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Chapter4 つくりものの私たち
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「元気……うん、元気……です」
「そうか、良かった」
何かの前置きなんだろうか……と考えて、はたと思い至る。そうだった、自分から言っておかないといけないことがあった。
「あの、お父さん。この前はお母さんのことで騒がせてしまって、ごめんなさい!」
「この前?……ああ、一昨日の?」
お母さんが急にナオヤくん家の別荘まで押しかけてしまった時、ヘルパーさんを迎えに寄越してくれたり、色々な手配をしてくれたのはお父さんだ。お仕事中だったのに、コール一つで即座に動いてくれた。
あの時迷惑をかけてしまったことについて、まだ何も言えていなかった。
「家のことだ。当然だろう。むしろ、いつもお母さんのことをお前に任せっきりにしてしまっていたな。すまなかった」
「そ、そんな……」
お母さんは、愛を心配するあまり、何をするかわからない時がある。ちょうど一昨日のように。私を愛と勘違いすることで少しでも穏やかでいられるなら、その方がいい。もっとも、勘違いしているために暴走してしまうようなことも、あるのだけど。それこそ、一昨日のように。
「昔は、俺の秘書として頼りにしていた人だったんだが、愛のことがあってから……な」
お父さんは、大手玩具メーカーの二代目社長だ。お父さんの代になってからは玩具だけじゃなく、テーマパークのアトラクションとの提携、グッズ制作・販売の協力にも手を伸ばし、会社は更に急成長したのだとか。お母さんはそんなお父さんのプロジェクトを若い頃から陰に日向に支えてきたと聞いている。
凜々しくて、聡明で、子どもに優しくて……愛と私の自慢の母親だった。
お父さんの言う通り、愛が亡くなるまでは、の話だけど。
愛がいなくなって憔悴しきったお母さんは、愛が生きている幻覚を見るようになった。もちろんそれは幻覚じゃなく、生きているヒトミなのだけど。そこまで苦しんでいるお母さんに、お父さんは遂に仕事をやめるよう説得したのだった。
「仕方ない……です。お母さん、自分まで死んじゃいそうなくらい、悲しんでました。ゆっくりした方がいいって、お父さんの判断は正しかったと思います」
「だがそのせいで、負担がお前にばかりかかってはな……ヘルパーかハウスキーパーの数を増やそうか」
「たぶん、多少なりとも自分でお料理したりお掃除したり……家のことをやることで気が紛れているみたいだから、家事まで取り上げちゃうのは良くないと、思います」
「そうか……お前がそう言うなら、そうしよう」
お父さんと話すのは緊張する。だけど同時に、安心感もある。お母さんのように、いつスイッチが切り替わるかわからない感覚がない。落ち着いて、順序立てて話せば聞いてくれるという、安心感だ。
「あの、もう一つ……一昨日、友達の家に泊まれるように説得してくれて、ありがとう」
「……ああ」
ヘルパーさんが迎えに来た時、お母さんは普通に戻っていた。この場合の『普通』は、私をヒトミだと認識している状態のこと。だけどいつ、スイッチが切り替わって愛と間違えるようになるか、読めない。時間が経てば、あるいは誰かが『愛』の名前を口にした時か……今のところ、法則はわからない。
あの日だって、帰り道でまた騒ぎ出してもおかしくなかった。そうなれば、私があの別荘に泊まるなんて言った瞬間に怒鳴り込んでくる可能性だってあった。お父さんが上手くタイミングを見計らって伝えてくれたおかげで、無事にお泊まり会を決行できたのだ。
そう思って深々と頭を下げると、何故かお父さんはまた顔を逸らせてしまった。そんなに、大変だったんだろうか。
「あの……次はもっと早く、相談するから……」
「また泊まりで行くのか!?」
がばっと振り向いて、鋭い声が飛んできた。さっきまでとは大きく違う、剣呑な顔が、コチラに向いていた。
「そうか、良かった」
何かの前置きなんだろうか……と考えて、はたと思い至る。そうだった、自分から言っておかないといけないことがあった。
「あの、お父さん。この前はお母さんのことで騒がせてしまって、ごめんなさい!」
「この前?……ああ、一昨日の?」
お母さんが急にナオヤくん家の別荘まで押しかけてしまった時、ヘルパーさんを迎えに寄越してくれたり、色々な手配をしてくれたのはお父さんだ。お仕事中だったのに、コール一つで即座に動いてくれた。
あの時迷惑をかけてしまったことについて、まだ何も言えていなかった。
「家のことだ。当然だろう。むしろ、いつもお母さんのことをお前に任せっきりにしてしまっていたな。すまなかった」
「そ、そんな……」
お母さんは、愛を心配するあまり、何をするかわからない時がある。ちょうど一昨日のように。私を愛と勘違いすることで少しでも穏やかでいられるなら、その方がいい。もっとも、勘違いしているために暴走してしまうようなことも、あるのだけど。それこそ、一昨日のように。
「昔は、俺の秘書として頼りにしていた人だったんだが、愛のことがあってから……な」
お父さんは、大手玩具メーカーの二代目社長だ。お父さんの代になってからは玩具だけじゃなく、テーマパークのアトラクションとの提携、グッズ制作・販売の協力にも手を伸ばし、会社は更に急成長したのだとか。お母さんはそんなお父さんのプロジェクトを若い頃から陰に日向に支えてきたと聞いている。
凜々しくて、聡明で、子どもに優しくて……愛と私の自慢の母親だった。
お父さんの言う通り、愛が亡くなるまでは、の話だけど。
愛がいなくなって憔悴しきったお母さんは、愛が生きている幻覚を見るようになった。もちろんそれは幻覚じゃなく、生きているヒトミなのだけど。そこまで苦しんでいるお母さんに、お父さんは遂に仕事をやめるよう説得したのだった。
「仕方ない……です。お母さん、自分まで死んじゃいそうなくらい、悲しんでました。ゆっくりした方がいいって、お父さんの判断は正しかったと思います」
「だがそのせいで、負担がお前にばかりかかってはな……ヘルパーかハウスキーパーの数を増やそうか」
「たぶん、多少なりとも自分でお料理したりお掃除したり……家のことをやることで気が紛れているみたいだから、家事まで取り上げちゃうのは良くないと、思います」
「そうか……お前がそう言うなら、そうしよう」
お父さんと話すのは緊張する。だけど同時に、安心感もある。お母さんのように、いつスイッチが切り替わるかわからない感覚がない。落ち着いて、順序立てて話せば聞いてくれるという、安心感だ。
「あの、もう一つ……一昨日、友達の家に泊まれるように説得してくれて、ありがとう」
「……ああ」
ヘルパーさんが迎えに来た時、お母さんは普通に戻っていた。この場合の『普通』は、私をヒトミだと認識している状態のこと。だけどいつ、スイッチが切り替わって愛と間違えるようになるか、読めない。時間が経てば、あるいは誰かが『愛』の名前を口にした時か……今のところ、法則はわからない。
あの日だって、帰り道でまた騒ぎ出してもおかしくなかった。そうなれば、私があの別荘に泊まるなんて言った瞬間に怒鳴り込んでくる可能性だってあった。お父さんが上手くタイミングを見計らって伝えてくれたおかげで、無事にお泊まり会を決行できたのだ。
そう思って深々と頭を下げると、何故かお父さんはまた顔を逸らせてしまった。そんなに、大変だったんだろうか。
「あの……次はもっと早く、相談するから……」
「また泊まりで行くのか!?」
がばっと振り向いて、鋭い声が飛んできた。さっきまでとは大きく違う、剣呑な顔が、コチラに向いていた。
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