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第6章 聖大樹の下で
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いつの間にか、日は傾いていた。遠くに見える稜線に沈んでいこうとしている太陽が、赤く色を変えて、レティシア達の姿を照らし出した。
太陽を背にして立つレティシアと、その横で尻餅をついているリュシアンと巨大なジャガイモの蔓に絡め捕られた大司教たちの姿が。
「れ、レティシア……やめないか、こんなことをしてタダですむと思っているのか!?」
「今放した方がタダですまないと思うので、やめません」
床に転がった駕篭から、ジャガイモが転がり出てくる。どれも目一杯芽を生やして、最大限まで蔓を伸ばしている。本来の力以上の力を出し切っていると言える。
「ああ、懐かしい光景……初めてバルニエ領で植え替えた時もこんな風に大きくなってくれたわ」
大きくなったなんてもんじゃない。蔓は成長をやめず、石造りの壁や天井に浸食していく。天井を覆い、壁を破ったかと思うと、今度は階下へと進んでいく。
「レティシア、暢気なことを言っている場合じゃないぞ。この蔓のせいで建物が……!」
今、レティシアのいるこの部屋は、もはや蔓に支えられていると言ってもいい状態だった。
「……あら、ら?」
当然、そんな状態が安定するはずもない。
蔓に支えられている大司教たちはともかく、床の上に立っていたレティシアとリュシアンはぐらぐら揺れる中、バランスを保てなくなっていた。
建物そのものが、ガラガラと音を立てて崩れ始めている。そんなことを思っている間に――
「きゃっ!」
レティシアの足下が、崩れ落ちた。
かろうじて、外に伸びている蔓に捕まって宙づりになったレティシアに、這い寄ってきたリュシアンが手を伸ばしてきた。
「掴まれ、レティシア」
「リュシアン様だって危ないじゃないですか。お構いなく」
「違う! お前がそんな風に必死に蔓にしがみついていたら、無意識に魔力が流れてだな……」
リュシアンの言わんとすることが、目の前で起きた。レティシアが強く握っていた箇所から、枯れ始めている。
「ち、違いますよ! これは枯らそうとしてるんじゃなくて、成長しすぎて寿命を迎えて……」
「わかっている! とりあえずこっちへ来い!」
(やっぱり、卒業セレモニーで聖大樹が枯れた原因をちゃんと知ってたのね……! それなのに『偽聖女』なんて、よくも……! 後で覚えてなさいよ!)
こっそり激怒しつつ、レティシアは仕方なく手を伸ばした。だがその手が届くことはなく、がくんと沈むような感覚を覚えた。
「レティシア!」
誰かが、落ちていくレティシアの名を呼んだ。
自分に向けて必死に手を伸ばしているリュシアンの顔が、遠ざかる。
(あ、落ちる……)
怖いと言うより、後悔の念の方が強く湧いた。死に直面したとわかるから。
後悔と、無念の思いが、一瞬にしてレティシアの中を駆け巡った。
(リュシアン様ばかり悪く言ったけど、私にも悪いところはあったわよね。アネットにも、もう少し親切にできたのに……ネリーにも本当に申し訳ないわ。お父様やお母様には結局隠したままだし。アランは……立ち直ったかしら。ジャンがいれば、きっと大丈夫よね。レオナールには心配かけてしまったかしら。お兄様とは、まぁ……話せたから良かったわ。だけどあの人とは、もっともっと話しておけば良かった……!)
その顔が思い浮かんだとき、急に目が熱くなった。気付くと、地面とは逆方向に雫が零れていく。落ちていくレティシアの涙が、空に向かって昇っていった。
(アベル様……もう一度だけでいいから、会いたかった……!)
きゅっと、目をつぶった。次の瞬間、何故か体がふわりと軽くなった。それだけじゃない。全身が温くて柔らかな何かに包まれた。
(この感触には、覚えが……?)
そっと目を開けて、そんな疑問はすぐに晴れた。
目の前に、いたから。真っ黒な髪に、炎のようにたぎる真っ赤な瞳の持ち主が。
「アベル、様……!?」
太陽を背にして立つレティシアと、その横で尻餅をついているリュシアンと巨大なジャガイモの蔓に絡め捕られた大司教たちの姿が。
「れ、レティシア……やめないか、こんなことをしてタダですむと思っているのか!?」
「今放した方がタダですまないと思うので、やめません」
床に転がった駕篭から、ジャガイモが転がり出てくる。どれも目一杯芽を生やして、最大限まで蔓を伸ばしている。本来の力以上の力を出し切っていると言える。
「ああ、懐かしい光景……初めてバルニエ領で植え替えた時もこんな風に大きくなってくれたわ」
大きくなったなんてもんじゃない。蔓は成長をやめず、石造りの壁や天井に浸食していく。天井を覆い、壁を破ったかと思うと、今度は階下へと進んでいく。
「レティシア、暢気なことを言っている場合じゃないぞ。この蔓のせいで建物が……!」
今、レティシアのいるこの部屋は、もはや蔓に支えられていると言ってもいい状態だった。
「……あら、ら?」
当然、そんな状態が安定するはずもない。
蔓に支えられている大司教たちはともかく、床の上に立っていたレティシアとリュシアンはぐらぐら揺れる中、バランスを保てなくなっていた。
建物そのものが、ガラガラと音を立てて崩れ始めている。そんなことを思っている間に――
「きゃっ!」
レティシアの足下が、崩れ落ちた。
かろうじて、外に伸びている蔓に捕まって宙づりになったレティシアに、這い寄ってきたリュシアンが手を伸ばしてきた。
「掴まれ、レティシア」
「リュシアン様だって危ないじゃないですか。お構いなく」
「違う! お前がそんな風に必死に蔓にしがみついていたら、無意識に魔力が流れてだな……」
リュシアンの言わんとすることが、目の前で起きた。レティシアが強く握っていた箇所から、枯れ始めている。
「ち、違いますよ! これは枯らそうとしてるんじゃなくて、成長しすぎて寿命を迎えて……」
「わかっている! とりあえずこっちへ来い!」
(やっぱり、卒業セレモニーで聖大樹が枯れた原因をちゃんと知ってたのね……! それなのに『偽聖女』なんて、よくも……! 後で覚えてなさいよ!)
こっそり激怒しつつ、レティシアは仕方なく手を伸ばした。だがその手が届くことはなく、がくんと沈むような感覚を覚えた。
「レティシア!」
誰かが、落ちていくレティシアの名を呼んだ。
自分に向けて必死に手を伸ばしているリュシアンの顔が、遠ざかる。
(あ、落ちる……)
怖いと言うより、後悔の念の方が強く湧いた。死に直面したとわかるから。
後悔と、無念の思いが、一瞬にしてレティシアの中を駆け巡った。
(リュシアン様ばかり悪く言ったけど、私にも悪いところはあったわよね。アネットにも、もう少し親切にできたのに……ネリーにも本当に申し訳ないわ。お父様やお母様には結局隠したままだし。アランは……立ち直ったかしら。ジャンがいれば、きっと大丈夫よね。レオナールには心配かけてしまったかしら。お兄様とは、まぁ……話せたから良かったわ。だけどあの人とは、もっともっと話しておけば良かった……!)
その顔が思い浮かんだとき、急に目が熱くなった。気付くと、地面とは逆方向に雫が零れていく。落ちていくレティシアの涙が、空に向かって昇っていった。
(アベル様……もう一度だけでいいから、会いたかった……!)
きゅっと、目をつぶった。次の瞬間、何故か体がふわりと軽くなった。それだけじゃない。全身が温くて柔らかな何かに包まれた。
(この感触には、覚えが……?)
そっと目を開けて、そんな疑問はすぐに晴れた。
目の前に、いたから。真っ黒な髪に、炎のようにたぎる真っ赤な瞳の持ち主が。
「アベル、様……!?」
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