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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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 翌日、レティシアはいつものように自室の魔法陣から転移魔法を発動した。いつもなら気が遠くなるほど遠方に向かうのだが……今日は違う。

 王都の一角にある場所だ。リール公爵邸からもそう遠くない。歩いて向かってもいいのだが、なにせレティシアは『謹慎中』。部屋から出るわけにはいかないのだ。

 あべこべなようだが、レティシアはすっかり慣れてしまっている。
 転移魔法の光が止むと、周囲を確認した。

 真っ白な壁と塀、遠くからは子供達の笑い声。

「うん、孤児院ね。セシルを探さないと……」

 たどり着いたのは、いつも通り孤児院の裏口。今の時間なら、院長のセシルは子供達と一緒に畑を世話しているだろうか。

 客人が来ていないかを確認することも忘れてはいけない。今のような状況になる前でも、貴族の令嬢が一人で街中を歩くなど……と小言を言われていた。

 偽聖女なんて言われている今なら、何と言われるやら。

 ここの子供達は、レティシアがその『偽聖女』であることは知らない。だが『偽聖女』を敵視しているのは確かだった。

(まだ、あのことを話しているのかしら。もしかして『偽聖女』が私だと、知ってしまったかしら)

 もしそうなら、あれだけ慕ってくれていた子供達の視線がどんなものに変わっているか。想像しただけで怖かった。

 まず真っ先にセシルに顔を見せる。それ以外、安全策はないと思われた。

 泥棒みたいで少し気は引けたが、レティシアはこっそり建物の裏口から入りこんだ。

 戸を開いてするりと入ると、そこは厨房だ。食堂の方まで行くが、やはり誰もいない。壁にかかっている大きな鏡だけがレティシアの姿を捉えていた。

(……随分と、様変わりしたわね)

 鏡に映し出されていたのは、公爵令嬢レティシアの姿とはかけ離れていた。白かった肌は日に焼け、陶器のように滑らかだった肌は荒れて骨張っている。

 畑仕事を手伝っているうちに、変わった。

(以前なら、ただ魔力を流し込むだけだったのに。あそこで、魔力をどうこうするだけじゃダメなんだって教わったわ)

 魔力を注ぐ……神聖術でできるのは、畑の土や作物に生命力を与えること。だがそれだけでは足りなかった。

 畑の『恵み』を奪い合って半端な育ち方をするよりも、間引いてより大きくする。伸びすぎた蔓に添え木をして太陽の方を向くように支える。病気や害虫の対策を講じる。害獣を追い払うかかしを立てる。作物ごとに不足している養分を補うための肥やしを与える。

『恵み』を与えるなど、畑作りのほんの一幕でしかなかった。人間が食事を与えられているだけでは大きく成長しないように。

 だから、レティシアは自分の骨張った手を醜いとは思わなかった。むしろ、誇りに思えた。

(あの人達には、まだまだ遠く及ばないけどね)

 鏡に向かってニカッと笑ってみる。日に焼けた農夫の娘たちのような女性が、そこに立っていた。まだまだ見習いの娘が。

「だ、誰ですか……!」

――と、鏡の姿に気を取られて、足音に気付いていなかった。いつの間にか食堂の入り口に、身を竦ませた一人の女性が立っていた。

 この孤児院の院長を務めるセシルだ。
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