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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
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「そんな……そんなこと、許されるはずがありません!」
声高に叫ぶも、大司教は穏やかに微笑み返す。聞き分けのない子供を諭すように。
「誰が『許さない』のだね?」
「国王陛下に王妃様……それに、そんな話を聞けば重臣の方々も……」
「その方々に、今の話を聞かせる? 君が? それは無理がある」
「無理だなんて……」
「その理由は、君が……『魔女』が何を言ったところで、誰が聞く耳を持つ? 君の父君は信じて下さるかも知れないが、発言力を失っているあの方一人が叫んだところでどうにもなるまい」
「……そのために私が『魔女』だなんて噂を……私ばかりでなく、父の信用まで失墜させるために……!?」
大司教は微笑んだまま、頷くでもなく首を振るでもなく、ただレティシアを見つめていた。
「大丈夫。すべて、私が良いように計らおう。父君の信用とて時が経てば元通りになる。君は何も……何一つ、心を砕く必要はないのだよ」
そう言い、大司教はレティシアの両肩に優しく手を置いた。
レティシアはその手を振り払い、ゆっくりと視線を動かした。大司教の背後でただじっと成り行きを見守っている兄の方へ。
「お兄様……お兄様も、この企てに……?」
「……ああ」
静かに頷く兄・セルジュの顔を見て、レティシアの中で何かがガラガラと崩れ落ちていくのがわかった。
「最初から……リュシアン殿下に貶められたことも、全部……? あの時慰めてくれたことも、嘘?」
「……そうなるな」
「そんな……ご自分がいったい何をしようとしているか、わかっているの?」
「わかっている」
レティシアの言葉を遮るように、セルジュは強い声音で言い放った。
「わかっているんだ。自分がやろうとしていること、大司教様がおやりになろうとしていること、すべて……お前よりも、はるかに深く理解している」
揺るぎのない言葉と視線を受けて、レティシアはもう、兄を説き伏せることは出来ないのだと悟った。
「おかしい……猊下も、お兄様もおかしいわ……!」
「何とでも。この国のためならば、どんなそしりも受ける。ああそれと……これは君のために言う」
「……なに?」
「転移魔法で彼の地に飛ぼうとは考えない方がいい」
「ああ……その手がありましたね」
レティシアの言葉に、大司教はせせら笑った。
「あの北の辺境へ行ってどうなる? 役目を放り出して、彼の地で暮らすと言うなら、我々はランドロー伯がこの魔女騒ぎの元凶だと広めざるを得ないな」
「……だとすればどうなるのですか?」
「君ほどの人物が想像できないかね? 祭り一つ開くにも難航しているこの国で、彼の地だけ豊かでいればどのようなことになるか……想像がつくだろう」
「何……ですって?」
「君の力は、すべての民に遍く平等に分け与えねばならないものなのだよ。それを独占しようとするなら、我らはともかく『恵み』を求める人々が黙ってはいないだろう……わかるね?」
レティシアの手から力が抜けて、膝の上でに投げ出される。今度こそ、愕然としてピクリとも動かなくなったレティシアを見て、大司教とセルジュは背を向けた。
「大丈夫。君が寂しくないように、きちんと考えているとも。ひとまずは後ほど、食事を運ばせよう。きっと気に入るよ」
「食事なんて……」
そんな呟きは、空に消えた。
扉が閉まる音の方が、より強く響いたが、それでもレティシアは声に表した。
「……あの人に、会いたい……」
声高に叫ぶも、大司教は穏やかに微笑み返す。聞き分けのない子供を諭すように。
「誰が『許さない』のだね?」
「国王陛下に王妃様……それに、そんな話を聞けば重臣の方々も……」
「その方々に、今の話を聞かせる? 君が? それは無理がある」
「無理だなんて……」
「その理由は、君が……『魔女』が何を言ったところで、誰が聞く耳を持つ? 君の父君は信じて下さるかも知れないが、発言力を失っているあの方一人が叫んだところでどうにもなるまい」
「……そのために私が『魔女』だなんて噂を……私ばかりでなく、父の信用まで失墜させるために……!?」
大司教は微笑んだまま、頷くでもなく首を振るでもなく、ただレティシアを見つめていた。
「大丈夫。すべて、私が良いように計らおう。父君の信用とて時が経てば元通りになる。君は何も……何一つ、心を砕く必要はないのだよ」
そう言い、大司教はレティシアの両肩に優しく手を置いた。
レティシアはその手を振り払い、ゆっくりと視線を動かした。大司教の背後でただじっと成り行きを見守っている兄の方へ。
「お兄様……お兄様も、この企てに……?」
「……ああ」
静かに頷く兄・セルジュの顔を見て、レティシアの中で何かがガラガラと崩れ落ちていくのがわかった。
「最初から……リュシアン殿下に貶められたことも、全部……? あの時慰めてくれたことも、嘘?」
「……そうなるな」
「そんな……ご自分がいったい何をしようとしているか、わかっているの?」
「わかっている」
レティシアの言葉を遮るように、セルジュは強い声音で言い放った。
「わかっているんだ。自分がやろうとしていること、大司教様がおやりになろうとしていること、すべて……お前よりも、はるかに深く理解している」
揺るぎのない言葉と視線を受けて、レティシアはもう、兄を説き伏せることは出来ないのだと悟った。
「おかしい……猊下も、お兄様もおかしいわ……!」
「何とでも。この国のためならば、どんなそしりも受ける。ああそれと……これは君のために言う」
「……なに?」
「転移魔法で彼の地に飛ぼうとは考えない方がいい」
「ああ……その手がありましたね」
レティシアの言葉に、大司教はせせら笑った。
「あの北の辺境へ行ってどうなる? 役目を放り出して、彼の地で暮らすと言うなら、我々はランドロー伯がこの魔女騒ぎの元凶だと広めざるを得ないな」
「……だとすればどうなるのですか?」
「君ほどの人物が想像できないかね? 祭り一つ開くにも難航しているこの国で、彼の地だけ豊かでいればどのようなことになるか……想像がつくだろう」
「何……ですって?」
「君の力は、すべての民に遍く平等に分け与えねばならないものなのだよ。それを独占しようとするなら、我らはともかく『恵み』を求める人々が黙ってはいないだろう……わかるね?」
レティシアの手から力が抜けて、膝の上でに投げ出される。今度こそ、愕然としてピクリとも動かなくなったレティシアを見て、大司教とセルジュは背を向けた。
「大丈夫。君が寂しくないように、きちんと考えているとも。ひとまずは後ほど、食事を運ばせよう。きっと気に入るよ」
「食事なんて……」
そんな呟きは、空に消えた。
扉が閉まる音の方が、より強く響いたが、それでもレティシアは声に表した。
「……あの人に、会いたい……」
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