149 / 170
第6章 聖大樹の下で
11
しおりを挟む
「私は、また失った……いや、捨てられた……」
ぽつりと呟いたリュシアンの声は、風に吹かれればかき消えてしまいそうだった。
「殿下、お気を落とさず……」
「お前は戻れ、セルジュ」
「しかし……」
ドアをくぐった先には、衛兵しかいない。緊急の重臣会議であり、内密の集まりであったため、人を寄せ付けないように言われているのだ。
この場に、茫然自失の状態のリュシアンを置いては行くなど、セルジュにはできないだろう。わかっていたことだが、どうしてもそう言わずにはいられなかった。
「私の元にいては、大司教様の遣いが果たせないかも知れないぞ・どうせ、まだ何か言いつけがあるんだろう」
「それは……」
もう一度セルジュを中へと促そうとした矢先、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。
「リュシアン様! セルジュ様!」
「……アネットか」
普段ならばその姿を見つけただけで目を輝かせるというのに、今日のリュシアンは目を逸らせた。情けない顔を見られたくないのだ。
だがセルジュは、助かったと言わんばかりにアネットを呼び寄せた。
「アネット嬢、殿下はその……具合が悪くなったのです。お側について差し上げてください」
「え、はい……」
急な頼みに戸惑うアネットを置いて、セルジュは議会場の中へ戻っていった。発言権は持たないが、リュシアンの代理としてその場に留まり、議会の様子を伝える。それだけでも役目として果たしてもらわなければならない。
「アネット、どうした?」
「あ、いえ……大丈夫、ですか?」
「心配要らない。それより何か用があったんじゃないのか?」
「いえ、それは……」
アネットの視線が僅かに泳いだ。リュシアンの背後の衛兵をチラチラ見ている。
「わかった。戻るから部屋まで着いてきてくれ」
「は、はい! あの、お手を……?」
「……いらない」
いつもなら舞い上がりそうな一言に、リュシアンは今は、ずんと胸が重くなる。
――それほど、私は何の力も持たないのか
アネットが、そんな苛立ちを感じ取っているのか、おそるおそる後ろを付いてくる。
廊下には、二人以外に人影は見えない。いつも以上に静かなものだ。
これもすべて緊急で重臣達が招集されたから。王宮に集まる者たちは皆萎縮しているのだ。何かが起こっていると、あの人物が告げてしまったから。
エルネスト王子が現れた。それだけで、その存在だけで、良くも悪くも皆の心を震わせた。
「私には、そんな力はないな……」
「はい?」
自虐めいた呟きは、アネットには聞こえていたようだ。
リュシアンの執務室にたどり着き、ドアを閉めてくれたアネットは、首を傾げて尋ね返した。
「何でもない。それより、何か秘密の話でもあったんじゃないのか? ここには人は寄りつかない。今なら……」
そう、口にした瞬間、アネットが急速に距離を詰めた。ずっとそわそわしていたが、今はそれを通り越して、焦りが見えた。
大きな潤んだ瞳が、リュシアンを至近距離からまっすぐに見つめている。
「ど、どうした?」
「……ください」
「何だって?」
アネットが、意を決したようにリュシアンの両手を握って、告げた。
「レティシア様を助けて下さい……!」
ぽつりと呟いたリュシアンの声は、風に吹かれればかき消えてしまいそうだった。
「殿下、お気を落とさず……」
「お前は戻れ、セルジュ」
「しかし……」
ドアをくぐった先には、衛兵しかいない。緊急の重臣会議であり、内密の集まりであったため、人を寄せ付けないように言われているのだ。
この場に、茫然自失の状態のリュシアンを置いては行くなど、セルジュにはできないだろう。わかっていたことだが、どうしてもそう言わずにはいられなかった。
「私の元にいては、大司教様の遣いが果たせないかも知れないぞ・どうせ、まだ何か言いつけがあるんだろう」
「それは……」
もう一度セルジュを中へと促そうとした矢先、パタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。
「リュシアン様! セルジュ様!」
「……アネットか」
普段ならばその姿を見つけただけで目を輝かせるというのに、今日のリュシアンは目を逸らせた。情けない顔を見られたくないのだ。
だがセルジュは、助かったと言わんばかりにアネットを呼び寄せた。
「アネット嬢、殿下はその……具合が悪くなったのです。お側について差し上げてください」
「え、はい……」
急な頼みに戸惑うアネットを置いて、セルジュは議会場の中へ戻っていった。発言権は持たないが、リュシアンの代理としてその場に留まり、議会の様子を伝える。それだけでも役目として果たしてもらわなければならない。
「アネット、どうした?」
「あ、いえ……大丈夫、ですか?」
「心配要らない。それより何か用があったんじゃないのか?」
「いえ、それは……」
アネットの視線が僅かに泳いだ。リュシアンの背後の衛兵をチラチラ見ている。
「わかった。戻るから部屋まで着いてきてくれ」
「は、はい! あの、お手を……?」
「……いらない」
いつもなら舞い上がりそうな一言に、リュシアンは今は、ずんと胸が重くなる。
――それほど、私は何の力も持たないのか
アネットが、そんな苛立ちを感じ取っているのか、おそるおそる後ろを付いてくる。
廊下には、二人以外に人影は見えない。いつも以上に静かなものだ。
これもすべて緊急で重臣達が招集されたから。王宮に集まる者たちは皆萎縮しているのだ。何かが起こっていると、あの人物が告げてしまったから。
エルネスト王子が現れた。それだけで、その存在だけで、良くも悪くも皆の心を震わせた。
「私には、そんな力はないな……」
「はい?」
自虐めいた呟きは、アネットには聞こえていたようだ。
リュシアンの執務室にたどり着き、ドアを閉めてくれたアネットは、首を傾げて尋ね返した。
「何でもない。それより、何か秘密の話でもあったんじゃないのか? ここには人は寄りつかない。今なら……」
そう、口にした瞬間、アネットが急速に距離を詰めた。ずっとそわそわしていたが、今はそれを通り越して、焦りが見えた。
大きな潤んだ瞳が、リュシアンを至近距離からまっすぐに見つめている。
「ど、どうした?」
「……ください」
「何だって?」
アネットが、意を決したようにリュシアンの両手を握って、告げた。
「レティシア様を助けて下さい……!」
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。
緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。
転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。
餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!
4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。
無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。
日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m
※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m
※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)>
~~~ ~~ ~~~
織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。
なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。
優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。
しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。
それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。
彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。
おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。
光と影の約束
(笑)
恋愛
名門貴族の令嬢エリザベスは、婚約者と親友の裏切りによってすべてを失い、絶望の淵に立たされる。しかし、ある日彼女は神秘的な力と出会い、復讐を誓う。新たな力を手にしたエリザベスは、冷静かつ計画的に裏切った者たちを追い詰め、華麗に舞い戻る。果たして彼女の復讐劇は成功するのか?そして、彼女が選ぶ未来とは──。
【完結】今も昔も、あなただけを愛してる。
刺身
恋愛
「僕はメアリーを愛している。僕としてはキミを愛する余地はない」
アレン・スレド伯爵令息はいくらか申し訳なさそうに、けれどキッパリとそう言った。
寵愛を理由に婚約について考え直すように告げられたナディア・キースは、それを受けてゆっくりと微笑む。
「その必要はございません」とーー。
傍若無人なメアリーとは対照的な性格のナディアは、第二夫人として嫁いだ後も粛々と日々を送る。
そんな関係性は、日を追う毎に次第に変化を見せ始めーー……。
ホットランキング39位!!😱
人気完結にも一瞬20位くらいにいた気がする。幻覚か……?
お気に入りもいいねもエールもめっちゃ励みになります!
皆様に読んで頂いたおかげです!
ありがとうございます……っ!!😭💦💦
読んで頂きありがとうございます!
短編が苦手過ぎて、短く。短く。と念じながら書いておりましたがどんなもんかちょっとわかりません。。。滝汗←
もしよろしければご感想など頂けたら泣いて喜び反省に活かそうと思います……っ!
誤用や誤字報告などもして下さり恐縮です!!勉強になります!!
読んで下さりありがとうございました!!
次作はギャグ要素有りの明るめ短編を目指してみようかと思います。。。
(すみません、長編もちゃんと覚えてます←💦💦)
気が向いたらまたお付き合い頂けますと泣いて喜びます🙇♀️💦💦
この度はありがとうございました🙏
優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。
もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。
そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。
誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか?
そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。
聖女として王国を守ってましたが追放されたので、自由を満喫することにしました
ルイス
恋愛
天候操作、守護結界、回復と何でも行える天才聖女エミリー・ブライダルは王国の重要戦力に位置付けられていた。
幼少のことから彼女は軟禁状態で政権掌握の武器としても利用されており、自由な時間などほとんどなかったのだ。そんなある日……
「議会と議論を重ねた結果、貴様の存在は我が王国を根底から覆しかねない。貴様は国外追放だ、エミリー」
エミリーに強権を持たれると危険と判断した疑心暗鬼の現政権は、エミリーを国外追放処分にした。兵力や魔法技術が発達した為に、エミリーは必要ないとの判断も下したのだ。
晴れて自由になったエミリーは国外の森林で動物たちと戯れながら生活することにした。砂漠地帯を緑地に変えたり、ゴーストタウンをさらに怖くしたりと、各地で遊びながら。
また、以前からエミリーを気にかけていた侯爵様が彼女の元を訪ね、恋愛関係も発展の様相を見せる。
そして……大陸最強の国家が、故郷の王国を目指しているという噂も出て来た。
とりあえず、高みの見物と行きましょうか。
欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします
ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、
王太子からは拒絶されてしまった。
欲情しない?
ならば白い結婚で。
同伴公務も拒否します。
だけど王太子が何故か付き纏い出す。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる