この野菜は悪役令嬢がつくりました！

第6章 聖大樹の下で

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「リュシアン、控えよ」

　国王の叱咤も、リュシアンは聞いていない。

「大司教様のおかげで、今の私がある。下心があろうと何だろうと、あの方のおかげで私は助かったんだ。『一言言ってくれれば避けられた』？　私と母上を救ってくれたのは兄上じゃない、大司教様だ！　罪人が世迷い言を言うな！」
「やめろ、リュシアン！」
「こんな紙っぺら……いくらでも用意できる！　こんなもので、この国から教会の長を取り上げようと言うのか！」
「で、殿下……それ以上は……」

　側に控えていたセルジュまでが、リュシアンの袖を引いた。遠慮がちではあるが、引き留めようと必死だ。

　だが、リュシアンはそれを振り払って続けた。

「一度名を失ったからと言って、被害者ぶらないでくれ！　あなたはすべて失ったと思っているかも知れないが、私はあなたのせいでいつでも失い続けている！　人々の信用も、築き上げてきた努力の成果も、いつでもあなたに敵わないせいでなかったことにされてきた。その上、今、母上を侮辱し、命の恩人である大司教様まで糾弾して貶めようとしている……どこまで欲を掻けば気が済むんだ！」
「黙れ！」

　バシン！……と、大きな音が響いた。気付けば国王の手が、リュシアンの頬を張り飛ばしていた。床にうずくまるリュシアンは、頬を抑えることすらできず、呆然としていた。セルジュが駆け寄るのも、気付いていない。

「殿下！　大丈夫ですか？」
「セルジュ！　その馬鹿者をつまみ出せ！」
「ち、父上……！」

　縋るようなリュシアンの声を聞いても、国王は顔を背けるばかりだった。
　セルジュは、僅かに戸惑いつつ、リュシアンに手を貸し、そしてドアの方へと促した。

「父上……父上！　何故です！　私は息子でしょう？　次期国王なのでしょう！？」
「……私心で議会を荒らし、駄々をこねるばかりの愚か者はこの場にいらぬ」

　息をのむと同時に、リュシアンはすべての言葉をなくしていた。誰も、連れられていくリュシアンに掛けられる言葉など、なかった。

　　ただ一人を除いては。

「お前の、その真っ直ぐな心根は、美しいと思う」
「……兄上？」
「だが、それは時にお前自身の視野を狭める。これからお前は、今よりもっと多くの守らねばならないものが出来る。今のままでは、いられないぞ」

　アベルが告げた言葉を、リュシアンは目を瞬かせて聞いていた。

「……それと、まだアレ・・を持っていてくれて、ありがとう」

　その声は、リュシアンには届いてはいなかった。
　そして、リュシアンもまた、誰にも聞こえないような小さな声でアベルの言葉を反芻していた。


 　互いの言葉が僅かに届かないまま、リュシアンは議会場を後にしたのだった。