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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は

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 レティシアは、耳を疑った。

 リュシアンは今、なんと言った? 信じがたい言葉が次々飛び出した。中でも、最も聞き捨てならない言葉が聞こえて、しかも、自分に向けられた。

「『魔女』……ですって?」
「そうだ。恵みをもたらす『聖女』に対して、恵みを奪う『魔女』だ。怒ったか? それとも、自分の行いが目論み通り人々を苦しめた成果として、喜んでいるか?」
「ち、ちょっと……待って下さい! 『目論み通り』とは何? 人々が苦しんで、どうして私が喜ぶというのですか!」
「お前以外にこんなことが出来る者はいないし、こんなことをするほど恨みを抱いている者もいないだろう」
「ふざけないで!」

 リュシアンの目こそ、歓喜に満ちていた。捜し物を見つけた子供のような、自分一人で難解な問いの答えを導き出したかのような。

 レティシアが取り乱す様子を、愉快そうに見ている。

「私がこの国中の『恵み』を奪ったですって? 冗談じゃないわ。私は、『恵み』を与えるための修行をずっとしてきたんです。奪う方法なんて知らないし、やりたいとも思いません」
「では今の国内の状態を、どう説明する? 皆、かろうじて食いつないではいるが、冬を迎えても同様に暮らせるか不安がっている。認めたくはないが、この国中の『恵み』に影響を及ぼせるほどの神聖術の使い手など、現状アネットを除けばお前しかいないじゃないか」
「それが仮にも国王になろうという人の言葉ですか! 確たる証拠もなく、ただの消去法で、よりにもよって『魔女』呼ばわりだなんて……!」
「この件に関しては十分だろう。まさか貴様、アネットのせいだなんて言うつもりじゃないだろうな。聖女に対して不敬にもほどがあるぞ。いくらアネットに嫉妬ではすまない恨みがあるからと言って……なぁ」

 レティシアの両手に、力がぎゅっと籠もった。

 目の前にいる男が、憎しみを通り越して、あまりにも情けない。どこまでも自分とアネットのことしか頭にない。

 アネットじゃないならレティシアが犯人で、レティシアさえどうにかすれば解決できると思い込んでいる。そしてアネット以外なら、レティシアなら、どんな無礼も嘲りも許されると本気で思っている。

 その浅はかさに、虚しさを覚えた。

「……何だ、その顔は?」
「殿下……恐れながら、お諫め申し上げます」
「何だと?」

 レティシアの、悲しみさえ含んだ静かな面持ちに、リュシアンは眉根を寄せた。

「国内の窮状は、私が招いたものではありません。そして何が原因であろうと、あなたが今していることは間違いです」
「何? 貴様……私を愚弄する気か」
「いいえ、忠言です。殿下の元婚約者であり、幼い頃からお側にいた一人の家臣からの」
「な……お前など……!」

 否定しようとしたリュシアンは、それ以上は何故か言おうとしなかった。

「今の困窮した国民と同じ窮状にあった人々を、私は知っています。彼らはそれまで日々暮らしていくだけで精一杯だったのに、ある時、急に豊かさを手に入れました。日々を暮らすばかりでなく、蓄えも豊富にできるほどに。生活にゆとりができた彼らが次にしたことは何か、わかりますか?」
「ふん……そんなこと、知るか」
「新たな畑の開墾です。豊かさに甘んじることなく、自分たちの暮らしを守っていくためにできる限りの努力を重ねているのです」
「そんなもの……欲を掻いているだけだろう」
「突然降ってきた奇跡のような『恵み』に甘んじていてはいけない。今の豊かさが永劫続くものと思っては、途端に暮らしが立ちゆかなくなる。今得たものはこれから先の暮らしを守るための土台、資金と考えよう……そう仰っていました」

 レティシアの脳裏には、そう告げた人の横顔が浮かんでいた。炎のような真っ赤な瞳が、緑と土のまばらになった大地を見据えている様が。

「それが……何だと言うんだ」
「聖女の力一つでどうにかなるとお思いなら、大きな思い違いです。あなたがなさるべきは、『恵み』が乏しくとも育つ作物を諸国から取り寄せたり、国庫を開いたり、苦しむ人々を励ますことです。私を捕らえて脅すことなんかじゃない!」
「だ、黙れ!」
「いいえ、黙りません! こんなところで暢気に戯れて民を蔑ろにしている人に、私を『魔女』呼ばわりする資格なんてあるものですか!」
「黙れと言っている!」

 リュシアンの手が、大きく振り上げられた。その手が、レティシアに向けて振り下ろされる――! 
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