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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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 声が聞こえると、ドアを開ける。すると、窓際に立つ人影が見えた。

 真っ白な法衣を身に纏い、少しふっくらしたシルエット。だが湛えた笑みには確かな威厳と慈愛が浮かんでいる。

 レティシアは、大司教の前に進み出ると、ヴェールを脱いで貴族の令嬢らしくたおやかに頭を垂れた。

「大司教猊下。リール公爵家のレティシアが参りました」
「うん、レティシア。久しいな。息災かね?」
「はい。長く礼拝を怠ったこと、心よりお詫び申し上げます。不信心な私めを、どうかお許し下さい」

 そう言ったレティシアの頭に、ぽんと大きな手が降ってきた。

「私とて、君の事情は理解しているつもりだ。大変だったね。ここには来られずとも、君が神への信仰と感謝の念を忘れてはいないということ、私はわかっていたよ」
「大司教様……ありがとうございます」

 大司教はにっこり笑いかけ、部屋の中央にあるソファを勧めた。レティシアとセルジュがそこに腰掛け、側付きの修道士をさがらせると、自身もまたレティシア達の向かいに掛けた。

 ちらりと部屋を見回すと、いつも置かれていた『祈りのための機械』は、置かれていないようだった。

「さて、話はセルジュから聞いたよ。随分と大胆なことを考えているようだね」
「……突然、このようなことを申し出て、申し訳ございません。不躾であることは重々承知の上で、お聞き願いたいのです」

 身を乗り出しかけたレティシアを、大司教は宥めるように留めた。すると折良くドアが開いて、先ほどの修道士が入ってきた。

 人数分のカップと茶器が載ったトレーを運んできたのだ。

「お茶……ですか? 白湯ではなく?」
「ああ、そうだよ。修行中の修道士達なら普段は白湯だね。君も、礼拝の時にはそのようにしていた。だが今は、君は私の客人だ。客人に対してまで戒律を持ち出すことはないだろう」
「そう……ですか」

 ほんの少し首を傾げつつ、カップに注がれたお茶の色を眺めた。若葉のような淡い色で、湯気からほんのり苦みを含んだ香りがした。

 嗅いだことのない香りに思わず顔をしかめそうになるが、何とかこらえて一口、朽ちに含んだ。やはり想像したとおり、苦みと渋みが全面に出た、経験の無い味だった。

「変わった味と香りのお茶ですね」
「そうだろう。新種の茶葉でね」
「新種……?」
「さて、話の続きだが」

 レティシアの疑問を遮るように、大司教はレティシアの方に向き直った。大司教としての、再び顔に威厳を滲ませている。

「バルニエ領主ランドロー伯爵の国王陛下への直訴……そのための仲立ちを頼みたいと、そういうことだったね?」
「は、はい。この度陛下から下された一方的な追加徴税のご命令は、あまりにも酷です」
「酷とはいえ、陛下のお決めになったこと。直訴などしてご命令に背けば、徴税どころではすまない厳罰に処されてしまうが?」
「承知しております。ご命令に背くつもりはないのです。せめて、伯爵による赦免や代替案の交渉をさせて頂ければと……」
「ふぅむ。交渉ね……」
 
 大司教は、腕を組んで考え込んでしまった。二つ返事とはいかないだろうとは想定していた。

 だが、ここを乗り越えなければ何事も進まない。今アベル達が必死に考えている訴状の内容もすべて、今この瞬間のレティシアの働きがなければ、すべて無駄になってしまう。

 気付けば、レティシアは先ほど止められたにも拘わらず、身を乗り出していた。

「どうかお願いします。こんなご命令に従えば、バルニエ領の人々は再び困窮してしまいます」
「……バルニエ領以外の領地は、既に困窮しているのだよ。自分たちだけが飢えずにいられればそれでいいと言うのなら、賛同はしかねるね」
「違います! そうではなく……」

 声を荒らげると同時に、ふらりと、一瞬頭が重くなった。目眩をおさめようとするレティシアの手を、大司教はすくいあげた。そして、どうしてか嵌めていた手袋をするりとはずした。
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