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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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 レティシアの叫び声は、壁を通り越して村中に響くのではないかと思われた。その声音だけでなく、込められた信念が、意思を持って飛び出していきそうな、そんな声だった。

「無関係ではないだと?」
「ええ、そうです。だってこの領地の人たちにジャガイモを広めたのは私なんですから」

 今の豊作は、ジャガイモの大量発生に始まっていると言える。この領地で最初に起きたことが、レティシアの脳裏を巡っていた。

「私が、この領地の畑全てをダメにしてしまったんですから。私が、畑を直したんですから。私が、掘り起こした芋を食べられるって強く勧めたんですから。私が……私が色々したから、今たくさんの作物が穫れて、畑を広げて……そしてこんなふざけた命が下っているんですから」

 すべては、レティシアの考えなしの行動が原因だった。
 あの日、この領地を芋だらけにしてしまったことがすべての発端だ。

 レティシアのせいだ。だけど領民達はレティシアのおかげだと言ってくれる。レティシアがおこす行動のおかげで、良い方に事が運んでいく、と。

『ああ、これで冬を越せる』
『今年は寒さと飢えに怯えることはないんだ』
『王都の聖女様にも感謝だけど、うちはそれ以上にレティさんに感謝だね』

 そんな言葉をかけてくれる。

 そんな思いを向けてくれる人たちを、無関係の人間だと切り捨てることなど、レティシアにはできない。

 レティシアと彼らは、もう十分に、関係しているのだ。

「……だからこそ、お前に累が及ばないようにという配慮だと、わからないのか」
「ああ、やっぱり。そうだったのですね」

 レティシアはスカートの裾をそっと持ち上げて、深くお辞儀をした。

「ご配慮、痛み入ります。ですが申しました通り、私の行動の結果でもあります。どうか、できる限り助勢させてくださいませ」
「お前……」

 レオナールが、アベルの方を窺い見た。彼の判断を待っている。アベルの方は、頷くことをまだ躊躇っている。

 レティシアは、もう急かしたりしなかった。この迷いこそ、アベルのレティシアへの配慮なのだから。

(私が伝えるべきことは伝えた。あとは、アベル様のご判断を仰ぐしかない)

 そう思い、待っていた。

 部屋の中に、じりじりしたような沈黙が流れた。アベルの困ったようなうなり声だけが聞こえる。

 そんな中、ようやく、その沈黙を破る声が聞こえた。

「いいじゃありませんか。力を貸してもらいましょうよ」

 声は、ドアの外から聞こえた。
 そして声の主は、そう言うなり颯爽と入ってきた。後ろに、おどおどした弟を引き連れて。

「ジャン……聞いていたのか」
聞こえて・・・・きました」
「……どこからだ?」
「『議会の中心人物の娘が、ここにいます』あたりからでしょうか」

 アベルとレオナールは、頭を抱えた。要するに、ジャンとアランにはレティシアの素性は知られてしまったわけだ。

「いやぁまさかレティさんが宰相閣下のご令嬢だったとはねぇ」
「い、意外ではないです! 僕はずっと、気品がおありだと思っていました!」
「……ありがとう、アラン」

 へらへら笑い、いけしゃあしゃあと言うジャンは、そのままの笑みをレティシアにも向けた。

「ではレティさん……ではなく、レティシア様。公爵令嬢ということで話を進めさせてもらいますよ。要はアベル様は、あなたに任せきりになってしまうようで気が引けてるんですよ」
「おい……!」
「だってそうでしょう? これまで領内の畑を潤したのもレティシア様。畑の拡張が順調にこぎ出せ得るようにしたのもレティシア様。その上、税の負担を減らすよう抗議するのも実質レティシア様……バルニエ領のことだっていうのに、ここまでよその土地から勉強に来ているだけの人に頼りきりになるのは、そりゃあ誰だって気が引けますよ」 
「え、そんな……今の状況は全部、皆さんがこつこつやって来たから……」
「我々からすれば、そう・・なんですよ」

 レオナールにまで神妙に頷かれて、レティシアは戸惑ってしまった。だがアベルもレオナールも、ジャンも、アランまでが、沈黙と笑みで答えている。

「まあそういうことなんで、複雑な男心も汲んであげて下さい」
「……おい。ちょっと待て。何のことだ」
「あーアベル様はちょっと黙ってて下さい。それでですね、どっちも引っ込みは付かないでしょうから……お二人の関係を平等になるように調整しませんか」
「平等?」

 アランがハラハラした顔で兄を見つめる中、ジャンがぴしっと人差し指を立てて、告げた。

「アベル様は抗議文を提出するんじゃない。正式に国王陛下と交渉するんです。そして、そのための仲立ちをレティシア様にお願いする……ということで、どうです?」
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