27 / 111
Chapter2 『実験』の始まり
19
しおりを挟む
ナオヤくんを呼んだのは、40代くらいの綺麗な女性だった。ぴったりとしたスーツに身を包んで、凜とした空気を纏っている。見ているだけで、こっちまで背筋がぴんと伸びそうな、そんな人だった。
その女性が、つかつかと私たちのテーブルまで歩いてきた。そして、最後の一口を放り込もうとしていたナオヤくんの手を、しっかりと掴んだ。
「何をしているの」
「母さん、これは……」
「何をしているのかと聞いてるの」
半端な言い訳なんて、聞いてくれそうになかった。
いつもすらすらと喋るナオヤくんが、俯いて、黙り込んでしまった。
こんなにも、打ちひしがれたようなナオヤくんの顔は、初めて見た。だからだろうか、気付けば立ち上がっていた。
「あ、あの……私が誘ったんです。そんな、あの……責めないであげてください」
「あなたはどなた?」
いきなり割って入った私を、ナオヤくんのお母さんは怪訝な目で見た。思わず竦んでしまったけれど、なんとか目だけは逸らさずにいた。すると、何かに気付いたようだった。
「あなた……昔、同じ学校だった子?」
「! はい、そうです。小学校の頃ですけど。何回か、お家にもお邪魔しました!」
「家にも……」
ナオヤくんのお母さんにも、会ったことがある。あの頃は厳しいという印象はあったけれど、怖くはなかった。
私は遊びに行ったと言うより、愛の付き添いだったから話してもいないし、印象にも残らないだろうけど。でも愛の顔を覚えていれば、私の顔にも見覚えがあると思うだろう。
私を見る目が、針のように鋭く細く、迫ってくる。
「確か……『天宮 愛』さん……」
「その妹の『ヒトミ』です」
「あら失礼。でも、そう……尚也とよく遊んでくれていたあの子の……」
ナオヤくんのお母さんの視線は、更に鋭くなった。値踏みされているようで、怖かった。
「あ、あの……ナオヤくんが転校してきて、久しぶりだねって言ってて。それでテンションが上がっちゃって、このお店に誘ったんです。ずっと来たかったけど、一人で行く勇気がなくて……ナオヤくんを誘ってたら、こちらの二人も一緒に来てくれて……だから、私が誘ったんです」
一気に捲し立てるように、言い訳をした。ところどころ違うけれど、筋は通っているはず。そう思いたい。
ナオヤくんは、さっきからずっと口を開けずにいる。あれだけすらすら喋れる彼が、一言も言わない。きっと、何も言えなくなってしまうんだ。尚也くんのお母さんの前では。
ナオヤくんの前に立ちはだかるようにする私に、ナオヤくんのお母さんは、深いため息をついて見せた。
「別に、誰が悪いとか、そういうことを聞いてるんじゃないでしょう。この子の体調について聞いてるだけ」
「……体調?」
「昨日はものすごく辛いものを食べてきたって言うし、今日はこんな……糖分の塊のようなものを食べて……一度検査した方がいいわね」
やっぱり、昨日帰ってから何かあったんだろうか。でも学校ではそんな様子、少しも見せなかった。
隠していたのかと、私と加地くんが視線を送ると……
「大袈裟です。昨日は大して食べていませんし、これだって美味しく頂いています」
「でも昨日、血圧がいつもより高かったじゃない。今日だって、血糖値が跳ね上がったらどうするの」
「試しに食べてみただけなので……明日からは、食べません」
そう言うと、そっと最後の一つを、お皿に戻した。
「皆さん、ありがとうございました。今日は、これで」
ナオヤくんはそそくさとカバンを持って立ち上がると、店の外に出てしまった。それを追うように、ナオヤくんのお母さんも店を後にする。
最後に私たちを一瞥した視線が、なんだか尖っていて、痛かった。
追ってくるな、近づくな……そう言わんばかりで、なんだか悲しくなった。同時に、何故だかとても悔しくて……私は、お皿に残った一つを、自分の口に放り込んだのだった。
その女性が、つかつかと私たちのテーブルまで歩いてきた。そして、最後の一口を放り込もうとしていたナオヤくんの手を、しっかりと掴んだ。
「何をしているの」
「母さん、これは……」
「何をしているのかと聞いてるの」
半端な言い訳なんて、聞いてくれそうになかった。
いつもすらすらと喋るナオヤくんが、俯いて、黙り込んでしまった。
こんなにも、打ちひしがれたようなナオヤくんの顔は、初めて見た。だからだろうか、気付けば立ち上がっていた。
「あ、あの……私が誘ったんです。そんな、あの……責めないであげてください」
「あなたはどなた?」
いきなり割って入った私を、ナオヤくんのお母さんは怪訝な目で見た。思わず竦んでしまったけれど、なんとか目だけは逸らさずにいた。すると、何かに気付いたようだった。
「あなた……昔、同じ学校だった子?」
「! はい、そうです。小学校の頃ですけど。何回か、お家にもお邪魔しました!」
「家にも……」
ナオヤくんのお母さんにも、会ったことがある。あの頃は厳しいという印象はあったけれど、怖くはなかった。
私は遊びに行ったと言うより、愛の付き添いだったから話してもいないし、印象にも残らないだろうけど。でも愛の顔を覚えていれば、私の顔にも見覚えがあると思うだろう。
私を見る目が、針のように鋭く細く、迫ってくる。
「確か……『天宮 愛』さん……」
「その妹の『ヒトミ』です」
「あら失礼。でも、そう……尚也とよく遊んでくれていたあの子の……」
ナオヤくんのお母さんの視線は、更に鋭くなった。値踏みされているようで、怖かった。
「あ、あの……ナオヤくんが転校してきて、久しぶりだねって言ってて。それでテンションが上がっちゃって、このお店に誘ったんです。ずっと来たかったけど、一人で行く勇気がなくて……ナオヤくんを誘ってたら、こちらの二人も一緒に来てくれて……だから、私が誘ったんです」
一気に捲し立てるように、言い訳をした。ところどころ違うけれど、筋は通っているはず。そう思いたい。
ナオヤくんは、さっきからずっと口を開けずにいる。あれだけすらすら喋れる彼が、一言も言わない。きっと、何も言えなくなってしまうんだ。尚也くんのお母さんの前では。
ナオヤくんの前に立ちはだかるようにする私に、ナオヤくんのお母さんは、深いため息をついて見せた。
「別に、誰が悪いとか、そういうことを聞いてるんじゃないでしょう。この子の体調について聞いてるだけ」
「……体調?」
「昨日はものすごく辛いものを食べてきたって言うし、今日はこんな……糖分の塊のようなものを食べて……一度検査した方がいいわね」
やっぱり、昨日帰ってから何かあったんだろうか。でも学校ではそんな様子、少しも見せなかった。
隠していたのかと、私と加地くんが視線を送ると……
「大袈裟です。昨日は大して食べていませんし、これだって美味しく頂いています」
「でも昨日、血圧がいつもより高かったじゃない。今日だって、血糖値が跳ね上がったらどうするの」
「試しに食べてみただけなので……明日からは、食べません」
そう言うと、そっと最後の一つを、お皿に戻した。
「皆さん、ありがとうございました。今日は、これで」
ナオヤくんはそそくさとカバンを持って立ち上がると、店の外に出てしまった。それを追うように、ナオヤくんのお母さんも店を後にする。
最後に私たちを一瞥した視線が、なんだか尖っていて、痛かった。
追ってくるな、近づくな……そう言わんばかりで、なんだか悲しくなった。同時に、何故だかとても悔しくて……私は、お皿に残った一つを、自分の口に放り込んだのだった。
20
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
#消えたい僕は君に150字の愛をあげる
川奈あさ
青春
旧題:透明な僕たちが色づいていく
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する
空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。
家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。
そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」
苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。
ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。
二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。
誰かになりたくて、なれなかった。
透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。
大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~
渋川宙
ライト文芸
人間に興味津々の鬼の飛鳥は、江戸の裏長屋に住んでいた。
戯作者の松永優介と凸凹コンビを結成し、江戸の町で起こるあれこれを解決!
同族の鬼からは何をやっているんだと思われているが、これが楽しくて止められない!!
鬼であることをひた隠し、人間と一緒に歩む飛鳥だが・・・
家政夫くんと、はてなのレシピ
真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です!
***
第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました!
皆々様、本当にありがとうございます!
***
大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。
派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。
妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。
それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。
野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。
「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」
これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。
「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。
※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる