75 / 170
第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
4
しおりを挟む
書状にはこう書かれていた。
『我が王国は現在、未曾有の窮地に瀕している。その中で、貴殿のバルニエ領は例年以上の税を納め、唯一危機を脱した力ある領地と呼べる。
ひいては、我らが王国に住むすべての民を救済するためにも、貴殿の力を借りたく思う。
ついては、国王の名において以下のものを改めて納めるよう命ずる』
「――って、言っているのが既に納めた税の5倍ほどの追加租税? この領地に、例年の何倍もの税を負担しろと? それが今年の収穫の何割になるか考えないの? 王宮には算術が出来る者がいないの!?」
「落ち着け。俺も呆れて返事に困っていたところだ。余裕があればいくら出しても困らないという発想なんだろうな……おめでたいことだ」
「こんなの、聞く必要ありません! こんな状況のために、国庫には何年にも渡る備蓄があるんですから」
「そうもいくまい。無視すれば、国から弾き出されてしまう」
「今だって国からは特に何もしてもらってないんだから、いいじゃありませんか!」
「……頼むから俺の悩みを増やさないでくれ」
頭痛を覚えているようなアベルの顔を見て、レティシアは一旦言葉を飲み込んだ。だが……それでも静まるものではなかった。
「だって……国政に関わったことのない私でもわかります。こんなものはおかしい。領民たちの日頃の働きを何だと思っているのかしら。今年、偶然、作物がそこら中からポンポン湧いて出たとでも?」
「畑に出たことのない者からしたら、実際そんなもんだろう」
「でもこんな扱い……こんなにも税をとられたら、領民はまた苦しむことになるわ」
「それに本当に困窮している国民に行き渡るのなら、まだいいが……そうとも限らないだろうな」
「そう思うなら、断るべきです」
「どうやって? 国王陛下のお達しなんだぞ」
「で、でも……!」
レティシアはつい激昂してしまったが、アベルの言い分ももっともだった。公爵家の令嬢として、王家がどれほどの権威があるか理解しているつもりだ。幼い頃から可愛がってもらった縁もあって気安く話してしまうこともあったが、それらはすべて寛大な心で許してもらっていたのだと今ならわかる。
地方領主がこのように書状一つで無理難題を押しつけられても、反論など出来るものではないと、冷静な状態ならわかっていた。
おそらくレティシアは、この領地に肩入れしすぎているのだ。
行ったこともない貴族の所領の話ならば、ここまで怒ることはなかっただろうと思う。そういった贔屓が良い者ではないことはわかっている。わかっているが、納得できるかどうかは、別なのだ。
「あ、明らかに数字がおかしいんですもの。怒って当然です」
「……そうだな」
アベルは小さく笑い、レティシアから書状を受け取った。それを裏向けにして机に置き、立ち上がった。
「やはり一旦保留にしておく。ひとまず昼食を食べて、それから考えよう」
「それがいいかと、思います」
『我が王国は現在、未曾有の窮地に瀕している。その中で、貴殿のバルニエ領は例年以上の税を納め、唯一危機を脱した力ある領地と呼べる。
ひいては、我らが王国に住むすべての民を救済するためにも、貴殿の力を借りたく思う。
ついては、国王の名において以下のものを改めて納めるよう命ずる』
「――って、言っているのが既に納めた税の5倍ほどの追加租税? この領地に、例年の何倍もの税を負担しろと? それが今年の収穫の何割になるか考えないの? 王宮には算術が出来る者がいないの!?」
「落ち着け。俺も呆れて返事に困っていたところだ。余裕があればいくら出しても困らないという発想なんだろうな……おめでたいことだ」
「こんなの、聞く必要ありません! こんな状況のために、国庫には何年にも渡る備蓄があるんですから」
「そうもいくまい。無視すれば、国から弾き出されてしまう」
「今だって国からは特に何もしてもらってないんだから、いいじゃありませんか!」
「……頼むから俺の悩みを増やさないでくれ」
頭痛を覚えているようなアベルの顔を見て、レティシアは一旦言葉を飲み込んだ。だが……それでも静まるものではなかった。
「だって……国政に関わったことのない私でもわかります。こんなものはおかしい。領民たちの日頃の働きを何だと思っているのかしら。今年、偶然、作物がそこら中からポンポン湧いて出たとでも?」
「畑に出たことのない者からしたら、実際そんなもんだろう」
「でもこんな扱い……こんなにも税をとられたら、領民はまた苦しむことになるわ」
「それに本当に困窮している国民に行き渡るのなら、まだいいが……そうとも限らないだろうな」
「そう思うなら、断るべきです」
「どうやって? 国王陛下のお達しなんだぞ」
「で、でも……!」
レティシアはつい激昂してしまったが、アベルの言い分ももっともだった。公爵家の令嬢として、王家がどれほどの権威があるか理解しているつもりだ。幼い頃から可愛がってもらった縁もあって気安く話してしまうこともあったが、それらはすべて寛大な心で許してもらっていたのだと今ならわかる。
地方領主がこのように書状一つで無理難題を押しつけられても、反論など出来るものではないと、冷静な状態ならわかっていた。
おそらくレティシアは、この領地に肩入れしすぎているのだ。
行ったこともない貴族の所領の話ならば、ここまで怒ることはなかっただろうと思う。そういった贔屓が良い者ではないことはわかっている。わかっているが、納得できるかどうかは、別なのだ。
「あ、明らかに数字がおかしいんですもの。怒って当然です」
「……そうだな」
アベルは小さく笑い、レティシアから書状を受け取った。それを裏向けにして机に置き、立ち上がった。
「やはり一旦保留にしておく。ひとまず昼食を食べて、それから考えよう」
「それがいいかと、思います」
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
聖女追放。
友坂 悠
ファンタジー
「わたくしはここに宣言いたします。神の名の下に、このマリアンヌ・フェルミナスに与えられていた聖女の称号を剥奪することを」
この世界には昔から聖女というものが在った。
それはただ聖人の女性版というわけでもなく、魔女と対を成すものでも、ましてやただの聖なる人の母でもなければ癒しを与えるだけの治癒師でもない。
世界の危機に現れるという救世主。
過去、何度も世界を救ったと言われる伝説の少女。
彼女こそ女神の生まれ変わりに違いないと、そう人々から目されたそんな女性。
それが、「聖女」と呼ばれていた存在だった。
皇太子の婚約者でありながら、姉クラウディアにもジーク皇太子にも疎まれた結果、聖女マリアンヌは正教会より聖女位を剥奪され追放された。
喉を潰され魔力を封じられ断罪の場に晒されたマリアンヌ。
そのまま野獣の森に捨てられますが……
野獣に襲われてすんでのところでその魔力を解放した聖女マリアンヌ。
そこで出会ったマキナという少年が実は魔王の生まれ変わりである事を知ります。
神は、欲に塗れた人には恐怖を持って相対す、そういう考えから魔王の復活を目論んでいました。
それに対して異議を唱える聖女マリアンヌ。
なんとかマキナが魔王として覚醒してしまう事を阻止しようとします。
聖都を離れ生活する2人でしたが、マキナが彼女に依存しすぎている事を問題視するマリアンヌ。
それをなんとかする為に、魔物退治のパーティーに参加することに。
自分が人の役にたてば、周りの人から認めてもらえる。
マキナにはそういった経験が必要だとの思いから無理矢理彼を参加させますが。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~
こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。
召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。
美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。
そして美少女を懐柔しようとするが……
姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】
小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。
しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。
そして、リーリエルは戻って来た。
政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる