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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
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「これは美味ですな」
「食べたことのないお味ですわ」
「これが最先端の料理ということですか」
皆、口々に絶賛していた。
より優れた称賛の言葉を述べようと躍起になっていた。この世のありとあらゆる美辞麗句を、僅かな時間ですべて浴びたような気がした。
だが、本当に僅かな時間だった。
「う……失礼」
「わ、私も少し……」
「私も少々気分が……うぅ……」
そう言って、席を外す者が相次いだ。やがて席を外す間もなく、その場で次々に人が倒れ始めた。
「これはいったいどうしたことだ!」
怒号が、響き渡る。だがその声も、どこか力の籠もらない様子だった。
そして、その怒号の隣で青ざめていた母と、小さな弟が、崩れ落ちていった。
「お前……お前のせいだ! お前が毒を盛ったんだ! 悪魔……悪魔め!」
悲鳴と、罵倒が、その場を支配していく。ただ一人立っていた自分は、飲み込まれていくしか選択肢がなかった。
叫ぶことなど、出来なかった。
「違う……違います……俺は……!」
「何が違うんですか?」
重くて暗い言葉の数々が、急にどこかへと消え去った。あとに残ったのは、温かで心地の良い声だけ。
縋るように、その声の方に手を伸ばした。すると、不思議なことに誰かが握り返してくれた。
「アベル様?」
ふと目を開けると、そこには空が広がっているのかと思った。
アベルを包むような太陽の金色が見えた。その奥には、深く澄んだ青い空……そのように見えた、瞳があった。
「レティシ……うっ!!」
起き上がろうとして、急に激しい頭痛に見舞われた。うめくアベルを、レティシアはそっと抑えてベッドに横たえた。
「無理なさらないで下さい。慣れないお酒なんて飲むから」
「酒? 何をバカな……ああ、あれか……」
先ほど口にしたものの正体に気付き、脱力した。あまりにも、情けない。そしてそれらの事情をすべて知られているというこの状況は、もっと情けない。
レティシアは手ぬぐいを水でぬらして、アベルの額に乗せた。
心地よかった。
ひんやりした柔らかな感触も、水差しからコップに水を入れてくれる音も、コップを気遣わしげにアベルに勧めるその声や視線も、何もかも。
「すまん、迷惑をかけたな」
「それはレオナールたちに言ってあげてください。ここまで運んでくれたんですから」
「……そのレオナールたちはどうした?」
「作業に戻られましたよ。アランは、先ほどまでここにいたんですけど、私と交代して厨房に戻りました」
「……お前は、ここにいていいのか?」
「私は『引きこもり』ですから」
そう冗談めかして言うと、アベルは複雑そうな笑みを零した。
「それにしたって、『王都で引きこもっている』はずの公爵令嬢様に酔っ払いの介抱をさせてしまうとはな……」
「気になさらないでください。看病は慣れています。父も兄も、お酒はそう強い方ではないので」
公爵ともなれば、酒を断れない場も多いだろう。そうして無理に煽って、家に帰り着いたら倒れる……ということだろうか。
「なるほど。確かに公爵もセルジュも……無理をする性格だからな」
「父をご存じなのですか? それに兄も……」
「……王宮に上がったことは何度かある。その際に、ご挨拶を……な」
「ああ、なるほど」
レティシアとアベルは面識がない。お互いに、知らない場面があったとしても不思議ではないと納得してくれたようだ。
「それよりも、お前の方が意外だ。公爵令嬢ともあろう者が、手ずから誰かを看病したのか?」
「え? あぁ、まぁそれは……小さい頃からよく一緒に過ごした方が、体が弱くてよく熱を……あ、子供の頃の話ですけれどね。でも一度なんて三日三晩、高熱で寝込んでいたこともあって……えぇと……」
レティシアは、珍しく歯切れ悪く呟いた。その様子で、おおよその予想がついた。
「そうか、リュシアン王子……か」
「食べたことのないお味ですわ」
「これが最先端の料理ということですか」
皆、口々に絶賛していた。
より優れた称賛の言葉を述べようと躍起になっていた。この世のありとあらゆる美辞麗句を、僅かな時間ですべて浴びたような気がした。
だが、本当に僅かな時間だった。
「う……失礼」
「わ、私も少し……」
「私も少々気分が……うぅ……」
そう言って、席を外す者が相次いだ。やがて席を外す間もなく、その場で次々に人が倒れ始めた。
「これはいったいどうしたことだ!」
怒号が、響き渡る。だがその声も、どこか力の籠もらない様子だった。
そして、その怒号の隣で青ざめていた母と、小さな弟が、崩れ落ちていった。
「お前……お前のせいだ! お前が毒を盛ったんだ! 悪魔……悪魔め!」
悲鳴と、罵倒が、その場を支配していく。ただ一人立っていた自分は、飲み込まれていくしか選択肢がなかった。
叫ぶことなど、出来なかった。
「違う……違います……俺は……!」
「何が違うんですか?」
重くて暗い言葉の数々が、急にどこかへと消え去った。あとに残ったのは、温かで心地の良い声だけ。
縋るように、その声の方に手を伸ばした。すると、不思議なことに誰かが握り返してくれた。
「アベル様?」
ふと目を開けると、そこには空が広がっているのかと思った。
アベルを包むような太陽の金色が見えた。その奥には、深く澄んだ青い空……そのように見えた、瞳があった。
「レティシ……うっ!!」
起き上がろうとして、急に激しい頭痛に見舞われた。うめくアベルを、レティシアはそっと抑えてベッドに横たえた。
「無理なさらないで下さい。慣れないお酒なんて飲むから」
「酒? 何をバカな……ああ、あれか……」
先ほど口にしたものの正体に気付き、脱力した。あまりにも、情けない。そしてそれらの事情をすべて知られているというこの状況は、もっと情けない。
レティシアは手ぬぐいを水でぬらして、アベルの額に乗せた。
心地よかった。
ひんやりした柔らかな感触も、水差しからコップに水を入れてくれる音も、コップを気遣わしげにアベルに勧めるその声や視線も、何もかも。
「すまん、迷惑をかけたな」
「それはレオナールたちに言ってあげてください。ここまで運んでくれたんですから」
「……そのレオナールたちはどうした?」
「作業に戻られましたよ。アランは、先ほどまでここにいたんですけど、私と交代して厨房に戻りました」
「……お前は、ここにいていいのか?」
「私は『引きこもり』ですから」
そう冗談めかして言うと、アベルは複雑そうな笑みを零した。
「それにしたって、『王都で引きこもっている』はずの公爵令嬢様に酔っ払いの介抱をさせてしまうとはな……」
「気になさらないでください。看病は慣れています。父も兄も、お酒はそう強い方ではないので」
公爵ともなれば、酒を断れない場も多いだろう。そうして無理に煽って、家に帰り着いたら倒れる……ということだろうか。
「なるほど。確かに公爵もセルジュも……無理をする性格だからな」
「父をご存じなのですか? それに兄も……」
「……王宮に上がったことは何度かある。その際に、ご挨拶を……な」
「ああ、なるほど」
レティシアとアベルは面識がない。お互いに、知らない場面があったとしても不思議ではないと納得してくれたようだ。
「それよりも、お前の方が意外だ。公爵令嬢ともあろう者が、手ずから誰かを看病したのか?」
「え? あぁ、まぁそれは……小さい頃からよく一緒に過ごした方が、体が弱くてよく熱を……あ、子供の頃の話ですけれどね。でも一度なんて三日三晩、高熱で寝込んでいたこともあって……えぇと……」
レティシアは、珍しく歯切れ悪く呟いた。その様子で、おおよその予想がついた。
「そうか、リュシアン王子……か」
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