上 下
103 / 170
第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

32

しおりを挟む
 そろりとドアを開け、周囲を見渡す。辺りに人がいないことを確かめて、静かにドアを閉めてから、セルジュは歩き出した。

 レティシアは現在謹慎中であり、よほどの客人で無い限り人と会うことも禁じられている。いくら兄だといえど、セルジュも例外ではなかった。

 罰せられるようなことはないだろうが、見つかればそれなりに小言を食らい、出入りに相当な見張りをつけられてしまう。

(ずいぶんな念の入り用だ……)

 内心のため息を表に出さないように努めながら、セルジュはレティシアの部屋を後にする。そして自分の部屋に戻る……前に、もう一つの目的地へと向かった。

 それは、父リール公爵の私室だ。

 書斎と二部屋続きとなっている広いドアの前に立つと、セルジュはやや大きめのノックをした。

「父上、お呼びでしょうか」
「……入りなさい」

 厳かな声だった。セルジュが幼い頃からずっと畏怖してきた声だ。

 セルジュが静かに入室すると、公爵は机に座って書類を睨んでいた。机には、似たような書類が山となって積まれている。

「父上、そろそろお休みにならないと……」
「休んでいられるか。あんな無茶な話が通ってしまったんだぞ。各地の不満に対処するだけで手一杯だ」
「……珍しく、父上と殿下の意見が一致した、ということですね」

 公爵はピタリと手を止め、盛大に顔をしかめた。心底から不本意だと目が語っている。不愉快そうに、また書類に目を落とした。

「皮肉を言わせるために呼んだのではない」
「では何故?」

 公爵は書類を片方の山に置き、同時にペンも置いた。手を組み、深いため息をはき出すと、厳しい相貌がしっかりとセルジュを捉えた。

「お前……レティシアの部屋に通っているそうだな」
「……通っている……?」
「何度も出入りしていると」
「それは、まぁ……兄妹ですから」

 確かに、他の使用人たちよりは訪問回数は多い。だが兄妹間のことだと思えば圧倒的に少ない。

「レティシアももう年頃なのだ。兄とはいえ、男を部屋に頻繁に入れるものではないだろう。お前の方も気をつけんか」
「父上、まさか……私まで悪い虫として数えるおつもりですか? 妹に近づくなと?」
「誤解を生むことは出来るだけ減らせと言ったんだ。レティシアは王子との婚約こそ破談になったが、それでも伝統あるリール公爵家の娘。ほとぼりが冷めれば、貴族連中から引く手数多になるだろう。その時に、僅かでも男の影があっては困る」
「男の影とは……ご冗談を。私はシア……レティシアと、あの子が赤ん坊の頃から共に過ごしてきたのですよ。殿下とのことがなくとも、女性として見ることはとてもとても……」

 セルジュは、あまりの言葉にカラカラ笑った。だが、公爵の目はぎらりと鋭く光ったままだった。セルジュは、静かに笑いを引っ込めた。

「部屋で、いったい何をしている?」
「お喋りですよ。何ヶ月も謹慎生活をしていれば、誰だって退屈します。ましてあのお転婆な子ですから……」
「何を話した?」
「物語について。巷で流行している物語を読み漁っているようです。ネリー一人では話したり無いらしく、時折私も尋ねて、存分に語らせてやるのですよ。でないと、どんなに厳重に見張っていても抜け出してしまいそうですから」
「……なるほどのぅ」

 公爵の視線が、ようやく少し緩んだ。喉元に突きつけられた切っ先が下りていくような感覚をセルジュは覚えていた。

「父上、ご心配には及びません。私にとってシアは、愛すべき妹なのです」
「……誓うか?」
「誓えと仰るなら。私を……私の出自を承知で育てて下さった父上と母上に、私は心から感謝しています。もちろん、シアにも。そんな方々のご厚意に背くような真似を、この私がするはずがありません」

 きっぱりとそう言い放ったセルジュを、公爵は見定めるようにじろりと眺めた。

「……わかった。信じよう。これからもレティシアの様子を見てやってくれ」
「もちろんです」

 そう言って深く頭を下げると、退出を許された。
 先ほどと同じく、そろりとドアを開き、音を立てないように注意して、ドアを閉めた。そうして、ようやく一息ついた。

「はぁ……ひとまずは、父上のことはごまかせた……かな」

 先ほど、父に協力を仰ごうとしていたことを止めて正解だった。
 兄であるセルジュが部屋を訪れることですらいい顔をしないのだから、バルニエ領の領主とやりとりをしている……さらに言えば、彼のために奔走していると知れば、どんな天変地異が起こるかわからない。

(そちらは回避した……あとは、あの方と会わせてやるだけだ)

 先ほどレティシアと交わした約束を思い返しながら、セルジュは小さく笑った。ほくそ笑む……と言うのが正しいだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。

餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!  4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。  無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。  日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m ※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m ※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)> ~~~ ~~ ~~~  織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。  なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。  優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。  しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。  それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。  彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。  おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。

光と影の約束

 (笑)
恋愛
名門貴族の令嬢エリザベスは、婚約者と親友の裏切りによってすべてを失い、絶望の淵に立たされる。しかし、ある日彼女は神秘的な力と出会い、復讐を誓う。新たな力を手にしたエリザベスは、冷静かつ計画的に裏切った者たちを追い詰め、華麗に舞い戻る。果たして彼女の復讐劇は成功するのか?そして、彼女が選ぶ未来とは──。

【完結】今も昔も、あなただけを愛してる。

刺身
恋愛
「僕はメアリーを愛している。僕としてはキミを愛する余地はない」  アレン・スレド伯爵令息はいくらか申し訳なさそうに、けれどキッパリとそう言った。  寵愛を理由に婚約について考え直すように告げられたナディア・キースは、それを受けてゆっくりと微笑む。 「その必要はございません」とーー。  傍若無人なメアリーとは対照的な性格のナディアは、第二夫人として嫁いだ後も粛々と日々を送る。  そんな関係性は、日を追う毎に次第に変化を見せ始めーー……。  ホットランキング39位!!😱 人気完結にも一瞬20位くらいにいた気がする。幻覚か……? お気に入りもいいねもエールもめっちゃ励みになります! 皆様に読んで頂いたおかげです! ありがとうございます……っ!!😭💦💦  読んで頂きありがとうございます! 短編が苦手過ぎて、短く。短く。と念じながら書いておりましたがどんなもんかちょっとわかりません。。。滝汗←  もしよろしければご感想など頂けたら泣いて喜び反省に活かそうと思います……っ!  誤用や誤字報告などもして下さり恐縮です!!勉強になります!!  読んで下さりありがとうございました!!  次作はギャグ要素有りの明るめ短編を目指してみようかと思います。。。 (すみません、長編もちゃんと覚えてます←💦💦)  気が向いたらまたお付き合い頂けますと泣いて喜びます🙇‍♀️💦💦  この度はありがとうございました🙏

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

聖女として王国を守ってましたが追放されたので、自由を満喫することにしました

ルイス
恋愛
天候操作、守護結界、回復と何でも行える天才聖女エミリー・ブライダルは王国の重要戦力に位置付けられていた。 幼少のことから彼女は軟禁状態で政権掌握の武器としても利用されており、自由な時間などほとんどなかったのだ。そんなある日…… 「議会と議論を重ねた結果、貴様の存在は我が王国を根底から覆しかねない。貴様は国外追放だ、エミリー」 エミリーに強権を持たれると危険と判断した疑心暗鬼の現政権は、エミリーを国外追放処分にした。兵力や魔法技術が発達した為に、エミリーは必要ないとの判断も下したのだ。 晴れて自由になったエミリーは国外の森林で動物たちと戯れながら生活することにした。砂漠地帯を緑地に変えたり、ゴーストタウンをさらに怖くしたりと、各地で遊びながら。 また、以前からエミリーを気にかけていた侯爵様が彼女の元を訪ね、恋愛関係も発展の様相を見せる。 そして……大陸最強の国家が、故郷の王国を目指しているという噂も出て来た。 とりあえず、高みの見物と行きましょうか。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...