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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
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「そんな……」
リュシアンの視線が、再びレティシアに向いた。先ほどまでの敵意がぽろぽろと剥がれ落ち、ただ困惑の色が浮かんでいる。
それでもセルジュは、その腕を離そうとしない。そんなリュシアンの前に、小柄な影が進み出た。
「リュシアン様、おやめください! レティシア様を傷つけないで」
アネットが、レティシアとリュシアンの間に立っていた。リュシアンの脅威からレティシアを庇うように、立ちはだかっていたのだ。
「アネット、お前まで何故……?」
問われても、アネットは答えずに、ただじっと立っていた。通さないという意志だけが、見えた。
リュシアンはたじろぎ、そして怯んでいた。アネットとセルジュ、自分の味方だと信じて疑わなかった二人に止められたせいか。二人を交互に見ては言葉にならない声を漏らしていた。
「殿下、ここは教会。それも広く開放している大聖堂ではなく賓客をもてなすための場。本来なら、私の許可無く足を踏み入れていい場所ではないのですよ。たとえ王族であても……ね」
「し、しかし……この女は……!」
「アネット嬢の言う通り。殿下、レティシア嬢を傷つけてはなりません」
「何故ですか、大司教……この女が噂の『魔女』ではないからですか」
「それも然り。それに加えて、一国の王子が女性相手に手を上げるなど許されるとお思いですか。まして、相手は宰相閣下のご令嬢ですよ」
「何なんだ、それは……だって……だってこの女は……!」
「彼女は、あなたから一方的に婚約を破棄され、『偽聖女』などという汚名を着せられ、公爵令嬢としてのお立場すら貶められた一人の哀れな女性……違いますかな?」
リュシアンは、ついに二の句を告げなくなった。ようやくセルジュの戒めから解放された腕は、力なくだらりと垂れ落ちた。
反論すら、する気配がない。
「アネット嬢、殿下はお疲れのようだ。王宮でお休み頂いてはどうかな」
「は、はい……」
「必要ない」
かろうじて聞き取れるような声で、リュシアンは答えた。周囲の者をはね除けるような物言いにアネットがたじろいでいると、大司教の声が、重々しく響いた。
「お連れするのです。アネット嬢」
その響きに、一瞬だけ身を震わせていたアネットは、すぐにリュシアンに寄り添い、入り口まで促した。今度は、リュシアンも従っている。
入り口で、ほんの少しだけ振り返り、アネットはお辞儀をした。まるでリュシアンの暴挙を謝罪しているようだ。
二人の姿が見えなくなり、ようやく息がつける……そう思っていた。だが、不思議と安心する気にはなれなかった。
どうしてか、ひりひりと肌で感じる嫌な感じが止まない。ぞわりと感じる悪寒を堪えて、レティシアは大司教に目を向けた。
視線の先では、大司教が笑っていた。
リュシアンの視線が、再びレティシアに向いた。先ほどまでの敵意がぽろぽろと剥がれ落ち、ただ困惑の色が浮かんでいる。
それでもセルジュは、その腕を離そうとしない。そんなリュシアンの前に、小柄な影が進み出た。
「リュシアン様、おやめください! レティシア様を傷つけないで」
アネットが、レティシアとリュシアンの間に立っていた。リュシアンの脅威からレティシアを庇うように、立ちはだかっていたのだ。
「アネット、お前まで何故……?」
問われても、アネットは答えずに、ただじっと立っていた。通さないという意志だけが、見えた。
リュシアンはたじろぎ、そして怯んでいた。アネットとセルジュ、自分の味方だと信じて疑わなかった二人に止められたせいか。二人を交互に見ては言葉にならない声を漏らしていた。
「殿下、ここは教会。それも広く開放している大聖堂ではなく賓客をもてなすための場。本来なら、私の許可無く足を踏み入れていい場所ではないのですよ。たとえ王族であても……ね」
「し、しかし……この女は……!」
「アネット嬢の言う通り。殿下、レティシア嬢を傷つけてはなりません」
「何故ですか、大司教……この女が噂の『魔女』ではないからですか」
「それも然り。それに加えて、一国の王子が女性相手に手を上げるなど許されるとお思いですか。まして、相手は宰相閣下のご令嬢ですよ」
「何なんだ、それは……だって……だってこの女は……!」
「彼女は、あなたから一方的に婚約を破棄され、『偽聖女』などという汚名を着せられ、公爵令嬢としてのお立場すら貶められた一人の哀れな女性……違いますかな?」
リュシアンは、ついに二の句を告げなくなった。ようやくセルジュの戒めから解放された腕は、力なくだらりと垂れ落ちた。
反論すら、する気配がない。
「アネット嬢、殿下はお疲れのようだ。王宮でお休み頂いてはどうかな」
「は、はい……」
「必要ない」
かろうじて聞き取れるような声で、リュシアンは答えた。周囲の者をはね除けるような物言いにアネットがたじろいでいると、大司教の声が、重々しく響いた。
「お連れするのです。アネット嬢」
その響きに、一瞬だけ身を震わせていたアネットは、すぐにリュシアンに寄り添い、入り口まで促した。今度は、リュシアンも従っている。
入り口で、ほんの少しだけ振り返り、アネットはお辞儀をした。まるでリュシアンの暴挙を謝罪しているようだ。
二人の姿が見えなくなり、ようやく息がつける……そう思っていた。だが、不思議と安心する気にはなれなかった。
どうしてか、ひりひりと肌で感じる嫌な感じが止まない。ぞわりと感じる悪寒を堪えて、レティシアは大司教に目を向けた。
視線の先では、大司教が笑っていた。
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