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第二章 一品目 ”ぽろぽろ”ごはん

5 ひと月の同居人

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 2週間、竹志の手が入っていなかった野保家は、案の定ひどい有様だった。平時なら「仕方ないなぁ」と一言漏らして、また少しずつ片付けていこうと思うところだが……今回はそうはいかなかった。
 なにせ翌日にはひと月だけの同居人がやってくるというのだから。
 竹志は野保にも遠慮無く指示を飛ばし、とにかく急ピッチで2週間前の状態を復元したのだった。
 姉弟の部屋は一階にある客間とした。布団は大人用一組と子供用一組を用意し、食器も人数分揃えてある。姉弟とそれなりに仲の良い晶も8月中は実家である野保家にに戻ることになった。これで、準備は万端だ。
 なんとか部屋を整えて当日を迎えることができた。あとは今日、晶が新幹線の駅まで車で迎えに行って、野保家まで連れてくるだけだ。
「晶さん、もうちょっとで帰ってきますね」
「ああ、そうだな」
 時計の針は午後一時を指そうとしている。
 普段より遅いが、今日は全員揃ってから昼食をと考えていた。竹志は立ち上がり、台所に向かうと、冷蔵庫を開けた。
 中には寿司桶が入っている。中身はギッシリ詰まった寿司飯の上にたっぷりの具材を載せたちらし寿司だ。錦糸卵に絹さやに海老にレンコンにいくら……お好みでサーモンや桜でんぶなど他の具材もトッピングできるように用意してある。子どもが好きだと言いそうなものを揃えたのだ。
(まぁ具材は好みに合わせて加えたり外したりすれば大丈夫かな)
 うんうん、と頷いたところに、甲高いインターホンの音が響いた。そして、音が鳴るとすぐに玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
 晶だ。何やら重そうなものを置く音も聞こえた。竹志と野保、両方が急いで玄関に向かうと、二人分の荷物を置いて息をついている晶がいた。
「お父さん、泉くん、連れてきたわよー」
 そう言うと、晶は背後にいた二人の小さな人物に声をかけた。片方は聞いていたとおり、中学生くらいの女の子だ。長い黒髪を後ろで一つに束ね、明るい色のシャツとデニムの短パンを着ている。一見すると活発そうだが、何故か俯き加減で顔に影が差している。
 もう片方は幼稚園児くらいの男の子。短い髪にTシャツとハーフパンツを着ており、何だかそわそわしている様子だ。玄関をくぐったその時から、目新しいものばかり視界に飛び込んでいるようで、ずっと周囲を見回している。
 その視線は、最終的に初対面である竹志の顔にぴたりと止まった。
 竹志が目を瞬かせながらもにっこり笑うと、男の子はさらに首を傾げて尋ねる。
「おにいちゃん、だれ?」
「え、僕? 僕はね……」
 あまりにも唐突な問いかけに、戸惑いながらも竹志が答えようとした。すると、小さな細い手が、それを遮った。
てんちゃん、ご挨拶が先でしょ」
 その手の主は男の子の隣に立つ姉で、きりっとした鋭い視線を一瞬だけ竹志に向けると、すぐに深々と頭を下げた。
「すみません。これからお世話になる『川嶋かわしま 奈々なな』といいます。こっちは弟の『川嶋 そら』です。長い期間、ご厄介になります」
 奈々と名乗った少女は、弟・天と手を繋いだまま、そう言った。
 規律正しい言葉と姿勢に、野保が感嘆の息を漏らした。
「はぁ……これはまた……しっかりしているとは聞いていたが、随分礼儀正しい」
 野保の声を聞き、奈々は頭を上げた。だけどちょっとだけ照れくさそうだった。そういった感情がすぐに表に出てしまうところは、やはり年相応の少女らしさを窺わせる。
 だが竹志がそう思ってクスッと笑うと、奈々は急にまた表情を引き締めるのだった。
「ありがとうございます。お世話になるんだから、当然です」
 そう答えた奈々に、今度は野保がお辞儀をした。それに倣って、竹志も頭を下げる。
「久しぶりだね。環境は違うだろうが、自分の家と思って寛いでくれ。あと彼は、うちに家事をしに来てくれている泉くんだ」
「『泉竹志』です。二人とも、よろしくお願いします。何でも言ってね」
 竹志がそう言って手を差し出すと、奈々はおずおずと握り返した。
「……本当に、男の人だったんですね」
「? ああ、男の家事代行は珍しいもんね。でも、実績はあるから安心して」
「いえ……」
 握手を返してはくれたが、どうにも遠慮の塊のような握り方だ。対して弟の天は、再び竹志の顔を見上げている。
「? なに?」
「おっきい……!」
 感嘆……というより感動のため息を漏らして、天は言った。そして、自分を指さして元気いっぱいに告げた。
「てんちゃん!」
 自分を指さすからには、天のニックネームだろうか。そんな疑問を感じ取ったのか、奈々が横から説明を挟んだ。
「漢字が『天』だから 『てんちゃん』です。皆そう呼んでます」
「なるほど……天ちゃん、よろしくね」
 竹志がにこやかにそう言うと、天はほっぺたを真っ赤に染めてぶんぶん頷いた。
「では奈々ちゃん、てんちゃん、行こうか。皆で昼ご飯にしよう」
「ごはん!」
 その一言で、天の瞳はさらに光を増して、素早く靴を脱いだ。それに続いて奈々も靴を脱いで、天の分も併せて靴を揃えた。「お邪魔します」と丁寧な一言を告げるも、小さなため息をついたのだった。
 そのため息は、誰の耳にも届かず、空気中に溶けるように、消えていった。
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