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第二章 二品目 リンゴの”くるくる”

8 迷子の末に見つけたもの

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「おーい天ちゃーん?」
 人目も憚らず、竹志は大きな声で呼びかけた。すれ違う人が振り返っても構わず、陳列棚を一列ずつ見て回り、声をかけていく。
 だが見知らぬ人は振り返っても、天からの声が返ってくることはなかった。
 野菜コーナーにも鮮魚コーナーにも精肉コーナーにもいない。調味料、レトルト食品、カップ麺……様々な陳列棚の間にも、どこにもいない。
「あと見てないのは……」
 竹志はさらに奥へと歩を進める。そこから先は冷凍食品のコーナーだ。大きな冷凍庫がいくつも並ぶ。
 そこにもいなければあとは……などと考えを巡らせながら角を曲がると、大きな冷凍庫が並ぶコーナーが見えた。そして、その冷凍庫にぴとっと貼り付く天の姿も。
「天ちゃん、いた……!」
 ホッとして脱力しそうになるのをこらえて、竹志は天に駆け寄った。竹志の姿を見た天は冷凍庫にくっつきながらもニコッと笑った。
「タケちゃんや」
「う、うん。探したよ、天ちゃん。いなくなっちゃったから心配したんだよ」
「ごめんなさい。でもな、これな、すんごい涼しいねん!」
 天が言わんとすることはわかる。冷凍食品が詰まっている冷凍庫は、開けると極寒だが、ドアに触れるとひんやりして気持ちいい。竹志も子どもの頃、よく意味もなく触っていたものだ。その後きまって引き剥がされたが。
「天ちゃん、他の人も開けるから、あんまりくっついてたらダメだよ」
 竹志がそう促すと、天はしぶしぶ冷凍庫のドアから離れた。だが、まだ中をじっと見つめている。
「どうしたの? どれか食べたい?」
 そう尋ねると、天は冷凍庫の中を指さした。どれどれ、と竹志は覗き込む。
「これ、くるくる」
「え、これ?」
 天が”くるくる”と行って指さしたもの、それは……
「え-と……パイシート?」
 竹志はそっと冷凍庫を開けて、冷凍のパイシートを取り出した。その名の通り、出来上がったパイ生地を冷凍してあるものだ。少し解凍して麺棒でのばすだけで色々なお菓子に使える。時間も体力も必要なパイ生地作りの工程を省くことが出来る心強い味方だ。
 そのパッケージには、ふっくら焼き上がった、琥珀色のリンゴが詰まったアップルパイの写真が映っている。
 なるほど、リンゴだ。だが竹志は首を傾げた。どう見ても”くるくる”ではない。
「これが……”くるくる”? まん丸ではあるけど、パイって敷いたり上に載せたりするから”くるくる”ではないし……ああ、でもクロワッサンにも応用できるのか」
 パッケージを裏返すと、いくつかの利用方法が書いてあった。表の写真のアップルパイの作り方と共に、三角に切ったパイシートを巻いてクロワッサンにする作り方も。
「なるほど、”くるくる”だなぁ」
 徐々に、ぼやけていた輪郭が見え始めた気がした。ではどうやって”くるくる”しようかと思案し始めたその時、竹志のスマホの着信音が鳴った。
 周囲の人に頭を下げながら画面を見ると、野保からの電話だとわかった。
「もしもし、泉です」
 答えると、野保は少し興奮気味に話し始めた。
「泉くん、今、千鶴子が残した本を色々読んでいたんだがね。なにやら”くるくる”に関係しそうなものを見つけたんだ」
「え、本当ですか!?」 
 竹志もまた、興奮気味に問い返してしまった。周囲の目も気にせず、ただ天の期待に満ちた目だけを見返しながら、竹志は続きを促した。
「その本を読んだところだな、こう書いてあったんだよ」
 電話口で野保が語った内容……それは、まさしく『リンゴのくるくる』だった。
「よし、作れるぞ」
 思わず呟き、書かれていたレシピの概要と共に必要な材料をメモする。
 そして、竹志の足下をワクワクしながら動き回っていた天に視線を向けた。
「天ちゃん、『リンゴのくるくる』作ろう!」
「うん、作る!」
 天は満面の笑みで、大きく頷いた。
「よし! じゃあお買い物だ。あと必要なものは……」
 パイシートもカゴに入れて、竹志は他の棚へと向かう。その足取りに、迷いはなかった。
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