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第6章 聖大樹の下で
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「レティシアを……だと?」
「はい。あの、すぐではないのかもしれませんけど、こ、殺されてしまうかもしれない……!」
「殺される!?」
リュシアンは自分で自分の口を塞いだ。この執務室は人が来ることは少ないが、通り過ぎる者に聞こえる可能性もある。
「……滅多なことを言うものじゃない。あの女は……悔しいが教会の手の内にある。大司教様がそうそう簡単に不審者を近づけさせるはずがない。あの様子だと、断罪されることもないようだしな……安全だよ」
半ば自虐めいた笑みで、リュシアンはそう言った。だがそれを飲み込めないと言うように、アネットは青ざめた顔で首を横に振り続けている。
「ち、違うんです……大司教様が、『いざとなったら自害にみせかけて殺せ』って……そう、言ったんです」
「馬鹿な……!」
アネットの言葉でも、耳を疑ってしまった。
大司教はいつでもレティシアを慈しんでいた。リュシアンよりもずっと利口だ聡明だと言って目を掛けていた。それに嫉妬したこともあるほどだった。
先日だって、『魔女』であるはずの……大司教自身がそう言ったはずのレティシアを庇い立てした。
だからアネットが告げた言葉は、大司教がレティシアを指して言った言葉だとは到底思えなかった。
「アネット、何かの間違いだろう?」
「ま、間違いありません! お願いです、信じて下さい。信じて下さらなければ……レティシア様が危ないんです!」
「……そもそも、どうして君があの女を助けようとするんだ? あの女がいなければ、君は何の憂いもなく聖女を名乗れるんだぞ」
「できません……!」
アネットの瞳には、いつの間にか涙がたまっていた。潤む瞳から、ポロポロとこぼれ落ちていく。
「ど、どうして……気兼ねなんかする必要はない。君はあの女と違って、紛うことなき聖女なんだから」
「気兼ねなんかじゃありません。私は、所詮あの方がいなければ聖女なんて名乗れない紛い物なんです」
「何を……!?」
アネットは、おもむろに飾ってあった花瓶の花に力を注いだ。その力を受けた花は、半分ほどがしゅるしゅるとより大きく伸びて花を咲かせた。そして、残り半分ほどは枯れ落ちていった。
「これは……」
「これが、私の聖女の力の正体です。一つ咲かせるには、一つから奪う。自分の魔力を生命力に変えて動物や植物に『恵み』を与えるという、聖女様の尊いお力とは全く違います」
「だが……だが大司教様が……!」
アネットと出会い、その力に感動したリュシアンは密かに大司教に目通しした。そしてアネットの力を目の当たりにした大司教は称賛していた。
『レティシアを超える聖女かもしれない』と。
「……まさか……」
リュシアンが、その結論に思い至った時、アネットは静かに頷いた。
「全部……あの方が仕組んだことなのか? 君と出会ったことも……その手先として、セルジュも……? 君も、ずっと……?」
俯いたアネットは、何も言えないようだった。それが、答えだった。
「は……ははは……あはははは!」
乾ききった喉の奥から、信じられないほど大きな笑いがこみ上げてきた。
「馬鹿らしい……すべてが、馬鹿みたいだ……!」
そう言いながらも、リュシアンはわかっていた。馬鹿だったのは自分だけ。周りの皆は、うすうす勘づいていた。自分だけが愚かだったから気付いていなかったのだ。
自分が、ただの操り人形だったことに。
そしてその操り手は、自分が信じていた人々。大司教、セルジュ、そしてアネット……。
「そうか……そうだったのか……私は、最初から……」
「リュシアン様……?」
心配そうに手を差し伸べるアネットの手を、リュシアンはすげなく振り払った。代わりに、アネットの顔をじっと見つめた。
今までとまったく違う、自分でも驚くほどしんと冷え切った真冬のような視線だ。
「なぁアネット。教えてくれないか」
「はい?」
「私は……君にとって、どんな存在なんだ?」
「はい。あの、すぐではないのかもしれませんけど、こ、殺されてしまうかもしれない……!」
「殺される!?」
リュシアンは自分で自分の口を塞いだ。この執務室は人が来ることは少ないが、通り過ぎる者に聞こえる可能性もある。
「……滅多なことを言うものじゃない。あの女は……悔しいが教会の手の内にある。大司教様がそうそう簡単に不審者を近づけさせるはずがない。あの様子だと、断罪されることもないようだしな……安全だよ」
半ば自虐めいた笑みで、リュシアンはそう言った。だがそれを飲み込めないと言うように、アネットは青ざめた顔で首を横に振り続けている。
「ち、違うんです……大司教様が、『いざとなったら自害にみせかけて殺せ』って……そう、言ったんです」
「馬鹿な……!」
アネットの言葉でも、耳を疑ってしまった。
大司教はいつでもレティシアを慈しんでいた。リュシアンよりもずっと利口だ聡明だと言って目を掛けていた。それに嫉妬したこともあるほどだった。
先日だって、『魔女』であるはずの……大司教自身がそう言ったはずのレティシアを庇い立てした。
だからアネットが告げた言葉は、大司教がレティシアを指して言った言葉だとは到底思えなかった。
「アネット、何かの間違いだろう?」
「ま、間違いありません! お願いです、信じて下さい。信じて下さらなければ……レティシア様が危ないんです!」
「……そもそも、どうして君があの女を助けようとするんだ? あの女がいなければ、君は何の憂いもなく聖女を名乗れるんだぞ」
「できません……!」
アネットの瞳には、いつの間にか涙がたまっていた。潤む瞳から、ポロポロとこぼれ落ちていく。
「ど、どうして……気兼ねなんかする必要はない。君はあの女と違って、紛うことなき聖女なんだから」
「気兼ねなんかじゃありません。私は、所詮あの方がいなければ聖女なんて名乗れない紛い物なんです」
「何を……!?」
アネットは、おもむろに飾ってあった花瓶の花に力を注いだ。その力を受けた花は、半分ほどがしゅるしゅるとより大きく伸びて花を咲かせた。そして、残り半分ほどは枯れ落ちていった。
「これは……」
「これが、私の聖女の力の正体です。一つ咲かせるには、一つから奪う。自分の魔力を生命力に変えて動物や植物に『恵み』を与えるという、聖女様の尊いお力とは全く違います」
「だが……だが大司教様が……!」
アネットと出会い、その力に感動したリュシアンは密かに大司教に目通しした。そしてアネットの力を目の当たりにした大司教は称賛していた。
『レティシアを超える聖女かもしれない』と。
「……まさか……」
リュシアンが、その結論に思い至った時、アネットは静かに頷いた。
「全部……あの方が仕組んだことなのか? 君と出会ったことも……その手先として、セルジュも……? 君も、ずっと……?」
俯いたアネットは、何も言えないようだった。それが、答えだった。
「は……ははは……あはははは!」
乾ききった喉の奥から、信じられないほど大きな笑いがこみ上げてきた。
「馬鹿らしい……すべてが、馬鹿みたいだ……!」
そう言いながらも、リュシアンはわかっていた。馬鹿だったのは自分だけ。周りの皆は、うすうす勘づいていた。自分だけが愚かだったから気付いていなかったのだ。
自分が、ただの操り人形だったことに。
そしてその操り手は、自分が信じていた人々。大司教、セルジュ、そしてアネット……。
「そうか……そうだったのか……私は、最初から……」
「リュシアン様……?」
心配そうに手を差し伸べるアネットの手を、リュシアンはすげなく振り払った。代わりに、アネットの顔をじっと見つめた。
今までとまったく違う、自分でも驚くほどしんと冷え切った真冬のような視線だ。
「なぁアネット。教えてくれないか」
「はい?」
「私は……君にとって、どんな存在なんだ?」
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