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第6章 聖大樹の下で

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 議会場は騒然とするどころか、かえって静まりかえっていた。

 まさか、国王がリュシアンに手を上げることがあるとは。これまで口では厳しく言いつつ、跡継ぎとして、なによりも唯一残った息子として目を掛けていたことはこの場にいる者なら誰でもうかがい知るところだった。

 確かに、リュシアンが駄々をこねていたようにしか見えなかった。そのせいで時間を浪費したことも確かだ。
 
 だが周囲の目がある中で、あれほど激しく叱りつけたことは、初めてだ。

 「失礼いたしました」と言って、リュシアンの側近であるセルジュが入室したのを見ると、国王は息をついていた。 

「皆の者、見苦しいものを見せてしまった。許せよ」

 席についた国王は、冷静にそう告げた。リュシアンの話しは終わり、そう告げているようだった。

 国王の声が、議会の再開を示す。

「それでは一同、話を戻そうか。ランドロー伯爵の言う、大司教様の八年前の疑惑について……だったかな。先ほども言った通り、八年も前のすでに決した疑惑を覆すほどのものを出さねば、お前の言い分を聞くわけにはいかぬな」
「……はい」
「だから、尋ねていたな。何故、今、あの方の罪を暴こうとする? あの件とお前の領地が何か関係しているか? 表向きは何も関わりないように見えるが?」
「それは……」

 国王の視線が、アベルの横に控えているリール公爵に向いた。

「宰相、どうだ?」

 リール公爵が、ちらりとアベルを窺い見る。

「宰相、そなたが死んだ・・・はずのエルネストの側に控えていることと何か関係しているのか?」

 アベルとリール公爵が小さく頷きを交わすと、リール公爵は一歩歩み出た。

「ランドロー伯爵には我が娘の教師役をお引き受け頂いておりました」
「……ランドロー伯が、レティシアの?」
「はい。恐れながら、陛下もご存じの通り、処刑前日にエルネスト殿下をバルニエ領に送るよう手配したのは私めでございます。それ以降、密かに交流を続けておりました」

 議場は、またもざわついた。エルネスト王子が生きていることすら知らなかった者も、いたからだ。

「その才知は八年経った今もご健在であられた。ゆえに、私は娘の教育をお願いしていたのです。この通り、娘はさる事情でここ数ヶ月謹慎しておりました。その間、新たな見識を身につけさせようと、辺境伯となられたエルネスト王子……ランドロー伯爵に教育係を要請した次第です」

 国王だけでなく重臣達全員に示すように、リール公爵は何通もの手紙の束を卓に出して広げた。

 レティシアが一人で何枚も書き連ねた手紙の束だ。

「ほぅ」

 国王が、手紙の内容とアベルを見比べている。

「確かに、熱心に教えを請うているようだな……もしや最近のバルニエ領の豊作も、このことと関係しているのか?」

 リール公爵は、頷いた。そして続くように、アベルが立ち上がり答えた。

「彼女は聖女候補として申し分ない力の持ち主ですが、その力を持て余し気味でした。学院在籍前には同じく魔力を持て余していた私が相談に応じておりました。その経緯で、我が領に彼女による『恵み』がもたらされたのです」
「左様です。そのため、今回の追加徴税の命が下った際も、私以上に娘のレティシアが熱心に対策を練ろうとしておりました」
「……やはり、最近の奇妙な状況はレティシア嬢が絡んでいたか」

 国王の発した言葉は、重臣達も同意しているようだ。皆、うすうす考えていたことのようだ。

「確かに我が領の近年まれに見る豊作は彼女のおかげです。ですが他の領地が不作に陥っていることとは無関係です」
「どうしてそう言える?」
「我々以外に、この状況を理解している人物が、語ってくれています」

 そう言うと、アベルは懐からペンダントを取り出した。澄んだ真っ青な石に細工が施されている美しいペンダント……アベルが以前、レティシアに贈ったものの片割れだ。

 レティシアは侍女のネリーに渡したのだが、ネリーに譲って貰ったのだ。

「これは私が作った魔石。魔力を込めて色々なことができる。誰かの声を送ったり、それを記憶したり……学院在籍中に、そこにいるセルジュと共に作ったおもちゃのようなものですが」

 セルジュは答えず、アベルから視線を逸らせていた。

 そんな様子に、アベルはずっと気付いてはいたが、触れずにいた。そして今も、触れないまま続けた。

 皆に見えるように、掌に載せた魔石にそっと魔力を注いだ。すると、ぼんやりと声が聞こえてきた。その場の誰のものでもない声が。

『私を、あなた方の手元に置くために、あんなことを?』
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