれてるところもあるから」
「”気を遣って”?」
晶が、小さく頷く。
「うちのお母さんが『はてなのレシピノート』なんて残してたでしょ? あれ、私たちじゃ全然わからなくて……だから、あの子が来てつい頼っちゃったのよね。一つ『???』を解く度に私たちが大喜びしたもんだから、こういうのがいいんだって思ったんでしょうね。すっかり家庭じみた献立ばっかり作らせちゃってたわ」
「で、でも……お家でも似たような料理作るって言ってたし……」
「まぁそうだけど……カフェのおしゃれなメニューとか焼き肉とか、家では出さないようなメニューの店に連れてくとものすごく喜ぶのよね。ああいうのも、たまにはやりたいんじゃないかなって思ってね」
「そ、そうなんや……」
「だから……うん、やっぱりさっき言ってたオムライス、相談してみたら? たぶん喜ぶわよ」
「う、うん……実は、おばちゃんにも相談してたことがあって……でも、上手くいかへんくて」
「尚更、聞いてみればいいじゃない。それでうまくいけば、私たちもこれから食べられるかもしれないじゃない?」
晶はちょっといたずらっぽく笑った。奈々まで、思わず笑ってしまった。
「晶ちゃん……それが狙い?」
「うん、実はね。もしもこのまま帰ることになっちゃったら、私も家に帰るし、泉くんも週2回に戻るし。私たちの夏休みも終了って感じだしね」
「夏休み? でも晶ちゃん、毎日お仕事行ってた……」
「仕事から帰ったら洗濯終わってて、家がキレイで、ご飯できててっていう環境が天国なのよ。十分、夏休みを満喫したわ。これからまた楽しみがなくなると思うと……ちょっと気が重くなるわね」
「そっか……お休みが、終わるんや」
奈々の呟きが、ぽつりと零れてパスタの渦に溶けていく。また俯いてしまった奈々を見て、晶はなんだか焦り始めた。
「あ、いや……夏休みはまだあるし、奈々ちゃんはまだゆったりしていいと思うよ?」
晶は精一杯明るく努めてそう言うが、奈々は、小さく首を横に振った。
「ううん。家に帰ったら『ねね』に戻らないとあかんもん。私の役割やし」
「役割、ねぇ……それって……」
奈々の沈んだ表情に、晶が何かを尋ねようと口にした。その時、テーブルに伏せていた晶のスマートフォンが鳴った。バイブにしていたものの、その振動音もまたけっこう大きい。
晶が慌てて通知をタップして画面を開くと、何故だか、ぎょっとしていた。そして、そのままの表情で、スマートフォンの画面を奈々にも見せた。
「え、大変や……!」
画面を見た奈々もまた、同じようにぎょっとして、晶と目を見合わせたのだった。
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