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第6章 聖大樹の下で
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王妃の声は、矢のように鋭くアベルを射貫こうとしていた。
動揺する重臣達に対し、アベルやレオナール達は、静かだった。もっとも、重臣達も想像していたよりは落ち着いていた。ここにいる面々は、王妃が力をなくしたことも、その原因がエルネスト王子だと囁かれていたことも、知っていたらしい。
「私が、王妃殿下に毒を盛った……そのことを、誰から聞いたのですか?」
「公表されておらずとも王宮に繋がりがある者ならば誰でも知っていることです。あなたを敵視していた私ばかりか、正妃の息子として幼い頃よりあなたより優遇されてきた弟まで手に掛けたとね」
はっきりとした敵意が、そこにはあった。今すぐにでも、刺し貫かんばかりの憎悪だ。
「密かにバルニエ領に逃れたと知って気が気じゃなかった。またリュシアンの命を狙うかもしれない。今度は陛下まで狙うかもしれない。知性も魔力も持ち合わせた逸材がどのような化け物として私たちを狙うか……恐ろしかった。そして憎かった……私から聖女の力を奪っておいて、命を拾ったあなたが……!」
「……あなた方の命を狙うなど、とんでもない。彼の地は、それどころではありませんでしたから」
「知っています。だからこそ、まだ聖女としての権限を行使して、あなた方の土地に聖木を与えないようにしていたのですから」
その言葉にはアベルたちだけでなく、国王も眉を動かした。
「王妃よ、それは……」
「罪人に神の『恵み』など必要ないと申しているのです」
「……確かに、私も罪人の一人。あのパーティーの席で大勢を苦しめることになった。その原因に、気付いていなかったのですから」
アベルが罪を認めると、王妃の表情がほんの少し和らいだ。いや、溜飲が下がったように見えた。
だが同時に、アベルの表情がより険しく、厳しいものへと変わっていった。
「そして、あなたもまた、罪人の一人ということになりますね。王妃殿下」
「何ですって!?」
僅かに怯んだ王妃を、今度はアベルの方がまっすぐに睨み据えた。
「バルニエ領において、罪人として処刑されたことがあるのは私一人。他の者は、ここにいるレオナールやアランにジャン、農夫、職人、商人、女子供……すべての民が、ただ日々を懸命に生きる者たちです。私と並んで罪人と呼ばれるような者など一人もいない。それなのに、あなたは彼らまで苦しめて、勝手に溜飲を下げていたということですか」
「ぶ、無礼な……!」
「あなたこそ、我が領民達に対する無礼と非道を改めて頂きたい。私はかろうじて持ち出した財を、民達の暮らしのために教会に納めた。それでは信仰心の現れにはならないとすげなく言われて聖木を受けることは諦めていたが、そのような私怨でのご判断だったならば、もはや黙ってはいられない。それは、この国の民を思い、『恵み』を与える聖女の行いではない」
「……控えよ、ランドロー伯爵。」
激昂しかかっていたアベルを、国王の冷静な声が抑えた。アベルは、小さくお辞儀をして席に着いた。
「王妃も、座りなさい」
「……失礼いたしました」
決まり悪そうに、王妃も席に着いた。
何とも言えない苦い表情に、アベルは、ぽつりと呟きを漏らした。
「……私は、愚かでした」
その声は全員に届いていたが、その意図まではわからず、視線を集めていた。
「正しい行いをすれば、評価はついてくると思い込んでいた。その結果、忌まわしい口車に乗ってしまった……国王は弟が継ぐ。だから自分は弟を支える力があると示さなければならなかった。……焦っていた」
「焦っていたとは、何を?」
「その人の言うがまま、外国の賓客も迎えるパーティーの一切を取り仕切り、実績としょうして 新しい食材の苗を育て、披露しようと目論み……あの結果です」
「あれは自分の責任ではないと仰るの?」
まだ棘を多く含んだ王妃の問いに、アベルは静かに首を横に振った。
「私以外の人間の意図が含まれていた、という話です」
動揺する重臣達に対し、アベルやレオナール達は、静かだった。もっとも、重臣達も想像していたよりは落ち着いていた。ここにいる面々は、王妃が力をなくしたことも、その原因がエルネスト王子だと囁かれていたことも、知っていたらしい。
「私が、王妃殿下に毒を盛った……そのことを、誰から聞いたのですか?」
「公表されておらずとも王宮に繋がりがある者ならば誰でも知っていることです。あなたを敵視していた私ばかりか、正妃の息子として幼い頃よりあなたより優遇されてきた弟まで手に掛けたとね」
はっきりとした敵意が、そこにはあった。今すぐにでも、刺し貫かんばかりの憎悪だ。
「密かにバルニエ領に逃れたと知って気が気じゃなかった。またリュシアンの命を狙うかもしれない。今度は陛下まで狙うかもしれない。知性も魔力も持ち合わせた逸材がどのような化け物として私たちを狙うか……恐ろしかった。そして憎かった……私から聖女の力を奪っておいて、命を拾ったあなたが……!」
「……あなた方の命を狙うなど、とんでもない。彼の地は、それどころではありませんでしたから」
「知っています。だからこそ、まだ聖女としての権限を行使して、あなた方の土地に聖木を与えないようにしていたのですから」
その言葉にはアベルたちだけでなく、国王も眉を動かした。
「王妃よ、それは……」
「罪人に神の『恵み』など必要ないと申しているのです」
「……確かに、私も罪人の一人。あのパーティーの席で大勢を苦しめることになった。その原因に、気付いていなかったのですから」
アベルが罪を認めると、王妃の表情がほんの少し和らいだ。いや、溜飲が下がったように見えた。
だが同時に、アベルの表情がより険しく、厳しいものへと変わっていった。
「そして、あなたもまた、罪人の一人ということになりますね。王妃殿下」
「何ですって!?」
僅かに怯んだ王妃を、今度はアベルの方がまっすぐに睨み据えた。
「バルニエ領において、罪人として処刑されたことがあるのは私一人。他の者は、ここにいるレオナールやアランにジャン、農夫、職人、商人、女子供……すべての民が、ただ日々を懸命に生きる者たちです。私と並んで罪人と呼ばれるような者など一人もいない。それなのに、あなたは彼らまで苦しめて、勝手に溜飲を下げていたということですか」
「ぶ、無礼な……!」
「あなたこそ、我が領民達に対する無礼と非道を改めて頂きたい。私はかろうじて持ち出した財を、民達の暮らしのために教会に納めた。それでは信仰心の現れにはならないとすげなく言われて聖木を受けることは諦めていたが、そのような私怨でのご判断だったならば、もはや黙ってはいられない。それは、この国の民を思い、『恵み』を与える聖女の行いではない」
「……控えよ、ランドロー伯爵。」
激昂しかかっていたアベルを、国王の冷静な声が抑えた。アベルは、小さくお辞儀をして席に着いた。
「王妃も、座りなさい」
「……失礼いたしました」
決まり悪そうに、王妃も席に着いた。
何とも言えない苦い表情に、アベルは、ぽつりと呟きを漏らした。
「……私は、愚かでした」
その声は全員に届いていたが、その意図まではわからず、視線を集めていた。
「正しい行いをすれば、評価はついてくると思い込んでいた。その結果、忌まわしい口車に乗ってしまった……国王は弟が継ぐ。だから自分は弟を支える力があると示さなければならなかった。……焦っていた」
「焦っていたとは、何を?」
「その人の言うがまま、外国の賓客も迎えるパーティーの一切を取り仕切り、実績としょうして 新しい食材の苗を育て、披露しようと目論み……あの結果です」
「あれは自分の責任ではないと仰るの?」
まだ棘を多く含んだ王妃の問いに、アベルは静かに首を横に振った。
「私以外の人間の意図が含まれていた、という話です」
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